人外エセ紳士と天涯孤独少女の霧の夜
大昔にTwitterでお題募集して①人外×少女 ②ベレッタM92F ③スチームパンク…と来たので書いたSSです。これを三題噺と言い張る勇気。
――あ、私、ここで人生終わるんだ。
なんて、呆気なく終わる人生だったのだろう。
早くに親を亡くし、引き取られた先の親戚の家では空気のような扱いをされ、なんだかんだでそんな状況に慣れてきたと思った矢先、家に帰ったら、親戚一同皆殺しにされているなんて、誰が思いつくだろうか。
――以上、私の走馬灯は緩やかに終わりを告げた。
電灯が切れ、暗く見通しの悪いリビングには、獣の臭いと、血の臭いが混じり、悪臭なんて可愛い言葉では言い表せないぐらい酷い臭いで満ちている。
時折、ぐるる、と複数の獣の唸り声が聞こえるのは、多分気のせいでは無いだろう。
恐らくは、ただいま巷で流行りの〈殺人猟犬〉の仕業か。なんでも、先の大戦で軍の手によって造られた生体兵器の一つだとかなんとか。
いや、私も詳しく知っているわけではない。ソレは路地裏に悪臭や貧困と共に溢れる噂話の一つでしかない。ましてや、先の大戦のことを知っている人間など、この世界を見渡しても片手で足りるほどしかいないだろう。
……頭の片隅で考えているうちに、例の〈殺人猟犬〉がこちらに目線を向ける。
闇夜の中で輝く紅い双眸。だらしなく垂れ下がった赤黒い舌。口元から漏れる荒い呼吸音。
――なんてグロテスク。確かに、あの見た目では善良で脆弱な一般市民を処刑するには充分だ。目の前のご馳走を堪能していた〈殺人猟犬〉が、新しいご馳走――つまり私――を見つけた。
メインディッシュを平らげた〈殺人猟犬〉が、デザートを食べようと私に近づいてくる。なんとか逃げようとするけど、お決まりのように私の身体は言うことを聞かない。まるで石像にでもなったかのように、これっぽっちも動かない。
ああ、私はこのまま、為す術もなく、この犬の腹に収まってしまうのか。
――そう、思った刹那、
私の背後で、何かがごとり、と動く音がした。まさか、新たな〈殺人猟犬〉が現れたのか――。
思わず振り向こうとした私の思考を消し去るかのような、轟音がリビングに響き渡った。
「――――は?」
てっきり私は殺されたのかと思ったが、どうやらそれは違うようだ。目線を〈殺人猟犬〉の方にやると、腹に大穴を空けた犬が一匹、絶命していた。轟音の元へと背後を振り返ると、
「オレに、捕まっていろ」
シルクハットにマントに燕尾服に革靴、それから銃。なんてふざけた紳士なのだろう。その紳士は私の体をヒョイと持ち上げ、そのまま庇うように抱きかかえる。男の人に抱きかかえられるなんて、恐らくは人生で初めてだろう。呑気に考えていると、紳士は左手で銃を構える。
――ベレッタM92F。先の大戦が起こるよりも前の時代に、主に軍や警察で使われていた自動拳銃。昔どこかで、この銃が載っている本を読んだ記憶がある。まさか、銃が衰退し、サーベルが主流となったこの時代に愛好者がいるとは。アンティーク好きもいいところだ。
「舌、噛むな」
「――え?」
今、なんて。
そう聞こうとした時には、紳士は私を抱きかかえたまま、〈殺人猟犬〉が闊歩するリビングを一呼吸の間で駆け抜け、そのまま――窓から跳躍した。
「――――?!」
視線を下に向けると、煉瓦と街灯と濃霧で彩られた街並みが辺り一面に広がる。その高さに目眩がするが、紳士はそんな私にお構いなしに、夜の街を往く。
紳士がとある家(もしかしたらなんかの店かもしれないけど)の屋根に、音も立てずにフワリと着地する。もうそろそろ解放されてもいいだろう、と思った私に、紳士はまた
「目ェ瞑って耳塞いでいろ」
ぶっきらぼうに、そう言い放った。
事情を説明して欲しいと思ったが、今はこの紳士の言うことを聞くのが最善策だろう。黙って耳を両手で塞ぎ、目を瞑る。でも少し何が起こるのか気になったので、薄目で見ることにした。きっとバレないだろう。私が言うことを聞いたのを確認した紳士は、そのまま後方を振り返り――
「今日はいい夜だなァ?」
私達を追ってきた〈殺人猟犬〉目掛けて、銃弾を叩き込んだ。
「は、なンだそのつまんねェ動きは! もっと俺を楽しませろよォ! 死に損ないの糞狗風情が!」
紳士からは程遠い笑い声とともに、数十頭の〈殺人猟犬〉が迫り来る。紳士はそのまま片手で器用に狙い撃つ。バガン、と銃声と共に〈殺人猟犬〉の身体に孔が空き、勢いを殺し切れずに宙を舞う。
すごい。一発も外していない。前世はきっと凄腕の拳銃使いだったのだろう。
閃光がすごく眩しいし、銃声がとてもうるさいが、なぜか、今の私には心地よく、まるで子守唄のようにも思えた。
と、突然、紳士の持つベレッタM92Fが弾切れを起こした。チッ、と舌打ちする音が聞こえたのち、紳士はベレッタの弾倉をこれまた器用に片手で交換。すぐさま残り少ない〈殺人猟犬〉を始末する。しかし、
「――ッ!」
やられっぱなしのこの状況に屈辱を感じたのか、一匹の〈殺人猟犬〉が、紳士に目掛けて飛びかかってきた。すぐさま回避行動をとるも、紳士はバランスを崩してしまい、私は危うく屋根から落ちそうになった。
「てめェ――」
紳士の被っていたシルクハットが、ずっと隠されていた紳士の顔を露出させていた、が――
「人間じゃ、ない――?」
「あァ?」
憎悪を含んだ不機嫌な紳士の声が、私にかけられた。それよりも私は、紳士の、異形とも言えるその頭部から目が離せなかった。
――写真機のレンズを連想させる双眸。剥き出しの管に覆われた顔面。耳のように両脇に取り付けられている集音器。口元には、やはり口ではなく、スピーカーが代わりに役目を果たしている。
おおよそニンゲンらしさとはかけ離れたその容姿に、私は思わず目をそらしてしまった。いくら異形とはいえ、彼は命の恩人だ。それを仇で返すようなことなど――あってはならない。
――わかっている。でも、彼のあの顔に、何故か恐怖心に似た何がを覚える。
怯える私を見て、彼は――
「別に、オレはその視線慣れてっから」
――ああ
私は、とんでもない勘違いをしていた。――確かに、彼の顔はニンゲンではない異形だ。それでも、彼、いや、紳士は確かに、――ひとりのニンゲンだ。
「まァいい。すぐにこいつらブチ殺す。だから、ちょっと待ってろ」
紳士はマントを華麗に翻すと、懐からもう一丁ベレッタM92Fを抜き、2丁拳銃の構えを取り、残り少ない〈殺人猟犬〉を殲滅した。こんな機械な紳士、きっと世界中のどこを探したっていないだろう。そう思うと、なんだか急に、紳士に愛おしい感情が芽生えてくるのを、心の片隅で感じた。
「あ、あの……」
「あァ、なンだ」
「助けてくださって、ありがとうございます……」
「別に、あの糞狗を片っ端からブッ殺すのがオレの仕事だから――……」
「?」
紳士の謎の態度に、私が思わず疑問に思うと、
「お前、帰る家、あるのか?」
「そんなもの、ない……です」
紳士は所在無さげにシルクハットを被りながら、
「……なら、オレの家、来るか? 狭くて汚ねェ家だけどよォ、取り敢えず雨風ぐらいなら凌げるし、メシも付くぞ」
「いいんですか?」
「どうせ一人だしな。それに……帰る家がない奴を、むざむざ返すほどオレだって薄情な男じゃねェよ」
……なんということでしょう。やっぱりこの人はなんだかんだで紳士だ。
このご時世そうそうお目にかかれない希少種だ。むしろこちらがご飯作らせてくださいなんだってしますと言いたいところだ。
紳士が霧の中を歩く。私も遅れないようについていく。
私がそっと紳士のマントをちょっと掴むと、紳士が私の手を恐る恐る握ってくれた。
私は、この人のそばにずっと居たい。握りしめてくれた紳士の手に、微かな温もりを感じながら、二人、蒸気と霧の街を往く――。




