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ちょっと暗がりな異世界

惑わせるは紅玉の瞳

作者: 宇和マチカ
掲載日:2025/10/25

お読み頂き有難う御座います。

不思議な家と、紅玉の瞳を持つ侯爵令嬢ロベリアのお話です。

有名な某館を参考にさせて頂きました。

 おはよう御座います。先程迄は曇天でしたが、春らしい陽の光が差してまいりましたわ。

 あら? 此方がお呼びした方々よりも、人数が多いようですわね。


 血の繋がりもある皆様、無い皆様。お呼びした方も、していない方も。お初にお目に掛かります。

 私の名前はロベリア・ヨーゼラ・フォルガウム。

 生まれた時から、祖父母であるフォルガウム侯爵夫妻と次期夫人であった母と此方の館に住んでおりましたわ。御機嫌よう。


 そうお急ぎにならなくて宜しくてよ。少しばかりわたくしのお話を聞いて下さいな。

 わたくしの母は、其処の酷く喚く老いた男にこう言われたそうですわね。


「嫁いだ家を心より愛するように」


 そして着いた家の初夜の床で、其処のわたくしを敵のように睨む中年男にこう言われたそうですわ。


「お前を愛することなど、金輪際ない」


 ふふっ、どいつもこいつも身勝手なことですよね。吟遊詩人の語る喜劇よりも嗤えますわ。

 あら、お話を聞く気になりまして? 

 良かったわ。あまりに大声を出されると気分が悪くって。

 昨日までとても忙しかったものですから、大きな音を聞くと頭がクラクラしますの。体力がお有りなのね。お元気で結構なことですわ。

 こんな時なのに、其処の方だあれも手伝ってくださらなかったものね。

 叔父様や使用人の存在はとても有り難かったですわ。ええ、此方に控えて下さっております。使用人も全て。何もかも彼らが見ておりますわ。


 ああ、脱線しましたわね。

 幸いなことに母は義両親……わたくしにとっては祖父母とは相性が良かったようで。

 嫁ぐ前からの趣味もありましたし。

 ある程度心穏やかに暮らしたそうですわ。


 ですが。

 大怪我を負ったわたくしの世話に明け暮れ疲れ果ててても、王宮で不正に忙しい夫は帰って来ない。

 祖父母が亡くなり、領地経営を丸投げされて苦しんでも愛人を作った夫は帰って来ない。

 母親は助けてくれたけれど、父親は税を誤魔化して5人目の愛人に感けてばかり。

 え? 何か間違いが御座いますか? その場しのぎや御託は宜しくてよ。取り返しが付かない過ぎ去ったことですものね。


 お母様ったら、鬱憤も有ったのでしょうね。

 母は己の母親の遺産を使って、趣味に明け暮れましたの。

 ええ、ご存知の通りわたくしの母方の曽祖父は鉱山王と名高い『紅玉の伯爵』ですわ。

 貴方がたが蔑んだ上に財産を無心した『金で爵位を買った新興のルベール伯爵』の祖ですの。

 麗しいわたくしの祖母から受け継いだ紅玉の瞳は、わたくしの誇りです。


 ええ、皆様がお探しのものは瞳のように大きな紅玉ですわね。

 勿論遺産の中に御座いましたわ。

 でも、残念です。

 母はウッカリと何処かへ隠してしまいましたの。フォルガウム小侯爵夫人はしっかりしていると評判でしたが、お茶目ですわよね。可愛らしいですわ。


 え? わたくしへ遺言? 当然です。勿論御座いましたわ。それが何か?

 皆様にもそれぞれ御座いましたでしょう? まさかお読みにならなかったの? 

 そうですわよね。お読みになったから此方にお出でなのですもの。

 ひとの命よりも財産が絡めば、すぐ集合なさるその性根。分かりやすくて、いっそのこと微笑ましいですわね。


 ああ、そうそう。遺言ですわね。


『今日の明け方から夕暮れまでに見つけ出せた私を愛する方に、紅玉を差し上げます』


 そう書かれていた筈ですが、ご存知なくて?

 ああ、なんて素晴らしくもお優しいお母様。

 息を引き取る前の御手を握ることも無かった薄情な方々の為に、ペンをお取りになるなんて。


 わたくしへの個人的な遺言を聞かせろ?

 え? どうして? 何故ですの?


 母から娘への個人的な手紙ですわよ。無理ですわ。大事なお手紙が、破損したら? 汚れたら! と考えるだけで恐ろしくて。

 ですから、勿論弁護士に預けてありますわ。貴方がたが奪おうとなさるのは目に見えておりますから。信頼? しておりますわ。必ずお約束を破ることを信じております。


 それに、わたくしに無闇に牙を剥いても宜しいので?

 刻一刻と時は過ぎ去ってゆくものですわ。朝は平等に昼へ向かいますの。血気盛んな温かい血はすぐ冷めゆくものですわよ。


 それに、既に貴方がたは平民の身の上。貴族としての権利は潰えた身ですわよ? 収賄に書類偽造に身分詐称……ご自身の罪科をお忘れになられたの?

 散々馬鹿にしておられた麻のお召し物を纏っていても? ああ良かった。やっとご自身の立場を思い出してくださって。


 本当に、お母様はお優しいわ。

 貴方がたに敷地内から紅玉を探すだけで、お譲りする権利を差し上げるなんて、信じられません。

 ……はい? 何故そんなにわたくしが目深にレースを被っているか?

 ……まあ、フォルガウム侯爵家の元長男様。わたくしのお話、ちゃんと聞いておられましたの? 貴方の『元』妻の葬儀は先週でしたのよ。

 娘のわたくしが喪服を着ている、それはおかしいことですか?

 え、そんなつもりはなかった? ああそうですの。まあ、どうでもいいことですわ。


 え? 葬儀に来ていたら何が変わった? さあ、存じませんわ。過去に行ったことがある方なら分かるのかしら。

 え? このヴェールのレースが欲しい? 其処の方は喪服の意味が分かってらっしゃるのかしら。ええと、フォルガウム侯爵元長男の愛人の方でしたわね? 

 その御歳まで冠婚葬祭に触れたことは無いの? きっと学ぶ機会を得られなかったのかしら。お可哀想。


 勿論身元は存じておりますわ。ええ、もうどうでも宜しいの。癪に障る話なんてもう沢山。

 さあ、どうぞ。早く中へとお入りくださいな。

 え? ああ説明を忘れていましたわね。紅玉は小さな入れ物の中にあるそうですわよ。

 造り付けの家具を何も壊さなければ、存分にお探しあそばせ。勿論使用人もお邪魔をしませんわ。

 入れ物に入った紅玉以外は引き上げてありますから。


 其処の扉は壁にくっついた偽物ですし、あの窓は絵ですわよ。

 煙突? まあ、あの方は御婦人なのに屋根に上がられたの? とても勇敢ですわね。

 確かにどれかは屋内に通じていますけれど……飾りのほうが多いから、どうやって降りるのかしら。

 あら、やっぱり失敗された? 

 困ったわ。あんな細い穴から死骸をどうやって引き上げれば良いのかしらね。あら、途中の飾りが外れるの? 流石お母様ね。盗賊避けも使い勝手が宜しくて。

 引き上げ費用は何方に請求しようかしら。


 え? 

 勿論、沢山隠し通路も隠れた部屋も有りますわよ。楽しげでしょう?

 お母様は元伯爵である貴方に『家を愛せ』と仰せ使ったのですもの。狡い父親の適当な言葉でもキチンと守る孝行娘ですわね。

 改築費用? ちゃんと、ルベール伯爵であった曽祖父様方の遺留分の遺産を使われましたわよ。交わした書類もちゃんと御座いますわ。それが何か?

 汚職に不倫にと忙しかった貴方に、お母様は銅貨1枚も使わせていませんでしょう?


 まあ、何故貴方に余分に差し上げないといけないのですか?

 お母様の父親だから? 御冗談を。

 正妻のお祖母様を蔑ろにして、娘であるお母様を可愛がらずに、愛人と庶子とその子供に感けてらしたのに。葬儀の日に何をしてらしたの?


 ほら、ご覧になって。貴方の愛人との孫の方が入り口のひとつをお見つけになられましたわよ。

 あの斜めの壁飾りが開くと、よくお分かりになられましたわね。見つけづらいものですのに。


 ええ? 紅玉の場所ですか? ですから、小さな入れ物に入っております。たかが丸い紅玉ですもの。大きな入れ物は必要ありませんでしょう? お母様に諭したその偉大なる御自身のお考えで、お探しあそばせ。

 さあ、あちらでお呼びですわよ。え? 何故? 呼び方なんてどうでも宜しいでしょう? 大体紅玉の為に此方に来られたのですわよね? わたくしのことを構わなくて悪かった? 

 ……さあ、貴方の愛人家族がお待ちですよ。


 ……はあ。耳障りなこと。ようやく行ったわね。それに歳の割に機敏なこと。欲深いと行動的になれるのね、きっと。


 あら、叔父様。後ろで睨みを効かせて頂いて助かりましたわ。女だと蔑む矮小な輩で、わたくしのような小娘ひとりだと更に侮る輩ばかりですもの。

 ええ、少しばかり暮らしましたけれどこの家は本当に不便でしたわね。

 お母様ったら、何かに取り憑かれたように家を使えないように改装なさるのですもの。いえ、わたくしの顔から目を逸らす為だったのかしらね。


 最初は、わたくしの部屋から見えるあの赤い隣国風の尖塔だけでしたのよ。

あの頃は……形ばかりの父親と見せかけの祖父の開いた破落戸だらけの宴で負った傷のせいで中々外に出れず。まるで本で読んだ外国のようだわ、と喜んだのがいけなかったのかしら。


 それからは突き当りだらけの廊下に、斜めに歪ませた壁の部屋に、天井に埋められた暖炉に、硝子の窓で出来た歩けない床。

 上がっても何処にも行けない階段。部屋の中に橋が掛かって眼の前にすら行けないのですわ。

 一方通行の細工扉も、床の模様を踏んだら落ちてくる落とし格子も有ったかしらね。油の染みる木で出来た酷く滑る床も有ったわね。

 触ると傷を負う窓の縁も有りましたわね。

それまで暗い顔をなさっていたお母様ったら、とても楽しそうでしたわ。ひとつ工事が終わったら、踊るようにくるくると回って喜んでらしたもの。


 ええ、お祖父様とお祖母様がお空へ旅立ってからずっと、変わった改築に励んでいらっしゃったの。過激な物もありましたけれど、あれがお母様の愛だったのでしょうかしら。


 ええ、あの者達は葬儀へ至る迄の不義もわたくしの顔も見ないで行ってしまった。想像通りね。

 顔を見ればすぐに分かったでしょうに。

 でも、わたくしのヴェールを剥ぐような狼藉を起こせば、叔父様が斬り捨ててくださるわね。

 ええ、これ以上傷を付けたら赦しませんわ。


 ねえ叔父様、あの者達はお家から出て来られると思いますか?

 お母様の愛を込めに込めたあのお家から。

 わたくしは、きっとお母様の愛に喜んで閉じ込められていると思いますわ。

 だって、お母様を愛するが故にあの家に入ったのですものね。


寂しくなんてない。

誰かわたくしを見て。誰も見ないで。


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