第2章 揺らぐ日常
「教室の影」
翌朝。
影の護衛としての俺は、いつも任務に合わせて即座に動けるよう準備を整えていた。だが今の任務は――「学生として学校に通う」こと。
……朝の満員電車で押し潰されながら、心の中で何度も任務の意味を問い直した。
(護衛とは、ここまで忍耐力を要求するものなのか……?)
ようやく学校に着くと、すでにクラスは賑やかだった。
「おはよう!相沢!」
「昨日、神対応だったよな〜!」
まだ一日しか経ってないのに、なぜか俺はクラスの人気者ポジションに押し上げられていた。
本来、護衛は“目立たないこと”が鉄則だ。
なのに昨日、食堂でトレーを十枚抱えてしまったせいで「頼れる男」という印象が定着してしまったらしい。
「……普通でいい。目立つのはごめんだ」
そう呟いても、誰も耳を貸さない。
その時、白河美優が笑顔で声をかけてきた。
「相沢くん、今日もよろしくね」
「……何がだ」
「え?なんとなく!」
護衛対象の無邪気な笑顔に、不覚にも心臓が跳ねる。
(落ち着け。これは任務だ。ただの任務……)
チャイムが鳴り、担任の佐藤先生が教室に入ってきた。
「よーし、今日はまず――転校生の歓迎テストからだ!」
……は?
「さ、相沢。昨日来たばかりだが、この学校の実力を試させてもらう!」
(聞いてないぞ!?護衛マニュアルに“転校初日テスト”なんて項目はなかった!)
こうして俺の二日目は、いきなり試練から始まった――。
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――転校生歓迎テスト。
教室の前に立たされた俺は、クラス全員の視線を浴びていた。
「では相沢、まずは数学から!」
担任の佐藤先生が黒板に問題を書き殴る。
(……なるほど、暗号解読訓練の応用だな)
数字の羅列を見た瞬間、自然と頭が回り始める。
十秒後――「答えは42です」
「正解っ!」
ざわつく教室。
「はやっ!」「天才かよ!」
(いや、これくらいは基本訓練だ。護衛にとって暗算は必須だしな……)
次は国語。
出されたのは詩の空欄補充。
――しかし、俺は文学のセンスなど皆無だ。
(……しまった。こういう任務想定はしていない!)
「相沢くん、がんばれー!」と美優が応援する声が聞こえる。
気付けば俺は口を開いていた。
「……『君の笑顔は、朝の味噌汁よりも尊い』」
シーン……
次の瞬間、教室中が爆笑に包まれた。
「ダッサ!」「でもちょっと可愛い!」
耳まで熱くなる。
(ぐっ……護衛任務より精神的ダメージがデカい!)
――そして昼休み後。今度は体育の授業。
「よーし!今日はバスケだ!」
俺は護衛として体力には自信がある。
だが、ここは「目立たず普通にこなす」ことが大事だ。
そう考え、パスを回して無難に終わらせるつもりだった――が。
「ナイスシュート相沢!」
気付けば三ポイントを決め、歓声が上がっていた。
「やべぇ!バスケ部に来いよ!」
「相沢くん、すごーい!」
(……何でだ。俺は目立ちたくないのに……!)
結局、試合は俺の活躍で大勝。
試合後、友人たちに肩を抱かれながら、俺は空を仰いだ。
(任務とは……なぜこうも予定通りに進まないのか)
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放課後。
クラスメイトたちは部活に行き、教室は静けさを取り戻していた。
俺は机に鞄を置きながら、美優の様子をさりげなく確認する。
「今日は部活、出ないの?」
「うん、私、帰宅部だから。……相沢くんは?」
「……俺もだ」
会話はごく自然。
だが、その裏で俺の感覚は常に張り詰めている。
護衛として鍛えられた直感が、何かの“違和感”を訴えていた。
――視線。
廊下の窓越しに、一瞬、誰かの影を感じた。
すぐに消えたが、ただの通りすがりではない。
殺気まではないが、妙に冷たい気配。
(やはり動き始めたか……)
「どうしたの?」
美優が首をかしげる。
「いや、なんでもない」
そう言って、俺は微笑を装う。
彼女を安心させるため――
だがその笑みの裏で、頭の中では次の手を計算していた。
学校の周囲に監視を置く組織がある。
動きはまだ小さい。だが確実に、彼女を狙って近付いている。
(ここからが本当の任務だ。俺は“影”として、この光を守り抜く……)
窓の外、夕焼けに染まる校庭を見つめながら、俺は静かに誓いを新たにした。
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「読んでくれて、本当にありがとうございます!」




