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第二話


廊下を歩く。どこもかしこも白と赤──規律を象徴する第一騎士団の制服と同じ色。

整った廊下、正確な歩調で巡回する騎士たち。


(……これじゃ、まるで……牢獄だ)


キキョウの胸に、言いようのない息苦しさがのしかかってくる。

息ができない訳じゃない。自由がない訳でもない。

けれど──この空気の中では「自分が自分であること」が、許されていない気がした。


だからこそ、彼は思った。


(俺が、変えなきゃ)


この騎士団に来た理由──

あのストレリチアの隣に立ちたいと思ったから。

冷たくて、遠くて、でも誰よりも強く、憧れたその背中の隣で。


でも、憧れたのは彼女の「強さ」であって、こんな空っぽな世界じゃない。

皆が皆、ストレリチアの真似をしているような騎士団なんて──嫌だった。


キキョウは翌日、再び食堂で試みた。


誰かにパンを分けたり、さりげない声かけをしたり。

訓練後に筋肉痛を気遣ったり、水を運んだり。


けれど、反応は同じだった。


「必要ありません」

「問題ありません」

「ルールにありません」


まるで、心というものが存在しないようだった。

そして──その空気を、誰よりも象徴していたのが、あの団長だった。


彼女の背中を思い出す。

赤いポニーテール、無駄のない所作。

刺すような瞳。鉄のような筋肉。そして、無言の圧。


あれは「優しさ」を拒絶している。

「情」を必要としない剣だ。


けれど、だからこそ──


(そんな彼女のそばにいたいと思った俺は、きっと、ここを変えなきゃいけない)


キキョウの心に、一本の芯が灯った。


冷たさの中に、温かさを通したい。


それはきっと、無謀な挑戦だ。

でも、彼は信じている。人は機械じゃないと。心を捨ててまで強くなる必要はないと。


だから、今日も彼は声をかける。


「おつかれ。明日の訓練も、よろしくね」


小さな笑顔で。


一人きりの声かけは、白と赤の世界に、小さく響い

 





昼を告げる鐘が、ヴァルクレイア帝国の空に響いた。


キキョウは第一騎士団本部の戦術会議室にいた。

壁は簡素な白石。飾り気もなければ、絵もない。そこにいる者たちは、まるで生気を抜かれたかのように冷たい目で立ち尽くしていた。


「副団長、任務を通達する」


事務的に言い放ったのは、団長ストレリチアだった。


鋭い赤紫の瞳と、炎のような赤い髪。鋼のような姿勢と、整った顔立ち。

キキョウが言葉を返すよりも前に、彼女は淡々と続けた。


「《ラカナ平原》、昨日の夜間にラウカンの兆候を確認。」

 


会議室の空気が一段、冷えたように思えた。


ストレリチアは地図を掲げ、平原の中央に赤く印をつける。

それは帝都から北東に伸びた供給路の要、かつて戦争で多くの血が流れた因縁の地でもあった。


「第一小隊と第三小隊を同行させる。副団長、お前は第三小隊の指揮を取れ。私は第一小隊の指揮を取る」


その言葉に、キキョウの背筋が緊張した。


(俺が……。あのストレリチアと一緒に、第一騎士団を率いるのか……?)


彼は第二騎士団時代、幾度も実戦を経験していた。

だが、「自分の判断が仲間の生死を左右する」という責任は、かつてなかった。

 

「了解しました」


声を張ったつもりだったが、返事は自分でも驚くほど硬かった。

だがストレリチアは、何の感情も浮かべず、ただ一言。


「出発は二刻後。準備を」


そう言って、踵を返した。





━━━━━━━━━━━━━━━


 


出陣の刻、総勢三十二名の部隊が門を出る。


第一騎士団の制服は白と赤を基調としたもので、血のように紅いラインが冷たい白布を裂いていた。


整然と、まるで無音の機械のように並ぶ団員たち。

その中を、赤い長髪をたなびかせるストレリチアが静かに歩く。


彼女の目に、仲間の命も、死も、ただ“結果”でしかない。

キキョウはそれを否応なく理解していた。


だが、それでも――


(俺は……誰かの命を見捨てるなんて、できない)


そう強く思いながら、キキョウは一歩前へ出た。


目の前には、果てしない平原。


その先に、静かに狂気を孕んだ“災厄”が待ち構えていることを、まだ誰も知らなかった。


 昼だというのに光は薄く、枝葉の重なりが空を覆っていた。

空気は湿って重く、どこか血に似た鉄の香りが、胸の奥をざわつかせる。


《異常》は、確かにこの地にいる。


それは言葉ではなく、本能が告げていた。

 空は夕焼けの余韻すら忘れたかのように、濁った墨色を湛えていた。

風がぴたりと止まりまるで、時そのものが息を潜めたかのように。


一滴。

黒いしずくが、空から落ちた。


ぽたり、と。地に落ちたそれは、雨とは思えぬほどに重く、粘性を帯びた奇怪な液体。

血のように見えたが、血ではない。煤のようにも、泥のようにも見えたが、明らかに“それではない”。


次の瞬間――空が裂けた。

 


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