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9話 城塞都市マクデブルグ(5)

 レオンと呼ばれた小柄な少年は、怒り心頭といった様子で頬を引き攣らせていた。


「マナーワン、銃に弾丸が要るのは知ってるな」


 小刻みに頷く僧の剃髪頭に銃口は更にめり込む。


「弾丸には火薬が必要だ。分かるな。その火薬に小麦粉混ぜやがったのはどこのどいつだ」


 僧──マナーワンという名なのか。彼は自分が犯人だと示すように「ヒイッ!」と悲鳴をあげた。


「この間、買ったワインも水増しされてたな」


 菓子を食いながら大男の方が呟く。


「しかも百ポンド買ったのに、実際には九十五ポンドしかなかった」


「は、量ったのですか。貴方がた、何と心の貧しい! 残りの五ポンドは神への寄進です」


 唖然としたのはレオンだけではない。マナーワンの言い草に、菓子を頬張ったモリガンも、ヴェルツもキルスティンですらぽかんと口を開けていた。


「よくもぬけぬけと……。こいつは司祭じゃなくて詐欺師だ。いや、ただのハゲだ」


 銃口が、きれいに剃られた側頭部に移動する。

 冗談は止めてくださいと悲鳴をあげながら、僧に反省した様子はない。ハゲじゃなくて剃髪ですと言い直してから両手を上げた。


「地獄の沙汰も何とやらと言うでしょう。どうせ我々は同じ穴の狢なんですから」


 細かいことは言いっこなしですよと続けたマナーワンの頭から銃口を離して、レオンは一緒にするなと小さく呟いた。


「それよりマナーワン、小麦粉なしの弾丸の補充をしたいんだけど」


 もう無くなったのですか。早いですねと肩を竦めてみせて、僧は引出しから手の平大の箱を幾つか取り出した。胸の前で素早く十字を切る。


死天使シュテルベン・エンゲルのお恵みです」


 死天使シュテルベン・エンゲル? 聞き慣れないその不安気な言葉に、出来れば解説が欲しかったのだがヴェルツは黙っていた。目立って睨まれたくはない。この三人、見たところ相当物騒な連中のようだ。機会を伺ってここから立ち去るのが賢明だろう。


 しかし彼の願いは脆くも崩れる。銃口が再びヴェルツに向けられたのだ。

 ただし、今回は殺意や脅しの類いの行動ではなくて、単に指さし代わりとしての銃であるようだった。


「こいつらは? 見ない顔だけどどこから?」


 さぁ……とマナーワンが首を傾げてこちらを見る。キルスティンが何か言いかける前にヴェルツは姉の前に立ちはだかった。庇うというより、訳の分からないことを言われて混乱させたくないというのが本心だ。


「じ、自分達はリーウッドから来た貧乏な姉弟です。貧乏なんで聖書は買えません。すいません。あの、その……すぐに村に帰りますんで」


 菓子を食ったままモリガンが首を傾げる。


「外から来たのか? よく街に入ってこられたな」


「え……?」


「さっき街を見回ってきたんだが、完全にカトリック軍に囲まれてるぜ。カトリックの将軍ティリの軍って言ったっけな。なぁ、レオン」


 その言葉に先に僧が反応した。


「何ですって。カトリック軍が街を?」


 我々だって元は同じ信徒だったのに……と、この街の教会員の複雑な心情を吐露する。プロテスタント勢力の強いこの街で生き残りを図るためには、教会は彼らにすり寄るしか選択肢がなかったのだ。


「ともあれ我々は屈しません。信徒を中心に街一体となって抵抗しますよ。将軍ティリが、神聖ローマ皇帝が何ですか。我々は市街戦も辞さない覚悟です」


「街の中にも既にカトリック軍が何人かスパイとして入り込んでるだろう。もしかしたら、突然要衝を襲ってくるかも。或いは要人暗殺を狙っているか。もしかしてこいつらが……」

 レオンの視線に、ヴェルツは遅まきながら状況を悟った。自分たち姉弟にカトリック軍スパイの容疑がかけられている? まさか!


「スパイじゃないなら街を出ろ。いいな、これは警告だ。この街はエルベ川沿いの戦略の要衝だ。それでなくとも火種が多い。平穏に暮らしたいなら村に帰ることだ」


「いや、自分はそうしたいんですけど……」


 ちらりと姉に視線を送る。先程から無言なのが気持ち悪い。銀髪の少年を見てはニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべている。


 ──姉ちゃん、止めろよ。それじゃ痴女だよ。


 キルスティンの視線を敢えて無視して、銀髪の少年はこちらに背を向けた。


「計画を早めよう。僕はこれから例の所へ行く。モリガン、ほら」


 しかし呼ばれた男は、しかし菓子壺に顔を突っ込んだまま動こうとしない。


「オレは年寄りだからな。今日の仕事はもう終わりだ。休む。お前一人で行け」


 酒と甘いものと、後は女だな。ニヤリと笑って立ち上がると、今度は戸棚からワイン瓶を取り出した。ラッパ飲みしている彼を横目に、マナーワンも頷いた。


「あなた、お一人で大丈夫でしょう。むしろ自由に暴れられて嬉しいでしょうに。十四歳にして既に銃火器依存症なんですから」


「そうだ、行ってこい。弾丸小僧」


 レオンの目元が引き攣る中、今まで黙っていたキルスティンが突然大声を上げた。


「あ、あんたたち、一体何者なの?」


「姉ちゃ、やめて……」


 物凄く基本的な疑問だ。

 ヴェルツも聞きたくて堪らなかったことである。

 だが、敢えてこのタイミングで言うか? この馬鹿姉。銃を持った奴が逆上したらどうなると思って……。

 しかし幸いなことにレオンは反応しなかった。マナーワンが胸を張って前に進み出たからだ。


「我々はEDE.ドイツ教会軍特殊部隊ですよ」

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