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8話 城塞都市マクデブルグ(4)

  ※  ※  ※


「姉ちゃん、ソイツ絶対大司祭じゃないよ!」


 木製の粗末な扉の影から顔だけ覗かせて小声で訴えるヴェルツ。しかし、姉の大きな声にかき消されてヴェルツの言葉は届かなかった。


「ヴェルツ、居るの? どこ?」


 あの子ったら、しょうのない子ね。などと、姉は勝手なことを言っている。

 金銭感覚に関して姉キルスティンは信用できない、という理由で金の管理は以前からヴェルツが行っていた。

 家は傭兵たちに荒らされて火を点けられた。何も残っていない。

 村長(バウエルンマイスター)の死で自警団の給料の前借もままならず、彼の手元には現在僅かな金が残るだけ。姉なんかに無駄に使われてたまるかと言うのが本心である。


 大聖堂は大きな建物だがそれほど入り組んだ造りでないことと、姉の声が大きいのが幸いだった。

 祈る男と別れ、バルコニーから室内に戻り礼拝堂を抜け、ヴェルツは裏庭に出た。勝手口のような扉が半分開いており、甲高い声はそこから聞こえる。


 観光コースからはもちろん、僧たちの生活空間からも完全に外れた、物置のような印象の場所だ。当然一般客は立入を禁止されているのだが、場所が場所だけに警備も甘く、キルスティンは難なく入り込めたのだろう。


「あの人、普通じゃないくらい神経が図太いから……」


 扉の影に隠れたまま、ヴェルツ。出て行くタイミングをすっかり逃してしまった。仕方なく、こっそりと中の様子を伺うことにする。

 狭いのは確かだが、物置と表現するには小ぎれいな室内で、姉はこちらに背中を向けて立っている。

 彼女と話しているのはこの聖堂の僧の一人であるようだ。先程の老人と揃いの修道服に剃髪姿だ。ただし、こちらは若い。二十代半ばであろうか。


「あなた、聖書を持っていますか」


 僧が言った。男のくせに高い声だ。捲し立てる調子の慇懃な口調に、ヴェルツは眉を顰める。印象を一言で言ってしまえば「胡散臭い」である。


「聖書?」


 キルステインが繰り返す。


「ああ、貴女は運が良い。ただ今、特別にお分けできる一冊がありまして、使われている紙がマリア様の実家の裏庭の木から作ったという……」


「か、買います!」


「おや、しかし少々お値段張りますが……」


「だ、大丈夫。ちゃんと払うよ」


「そうですね。では、特別に分割払いを認めて差し上げましょう」


「本当? お坊さん、いい人だね!」


 ──バカっ!


 良くも悪くも素直な姉は、まんまと司祭の口車に乗せられている。

 馬鹿。姉ちゃん、馬鹿──小声で呟いた時だ。


 ジャキッ──。

 後頭部に固くて冷たい感触。

 ヴェルツの心臓が凍り付いた。頭に突きつけられているものが何なのかは分からないが、殺気と危険信号に全身が硬直する。言葉を発するより先に、ヴェルツはひょいと襟首をつかまれた。室内にポイと放り込まれる。


「部外者とみられる民間人を確保した」


 床につんのめったヴェルツに、キルスティンが駆け寄る。


「教会に民間人がいて、何が悪いっていうの……アッ!」


 姉の様子がおかしい。ヴェルツは擦りむいた顎を押さえながら身を起こして振り返った。男が二人、彼をまたいで室内に入っていく。


 一人は大男と形容しても差し支えないだろう。ヴェルツよりも更に背が高い。しかもひょろひょろした体躯の自分と違って、彼は服の上からも分かる筋肉質の肉体をしていた。

 自分を軽々と持ち上げたのは、こちらの男であろう。くすんだ金髪をごく短く切り揃え、暗い緑の目でヴェルツ、キルスティン、それから最後に室内の僧を見た。派手な上着を脱いで椅子の背に放り投げると、どっかりと腰を下ろす。


「坊さん、仕事を片付けてきたぜ。腹が減ったから甘いものを寄越せ」


 三十代半ばであろうか。その大男は、しかし待ち切れず自分で戸棚を漁ってオレンジの皮の砂糖漬けの入った壺を抱え込んだ。口に入れるなり静かになる。


「餓鬼かよ、モリガン」


 片割れ──モリガンのそんな姿を見て、もう一人の方が大きく舌打ちする。こちらは若い。ヴェルツよりずっと。十三、四歳ほどだろうか。つまり子供であった。

 キルスティンや僧よりも僅かに背が低く、じろりと一同を見上げ、睨み付けてくる。生意気そうな男の子だとヴェルツは密かに思う。しかし同時に姉の不可解な態度にも合点がいった。

 軽く靡く銀色の髪。鋭い眼はどこまでも深い青をしていた。深窓の令嬢のような肌理の細かい白い肌。要は完璧な容姿に、キルスティンは少々のぼせてしまったのだ。


「か、顔が素敵! 見てよ、この子の顔!」


「うわっ! な、何だよ、この女」


「ヴェルツ、見てよ。ほら、この子……ねぇ?」


「な、何言ってんだよ。すみません! 止めろったら、姉ちゃ……」


 しかし、ヴェルツは気付く。

 見たこともないくらいの大きさの異様な形の鉄の塊を、少年が片手に抱えていることに。それは銃であろうか。先程、頭に突きつけられたのはこの銃口だと思うと背筋に冷たいものが走った。


「おや、レオンさん。火薬の回収ですね。これはこれはご苦労様です」


 さすがに早かったですねと言いかけた僧の額に、銃口が突き付けられる。


「な、何を……」

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