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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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54話 EDE―N(3)【完】

 教会の裏手には人の姿がない。木々に囲まれ、陽の光も薄いように感じられる。裏口付近に、果たして二つの影をヴェルツは見付けた。

 一人は女性。空を見上げて立っている。もう一人は男。車椅子に座って俯いたまま微動だにしなかった。


「オリンピア……」


 遠慮がちに声をかけると、女は振り返った。こちらの二人と同様、片腕に包帯を巻いて固定している。彼等と違うのは二度と腕を動かせないだろうということ。


「あら、見送りはいらないと申しましたのに」


 痛ましいくらいのその状況なのに、しかし彼女の表情は明るい。


「何もこんな裏から出て行かなくても……」


「ええ、でも……叔父のこともありますし。表の目立つ所には居辛くて」


 それに、これでは役にも立ちませんしね。と右手に視線を送る。

 最後の引金を引いて──その相手というのが自身の叔父、大司祭ダイ・カーン・シュールディッヒだったわけだが──そして彼女の腕の神経は遂に悲鳴をあげたのだった。


「……すみません」


 側に居た自分は何も出来なかった。それどころか彼女に助けてもらい、結果悲劇を助長した存在だ。うなだれるヴェルツに、彼女は気にしないでというように首を振った。


「でも、オリンピア。大司祭も本当は根っこのところじゃ平和を求めてたんだと思うんです。初めて会った時言ってました。街を、ドイツを救いたいって。だから武力を求めて、それであんな……」


 必死の言葉を遮って、彼女は再び首を振る。


「慰めは必要ありません。事実は事実ですもの」


 表向きは大司祭はカトリック軍奇襲部隊との戦闘で死亡したと発表されている。彼が実は生存していたと知る者はEDE.──今はEDE-Nか──の面々と、聖騎士団の生き残りの僅かな人間だけである。今更外部に漏らす必要はないだろう。


 これ以上オリンピアの顔を、その痛々しい腕を見ていられなくてヴェルツはその場に腰を下ろした。車椅子の人物と目を合わせる。割れた眼鏡をかけ、俯いた──それは彼の友人の変わり果てた姿であった。


「ロック。おい、ロック」


 呼んでも返事はない。瀕死の状態から奇跡的に回復したものの、心をどこかに置き忘れてきたように外界に反応しなくなっていたのだ。


「お前、どこへ行くんだ?」


 ロックの視線は揺らがない。ヴェルツを通り越して、果たして何を見ているのか。代わりにオリンピアが答えた。


「リーウッドへ行ってみようと思いますの。この人にとっては故郷ですし、わたくし達が初めて会った場所ですし。心が慰められれば少しずつ回復していくかもしれませんわ」


「村か……。自分も帰りたいです」


 ついつい口に出た本音に、しかしオリンピアは首を振る。


「出来ればここでの皆さんの手助けをしてさしあげて。怪我もすぐに治るのでしょう」


 ええ、まぁ……。頷きかけたその時だ。今迄ヴェルツの後ろで黙っていたマナーワンが急に顔を上げた。


「オリンピアさん、いつか帰って来てくださるのを待っています。ここはあなたの街ですから。EDE-Nもあなたの場所です。だから……」


 初めて名を呼ばれ、オリンピアは少し驚いたように僧形の男を見つめる。


「ええ……帰ってきますわ。勿論ですわ」


「そ、それでは、お気をつけて」


 すぐにいつもの気取った声に戻って、マナーワンはそのまま背を向ける。教会正面の人だかりの中に駆け込んで行ってしまった。或いは涙を見せたくなかったのかもしれない。


「では、わたくしも……」


 オリンピアもヴェルツから背を向けた。数歩離れたところで、車椅子のロックが何か低く呟く声が聞こえる。オリンピアが優しく頷いてみせた。ええ、そう。村に帰りますの。ここから見える彼の表情は穏やかだ。そしてオリンピアの顔も。

 二人の名を呼びかけて、ヴェルツは口ごもった。自分の力のなさが悔しくてならない。


 遠ざかる背をじっと見つめる。自分は彼女と友人に、いつか再び会えるのだろうか。いつか再会が叶った時、自分は強く在れるだろうか。

 だから、小さく呟いた。


 ──あなたの行く手に、どうかエデンがありますように。


 いつまでも立ち尽くすヴェルツ。

 突然「ワッ!」と声がして背を叩かれた。ギャアと悲鳴をあげて彼は振り向く。にこにこ笑った姉が、そこには居た。まったく、感傷も何もあったもんじゃない。


「未練だね~。ヴェルツ」


「…………」


 デリカシーもない。ど、どういう意味だよ。そう言うと、キルスティンはいかにも気の毒そうな表情を造って弟を覗き込んだ。しかし目は笑っている。

 姉ちゃんのそういう所が嫌いだ。聞こえないように口の中でぼそぼそ言っていると、彼女はヴェルツに向かって指を突き立てた。


「私たちの家を建てるよ。しばらくこの街に住むことに決めたから」


「ちょっ、ちょっと待てよ、姉ちゃん。住むってそんな簡単に……」


「まぁまぁ」


「ちょっと、まぁまぁって……。え?」


 ──反ッ対しろ!


 木々の向こうからレオンの鬼のような視線が自分を貫くのを自覚する。


「ね、姉ちゃ……。自分達には村に家もあるし、それに家具だってそのまま……」


 しかし姉は聞いちゃいない。


「今なら街中焼けちゃったから、私有地の敷地の境界線が曖昧なんだって。適当に紛れ込んでもばれやしないよ。さぁ! いい材木を確保するため、資材置き場に行こう!」


「待てよ、それ犯罪……。痛っ、腕! 腕の骨っ」


 固定された腕を、しかし姉はぴしゃりと叩いた。


「早く! 早く!」


 その場に悶絶したヴェルツ。先程我慢していた涙が一気に溢れ出す。


「姉ちゃん、ひどいや。いやいや、前向きに……」


 そう、この街に住むのも悪くない。物騒な弾丸小僧も、口うるさい生臭坊主も居る。甘党のおっさんに、変わった聖騎士だって居るじゃないか。


「くそぅ……」


 ──良い所がまったくないじゃないか。

 姉が向こうから自分の名を呼ぶ声。ヴェルツは天を仰いだ。

 突き抜ける青に、ただもう目が眩む──。




その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~ 完

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