52話【終章】EDE―N(1)
以下はヴェルツが後ほど聞いた話である。
鐘楼から大司祭が何発もショットガンを撃つ。銃弾の幾つかは確かに祭壇の焼夷弾に命中した。
その場に居たのはレオンとゴーチェ、倒れ伏したままのマナーワンとロック。それから聖騎士が何名か。全員が大爆発を覚悟した。しかし爆弾は反応しない。着弾時に爆弾数本を横に弾き飛ばしただけだ。銃撃が止んでしばらくしても祭壇は無言。
「……不発、だったのか?」
恐る恐るレオンが近付いた。いつ爆発してもおかしくない。上部に積まれた爆弾を慎重に摘み上げた時だ。積み上げられた焼夷弾の山が、プルプルと小刻みに揺れた。
「何ッ……?」
反射的に身構えたレオンの眼前で爆弾の山が四散する。
「ブハァッ!」
甲高い叫び声をあげて、ピョンとその中から飛び出して来たのは金髪の美少女だ。ブヘッブヘッと大きく咳き込んでいる。
「グヘッ! 私、火薬臭いでしょ」
森の小動物のような動きで小首を傾げる。キルスティンであった。
「な、何……、何やってんだ!」
レオンが爆発した。無茶苦茶だ、この女。行動が突飛というにも程がある。
「この女、撃ち殺す!」
頭に血が昇った弾丸小僧を、駆けて来たゴーチェが羽交い絞める。
「お、落ち着くんだ!」
「放せっ!」
騒ぎを気にも留めず、キルスティンはきょろきょろと周囲を見回した。
「イエ。私、爆弾に水をかけてたんだけど、オリンピアちゃんが深刻な顔して入って来たからちょっと隠れて……」
何で、ちょっと隠れる所が爆弾の中なんだよとの怒鳴り声は無視。
「隠れたら、人がいっぱい増えてきたから。あとはちょっと出づらくなって……」
「ああ、もぅ!」
噛み合わないやりとりを繰り返すうちに大量の武器を抱えたモリガンがやって来たそうだ。
彼等はあっさりと大聖堂を制圧したという。
あらましを聞いて、ヴェルツは脱力した。
※ ※ ※
一六三一年五月二十日。ドイツ。
新教派の都市・マクデブルクは神聖ローマ帝国将軍ティリに攻撃され、陥落した。
同市は大聖堂を残して全焼した。
村に帰ろう。そう言った。
もうゴタゴタは嫌だったし、第一自分は相当負傷している。腕の骨にはひびがいったし、未だに全身がギシギシ痛む。打ち身、捻挫、擦り傷……。
「平穏な暮らしを……。ああ、できるだけ平穏な暮らしを送りたい……」
天を振り仰ぐ。初夏のドイツの空はどこまでも青い。風は未だ焦げ臭いが、空気は活気に溢れている。
マクデブルクの住民の大半がここ、教会に集まっていた。街の大半が焼失したわけだから、彼等が唯一焼け残った大聖堂に一時的な生活の場を設けるのは当然のことだ。自然とリーダーが立って、街の復興は順調に進んでいる。
「……何で自分はここにいるんだろ」
そう呟いたヴェルツの口元は引き攣っていた。重い資材を運んだり、家の建築に手を貸したり──出来れば手伝いたいが、片手が不自由な自分は動けないわけで……。同じ様に負傷した人々と共に教会の庭の隅で小さくなっているしかない。
作業している集団の中心に何故か姉の姿があるのを遠くに見ながら、ヴェルツは出来るだけそちらから目を逸らすよう心がけていた。
「道具は揃ったよ。みんな、分かった? 全員で第一区画から手を付けていこうよ」
見ないようにしても、甲高い声は否応なしに耳を穿つ。
街が燃えてから二週間。姉は勇んで復興の手助けに従事していた。その傍らでは顔を覚えてもらえない元聖騎士団長が馬車馬のように働いている。怒鳴られ、こき使われながらも妙に嬉しそうな様子に、男として同情を禁じえない。
いや、それは良いと思う。少なくとも、悪いことじゃない。しかし──。
「昔から姉ちゃんが張り切るとロクなことがないんだ……」
ボソッと呟いたヴェルツの上に、小さな影が落ちる。彼は顔を上げた。同じ様に片腕を吊った剃髪の男が所在なさげに立っている。マナーワンだ。
いいですか? と返事も待たずに僧形の男はヴェルツの隣りに腰を下ろした。
「大丈夫ですか、それ」
吊られた腕を顎で指す。
「あなたこそ」
マナーワンは返した。
「ショットガンで撃たれ、鐘楼から落ちてよくまぁその程度の怪我ですみましたね。普通なら五回くらい死んでますよ、あなた」
「そう言われても……」
「まぁ、人のことは言えませんがね」
ペラペラとよく喋る。マナーワンはすっかり自分のペースを取り戻していた。
オリンピアを庇って至近距離で撃たれたものの、幸い弾丸は腕を貫通しただけですんだようだ。しばらく熱を出して寝込んだものの、数日前から起き出している。起きるなり舌は高速で回転し始めた。
「まったく、拙僧ともあろう者が柄にもないことをしてしまいましたよ」
自分の腕を見下ろし、肩を竦めてみせる。
「街は目茶目茶ですし、戦争には負けるし、拙僧は怪我をするし……。まったく良いことがありません。猊下も本当に亡くなられたし、EDE.も完全に潰れてしまいました。本当に良いことがありません」
「まぁ、前向きに考えて……」
分かってますよ、そんなこと。ヴェルツの慰めをピシャリと返す。




