49話 最後の裏切り(3)
ヴェルツ自身も酷く混乱していたのだろう。考えた挙句の行動がこれだ。
何か叫んで銃を引き抜いた。狙いは大司祭の額だ。聖騎士達に緊張が走る。これだけの至近距離。射撃に不慣れな者でも外すことはまずありえない。
「どういうつもりですか」
それでも大司祭の声には余裕が感じられる。
「す、すみません。でも、話を……話を聞いてください」
「話ですって?」
あの、だから──。そこでヴェルツはすぅと大きく息を吸った。ちらりとオリンピアの方を見やる。彼女は顔を強張らせたままこちらを見詰めていた。オリンピアを守る──その思いが手の震えを止めた。
「か、彼女とマナーワンに掛けられている疑いを取り消してください。死んだふりまでして敵軍に武器を流してたってことを、ちゃんと認めてくださ……な、何を!」
ニヤリ。ヴェルツの間近で大司祭は勝ち誇った笑みを浮かべた。骨に皮が張り付いたような細い指をニュッと突き出す。その指は過たず小銃の銃口にズブリと深く突き刺さった。
「武器を流す? どういう意味ですか。余は死んだ人間ですよ」
「なに……?」
「撃てるものなら撃ってごらんなさい」
ゆっくりと手を振りながら銃口にぴったり根元まで指を差し入れる。
「ほら、撃って御覧なさい。暴発しますよ。余の指も負傷しますが、貴方の右手は完全に吹き飛ぶ」
「………………」
背中に冷たい汗が流れるのが分かる。銃を手放そうと一歩身を引きかけたが、しかし慣れない動作に指は既に引き攣って強張っていた。それに一瞬でも躊躇を見せてみろ。唯一の武器を大司祭に奪われるだけだ。
「ほ、本当に撃ちますよ」
声が震えるのを必死で隠す。
ほぅ……。勝ち誇った表情でダイ・カーンが片眉を上げた。撃てるものなら……。その台詞をヴェルツは指先にぎゅっと力を込めて遮る。
「じゅ、銃が暴発するには弾丸発射時に完全に銃口を塞いでいなければならないです。鉄の塊か、或いは相当の強度のある物でピッタリ栓をしなくては」
つまり大司祭、引金を引いた時の火薬の爆発で人間の指なんて軽く吹き飛ばして、弾は予定通り飛ぶわけです。あなたの頭目掛けて。
はっとしたように大司祭が指を放す。その隙をついて、ヴェルツは彼の痩せ細った身体を羽交い絞めにした。銃口は彼のこめかみに。
小声で行われた会話は聞こえていなかったのだろう。騎士団は猊下を盾に取られ、目に見えてうろたえた。ピタリとレオンに向けられていた剣の切っ先が泳ぐ。
「やるじゃねぇか」
二ッと笑いながらレオンが振り向いた。
「ハ、ハッタリです」
十四歳の子に褒められて喜ぶ自分もどうかと思うが、ヴェルツの声は少々上ずっていた。
「そ、それにレオンが銃の使い方をしっかり教えてくれたから。だからです」
物覚えの悪い自分に対して、実に根気良く。
「別にいいよ。コック・オフの時、あんたが突っ込んで来てくれたから助かったんだし」
「え? ええ、まぁ……」
会ったその日──いきなり大聖堂でカトリック軍の襲撃を受けた時のことを思い出す。煙を吹いて使えなくなった銃を持て余したレオンを、確か自分は助けたっけ。夢中だったのでよく覚えていない。散々な一日だったという記憶が残っているだけだ。
大司祭の身柄がこちらにある強みから、レオンが余裕の表情で爆弾のある祭壇に近付く。
「僕達でこいつを運び出すか、さもなきゃ水をぶっかけて……」
建物を出ればすぐ側をエルベ川が流れている。そこに放り込むのが一番早いだろうか。
「ヴェル……、ちょっと待て。何か……」
祭壇の側でレオンが座り込んだ。よく見れば床が濡れている。
「まさか油? いや……」
顰めっ面を上げたその時だ。僧房へ続く扉の向こうから耳慣れた声の悲鳴が響いた。そちらに気を取られた一瞬のこと。大司祭が堂々とヴェルツの腕を払った。
「形勢逆転ですね」
命綱の小銃をあっさり床に落としてヴェルツは、しかしその場を動けなかった。ガシャンガシャンと既に耳慣れた感のある重い足音が近付いて来る。それから悲鳴が二種類。
「まさか……」
レオンと顔を見合わせる。嫌な予感がする。
果たして、そこに現れたのは黒鎧の聖騎士六名。それから彼等にしっかり羽交い絞めにされたレン・サイド・マナーワンとゴーチェ・フォーレ・コッホの二名であった。
「貴様等、何をする。俺を誰だと……クッ、放せ!」
ゴーチェが声を張り上げるが、更迭された騎士団長の言うことなど誰も聞きはしない。
「武器を全て手放しなさい」
大司祭の視線がレオンを捉える。
「誰が……」
こんなバカ共の為に……、と無視しかけたレオンだが、マナーワンの喉元に剣の切っ先を突き立てられ不承不承ショットガンを床に放った。
「全ての武器を捨てるのです」
素早くショットガンを拾って、大司祭は銃口を周囲に巡らせた。最後にそれはオリンピアの方を向く。呆然としたように、彼女は自身が造った武器を見詰めていた。
「叔父様……?」
「もう一度言います。余と共に行きましょう。こんな所に楽園はありませんよ」
断れば撃ちます。柔和な表情の、しかし鋭い目はそう言っていた。危険な技術であればこそ、それが自分のものにならない以上、存在を消してしまわなければなるまい。
「叔父様、楽園なんてそんなものどこにもありませんわ」
オリンピアは静かに首を振った。大司祭の顔が一瞬強張り、それから表情が消える。




