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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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47話 最後の裏切り(1)

 水の流れる音が耳の奥に響く。

 耳鳴り、だろうか。頭の中で唸るように断続的に聞こえるその音を振り払うため、ヴェルツは激しく首を振った。


 集中しろ。銃口にだけ、神経を集中させるんだ。

 両足を肩幅に開き、右足を一歩前に踏み出す。肩の高さに銃を固定させる。手の大きさに合った銃の握り部分を右手で握り、左手で銃底を支えるように。片目で狙いを付けたら、一旦呼吸を止めろ。引金は引くんじゃない。指先に無駄な力が入って狙いがブレるから。指にゆっくりと力を込めていく感覚。


 カチリ──と音が鳴って、弾丸が発射される。

 発射時の衝撃に備え、腰に力を込めろ。引金を引いてから0.5秒はそのままの体勢を崩さないつもりで。遠ざかる弾丸の行方を、視線で追うように。


「あっ!」


 女の悲鳴。彼女の手から銃が飛び、床に音立てて転がる音。研ぎ澄まされた意識が次第に鈍く、現実に同化していく。


「オリンピア!」

 何度かその名を呼んだ。

「しっかりしてください、オリンピア」


 ヴェルツの叫びに、女はゆっくりとこちらを振り返る。まだ呆けているようだ。目の焦点が合っていない。数秒前に自らの頭に銃口を向けていたくらいだ。


「ヴェル……ツ、さん……?」


「そうです。自分です。探してたんです」


 ようやく呪縛が解けた。女の、ではない。ヴェルツの、である。銃を撃つために硬直していた全身からゆっくりと力が抜けていく。小さな銃が急に重く感じられた。



 マクデブルク教会──広大な大聖堂。非常時だからか、祈りを捧げる祭壇一角には大きな布が被せられていた。

 二百人は収容出来るこの礼拝堂には今、三人の人物が居る。


 大司祭ダイ・カーン・シュールディッヒ──侵入してきた人物を値踏みする目。

 オリンピア──今しも引金を引こうとしていた銃を落とし、呆然と宙を見つめる。

 そしてヴェルツ。彼が何故この場所に居るのか。手ほどきを受けた小銃を手に、オリンピアの居場所の手掛かりを求めて教会内をうろついていたところ、人気のない奥まった所で死んだ筈の大司祭の姿を見付けたのだ。当然、後を付けたものの見失い、一人迷っているうち遂に大聖堂の広間に出たのである。


 《死天使シュテルベン・エンゲル》が自らのこめかみに銃口を押し当て、今しも引金を引こうとしているまさにその瞬間に──。塔ではぐれ、離れていた僅か一日半の間に何があったか知らないが──。


「間に合って良かった」

 心からそう思う。

「オリンピア、こっちへ」


 オリンピアがこちらを見る。大きく見開いたその双眸に一瞬、あやういものを感じてヴェルツは彼女の方へ数歩歩み寄った。

 そちらに気を取られていたのだろう。大司祭が静かにオリンピアの側から離れ、祭壇に近付くことにヴェルツは気付かなかった。

 老獪な聖職者は突然の闖入者がたった一人で先走って乗り込んできたのだと見抜いたのだ。祭壇に掛けられた布に左手を伸ばす。右手は僧衣の隠しポケットに。


 その時だ。

 タタタッ──軽快な破裂音が続いた。司祭の僧衣が翻る。その袖に焦げたような小さな穴が空き、細く煙を棚引かせていこと事に気付いて大司祭の動きは凍り付いた。

 同時にオリンピアが──恐らく条件反射だろう。銃弾の発射先に視線を走らせる。

 その目線を追って、ヴェルツは僧房に続く扉を見やった。そこに銀髪の少年の姿を見付け、ほっとするより唖然とする。


「レ、レオン……その格好……」


 小柄な少年は全身に──両腕に、背に、両肩に、腰に、両足に大小様々な種類の銃器を装着していたのだ。そして手には愛用のサブマシンガン。硝煙が立ち上るその銃口は完璧に大司祭の額を捉えている。


「今はボディアーマーは付けてないだろ」


「ま、待て。余を撃つだと……?」


 本気だと捉えたのだろう。大司祭がレオンの方に向き直った。貧弱な骨に薄い皮が張り付いた、それは弱々しい老人の姿だ。青白い額には冷たい汗が流れている。


「あんたはどうせ死んだ人間なんだろ」


 ──やりかねない。


 完全に目が据わっている。弾丸小僧が今しも引金の指に力を込めようとしていると悟って、ヴェルツはレオンと大司祭の間に身を滑らせた。


「よ、止せ。相手は一人の味方もいない丸腰の老人だ」


 甘いな──小さな声で呟いて、弾丸小僧は銃を構えたままヴェルツの隣りを走り抜けた。銃口の先を、祭壇の布に引っ掛ける。はらりと取り払われたその場所を見て、オリンピアが息を飲むのが分かった。


「な、何ですの。これは……」


 そこには蝋燭のような形体の黒く塗られた細長い筒状の物が大量に積まれていた。六本ずつセットにして紐で括られている。


「油脂焼夷弾だ」


「ゆししょういだん?」


 鸚鵡返しにヴェルツが呟く。


「つまり、爆弾。かなり強力な種類の。火薬の粉なんかよりずっと威力があるぜ。いつのまにこんな物を造って……」


 ちら、と視線は《死天使シュテルベン・エンゲル》に向かう。驚いたように彼女は首を横に振った。


「まぁ、外国の技術者なら造れるか」


 睨み付ける視線の先にはダイ・カーン。銃で脅され爆弾から数歩、後退した。

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