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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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45話 大聖堂へ(3)

     ※


 赤い海に飲まれたようだと思った。街も──そして自分も。

 街には炎。一瞬ごとにその勢力を増していく。その様を眺めながらも、オリンピアの脳裏には別のことが浮かんでいた。


 ──勝手な男だ。そう思う。

 二人で逃げようと言った。絶対におれを裏切るなと。彼女の想いを裏切った男が、そんなことを言う。

 彼が自分を見ていないのは分かっていた。歪んだ視線は、常に母親の姿を探してさ迷っている。あるいはオリンピアをそれに重ねているのかもしれない。


「……うっ」


 腕に違和感。そこはロックに撃たれた箇所だ。

 痺れと震えが出てきている。神経をやられたのだろうか。弾丸が掠めただけかと思っていた。さして痛みもなかったから、簡単に手当てをして、あとは気にも止めなかった。実戦において、この程度の傷には慣れているつもりだったから。


 ベルトに挟んでいた銃を取り出す。ロックの持っていた消音装置だ。僧房で先に目覚めた彼女はロックのポケットにあったそれを見付けて、取り込んでいたのだ。


 右手を押さえる。症状が一時的なものならば良いのだけれど……。この状態が続けばロックの言う通り銃を扱えない。たまらない不安と焦り。彼女の足取りは速まった。

 一番大切な武器職人としての腕を奪ったならば……わたくしはあの男を決して許せない。そう思う。しかし……思いとは裏腹に、心に浮かぶのは彼のことばかり。


 目覚めたら、ロックはわたくしを探しに来るだろうか。あの窓を超えて? ──まさか!

 三階から飛び降りる勇気を、あの男は持ってはいまい。それに、例えあそこを飛び降りたとしても街の炎と戦闘に巻き込まれるだけだ。


「いけない」


 余計なことばかり考えている。

 彼女は目的があってこの場所に来ていた。耳元に感じた男の吐息の感触を振り払うように、オリンピアは激しく首を振った。

 思考を切り替えろ。今、この街はどうなっている?


「──火の海だわ」


 更なる危険を、彼女は予測できた。

 そう、この大聖堂には大量の火薬が備蓄されている。街のあちこちの爆発にそれらが使われているらしいことも由々しき問題だが、もっと恐ろしい事態も考えられる。この教会に火がつけば、火薬が一気に燃え上がり未曾有の大爆発を起こすに違いない。


 街どころか、近隣一体が吹き飛ぶ量だ。誰かがそんな愚挙に出る前に、水をかけるか何とかして火薬を使い物にならなくさせてしまわなければ。もしかしたらEDE.の皆も動いているかもしれない。


 更に彼女にはもう一つやるべきことがあった。この大聖堂は完全な武器庫になっていて、彼女の造った大小様々な銃器が保管されている。EDE.の皆には悪いが、カトリック軍に踏み込まれて奪われる前にそれらも始末をつけなくてはなるまい。


 大聖堂にそのような物を隠すなど、神への冒涜に他なりません。

 叔父がよく言っていたっけ。僧特有のその穏やかな口調を思い出しながら、オリンピアは武器庫にしている部屋の扉前に立った。

 左右に視線を走らせて、番号式の施錠装置を外す。頑丈な扉を開けて石造りの部屋に入り、彼女は呆然と立ち尽くした。


「こ、これは……?」


 部屋一杯に積まれていた銃器が、一つ残らずなくなっていたのだ。悲鳴をあげかけた口を慌てて自らの両手で塞ぐ。これは一体どういうことなの?

 やはりレオンが言ったように教会の中に、武器を流している人物が居るということ? でも、この部屋の施錠番号を知っているのは自分と叔父、それからマナーワンだけだ。


 まさかマナーワンが? いや、そんな筈は……。考え込んで歩いていた為、周囲への注意が散漫になっていた。視野の端でゆっくりと何かが蠢いている。


 ──まさか幽霊? 一瞬、らしくない恐慌に襲われ、オリンピアは足を止めた。

 それは実際幽霊のような姿であった。痩せこけた老人が足を引きずって歩いている。青白い顔をして、しかし目だけは爛々と輝いて。


「お、叔父様?」


 オリンピアの悲鳴は、今度は絶叫に近かった。

 幽霊がピタリと足を止める。そしてゆっくりとこちらを振り向いた。見間違いであって欲しいと願いながら、しかしその顔は紛う事なく大司祭ダイ・カーン・シュールディッヒその人であった。


 ──どういう事なの?


 目の前で彼が撃たれて倒れた光景が瞼の裏に蘇る。死んだのでなかったならば、遺体が消えたのだって当然のことだ。何者かに奪われたからではなくて、意識を回復させた本人が自分の足で歩いて出て行ったのだから。


「叔父さ……」


 掠れた声は途中で消えた。


「オリンピア、腕はどうですか。無事ですね」


 窺うような口調。大司祭の視線は一心に彼女の右腕に注がれている。反射的にオリンピアは右腕を身体の後ろに隠した。

 まさかわたくし達を塔から助け出して僧房に連れてきたのは叔父様? 何のために? いや、そもそも何故死んだふりを?


「な、何か事情があって……。そう、何かを暴く為に死んだ事にしてらしたのね。叔父様」


 例えば武器の横流し犯を探るため、大司祭は死んだ方が都合が良いとか──。

 早口で捲し立てながらも、オリンピアの腕は無条件に反応していた。震える手でサイレンサーを構える。銃口はカタカタ震えながらも叔父の頭を指していた。


 頼むから理由を。納得出来る理由を言って……。

 大司祭の目がすっと細くなった。その視線は彼女の腕に冷たく注がれている。

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