41話 燃える都市(4)
「前向きに考えて、方法は二つだよ。お坊さんを差し出すか、守るか。差し出したところで、とうせ私たちだって捕まるよね。でも守るってことはこの人たちをやっつけなきゃいけないわけだし」
姉の言うことは意外と的を射ている。
ヴェルツは一瞬躊躇した。人道的に考えてさすがに前者は選べない。しかし武器も持たない自分たちに、この騎士団を相手に出来るだろうか。どう考えても答えは、否。ならば最後の道を選ぶまでだ。
「逃げましょう!」
怒鳴って彼は僧の腕をつかんだ。周りを囲む騎士団の黒鎧の一人に思い切りぶつかって囲みを抜けて、後は路地を逃げるだけだ。しかしその作戦は敢えなく潰える。鎧に激突したヴェルツとマナーワンは、呆気なく跳ね返されてその場に倒れてしまったのだ。
「捕えますか。殺しますか」
ぶつかった黒鎧が恐ろしいことを言っている。
「司祭は捕えろ。あとは殺せ」
「あとは殺せって……あとって私たち?」
キルスティンが甲高い声で叫んでいる。
待ってください、全て誤解なのです。引きずり立たせられながらもマナーワンが懸命に訴えている。
しかし言葉は完全に無視された。
地面に座り込んだヴェルツの頭上に黒い剣が振り上げられる。太陽の光にきらめく事もない刃は一瞬後、渾身の力を込めて振り下ろされた。
体が動かない。姉とマナーワンの悲鳴を聞きながら、ヴェルツは目を閉じた。
瞬間、ビシッと鳴る重い音と共にヴェルツの上体に鈍い重みが降りかかる。凄まじい圧力に潰されるように、彼の体は地面に激突した。
目の前は真っ黒だ。速すぎて分からなかったけれど、ああ……斬られたのか。
そう考えた時、姉の声がすぐ近くで聞こえた。泣き叫んだり弟の名を呼んでいるのではない。ヨイショ、ヨイショと言っている。
「姉ちゃ……、ごめん。もう……」
伸ばした手は、しかし乱暴に蹴りつけられる。
「ヴェルツ、ちょっとは自分で起き上がろうとしなさいよ!」
その声の後ろで再びビシッと音が鳴り、重い金属が倒れる凄まじい振動が響く。
「な、何?」
ようやく異変に気付き、ヴェルツは体を起こした。彼の上に伸し掛かっていた黒鎧が横に滑り落ちる。
どうやらどこも斬られていないようだ。説明を求めるように姉を見上げた瞬間、彼女の後ろで剣を構えていた黒鎧が倒れた。
たちまちのうちに四人が倒され、ヴェルツを含めた残りの全員が周囲を見回す。
「丸腰ってのはどうかと思うな」
その声にキルスティンが喚声をあげる。民家の屋根の上に、銀髪の少年の姿があったのだ。
「このメンバーじゃ、どうせこんなことだろうと思ったよ」
言いながら銃を放る。それは空中に銀の軌跡を描いてヴェルツの手元に落ちてきた。銀色の小銃だ。これもオリンピアが造った物だろう。
形勢を逆転された黒鎧が焦りのためか、マナーワンに向かって剣を振り上げた。
咄嗟にヴェルツはそいつに向かって引金を引く。火薬の破裂音と、それに伴う反動で体が後方に倒れ込むが、敵の動きは止まらない。どうやら弾丸は空の彼方へ飛んで行ったようだ。
「その距離で外しますかっ!」
マナーワンが悲鳴をあげる。今しも襲い掛からんとする黒鎧の兜に、レオンの放った銃弾が弾く。騎士は倒れる。続いて最後の一人を倒してから、弾丸小僧は屋根から飛び降りた。
「その距離で外すか」
同じことを言われてヴェルツは顔を赤らめる。そう言えばオリンピアにも似たようなことを言われたっけ。仕方ないだろ、銃なんて撃ち慣れてないんだから。
「死んだの?」
キルステインが黒鎧を爪先でつつく。
「いや、この弾丸でこのアーマーは破れない。兜に当てて脳震盪を起こさせただけだ」
早々にその場を離れながら、彼は銃の弾倉を取り替えた。
「恩着せがましく言ったところで、どうせ銃を撃って暴れたいだけでしょう。レオンさん、大聖堂はどうなりました?」
マナーワンの辛辣な言葉に、レオンは銃身を叩いて答える。
「暴れる? そう行きたいところだけど、弾切れでね。モリガンがまたどこからか調達してくることになってるんだ。半刻後に大聖堂近くで落ち合う」
「弾切れって……確か《死天使》が大量に造ってくれていたはず……」
二千発なんて四分でなくなる。そう言い切ってからレオンは、金ならあるんだけどと顔を顰めた。
「弾丸は彼女が一つ一つ造っているわけですからね。どこにも売ってはいません」
「造り方を教えてくれりゃいいのに」
マナーワンは首を振った。
「駄目ですよ。あなたは不器用です。それに彼女は、技術が人に渡って自分が用なしになるのを恐れているんですよ。居場所がなくなると……」
居場所か……。ヴェルツは呟いた。あれ程腕も立つ彼女が、何故そんなことを考えなくてはならないのだ……。
やり切れない。早く彼女の居所を突き止めて、出来るだけ早く助けてやらなければ。自分なんかが行っても慰めにもならないかもしれないが、それでもあなたは大切な人だと言ってやらねば。
それなのに、自分はこんな所で無駄な時間を過ごしている。オリンピアは無事なのだろうか。たまらなく嫌な予感がした。同時にどうしようもない無力感を覚える。
「レオン、この銃……貰ってもいいですかね」
小さな銃をヴェルツは握り締めた。大型火器も扱う弾丸小僧からすれば玩具同然の銃なのだろう。
レオンは怪訝そうに頷いた。いいけど、その腕で? 持ってても意味ないと思うけど、という辛辣な台詞を懸命に飲み込んでいるのだろう。




