39話 燃える都市(2)
このままじゃサンドバッグだ。レオンに、マナーワンに、果ては姉にまで好き放題に嬲られる。それに何かあった時に動けないじゃないか。
心なしか、床が小刻みに揺れているように感じられる。まさか地震か? 声をあげかけた時だ。
ドン、と爆音が起こり建物が揺れた。ヴェルツの椅子は倒れ、後ろ手に縛られた腕を床に強打する。情けない悲鳴をあげた気がしたが、揺れは呆気ないくらいすぐに収まった。
「大丈夫?」
呑気に言いながら、キルスティンが椅子を起こしてくれる。頼むから縄を……との弱々しい言葉は完全に無視され、動ける者たちは小さな窓に集まった。
「遠い……ですね」
マナーワンの呟きに、皆の肩から力が抜けたのが分かった。
「カトリック軍か? 城壁の崩壊と塔の火災に乗じて、相当数侵入してきたな」
軍事マニアの弾丸小僧が語り出した。
「街は完全に包囲されている。砲撃の次の攻撃は? 都市戦の原則としては、まずは市門各所の撃破だな。それが成功すれば大量の歩兵隊を街に入れる。しかし奴等がある程度の火器を装備しているなら、壁の外から爆撃を繰り返して街の守備隊を無力化する方法もある。或いは天候が良ければ街の要人を遠くから狙撃する可能性もあるな」
「はぁ……、うん、うん」
意味も分からないくせに姉が適当に返事する。弾丸小僧は調子に乗って喋り出した。
「可能性を論じるならば、マクデブルク攻略パターンはいくつもあるんだ。天然の防壁であるエルベ川を側面から攻撃する方法。複数の橋を奪取すれば陥落は早いだろうな。今、奴等が講じているのは少数の精鋭部隊を侵入させて、小規模な襲撃を繰り返す方法だ。大司祭の命で火薬を街中にばら撒いたのが仇になったな。それらを利用されれば、一夜にして街が火の海になってもおかしくない」
「そんな……」
マナーワンが爪を噛む。
「行動が早すぎます。もしかしたら猊下の死が漏れているのかも……」
ちょっ、ちょっと待ってくれ……。
ヴェルツははっきりしない頭を懸命に振って思考を試みる。事態は思ったよりずっと深刻だ。教会からは大司祭殺害犯として追われつつも、街には敵軍が侵入し工作を試みているだって?
オリンピアは行方不明──いや、生死不明だし、ならば自分たちはどう動けば良いのだ。
「いや、違う……」
弱々しい声が思考を破った。レオンが反射的に声の方に銃口を向ける。よろよろと上体を起こしたのはゴーチェだった。先程の爆音で意識を取り戻したのだ。ヴェルツ同様、縄で手足を拘束されている。
「違うって何がだ」
彼の側から武器になりそうな小物を全て蹴り退けながら、銃を構えたレオンが近付く。
「縄を解いてくれ……」
案の定、その言葉は無視して銃口は彼の額に押し付けられた。
「何が違うんだ、ゴーチェ・フォーレ・コッホ」
首を振って銃口を弾いて、ゴーチェはレオンを睨む。緊迫した空気に、モリガンも菓子を飲み込んで自身の銃に手をかけた。
「……軍じゃない」
「え?」
「カトリック軍ではない。街を焼いているのは聖騎士団だ」
聖騎士団長──元、が付くのだが──の言葉に、一同は戸惑った。どういうことですかとマナーワンが彼の側に屈み込む。
「よせ、マナーワン。嘘を言ってるんだ。僕達を混乱させようと……」
「違う!」
苛立ったように黒騎士が口を開く。
「掃除屋、貴様等は知らんだろうが、教会付きの正規軍には極秘のマニュアルがあるのだ。街が危機的状況に陥った時に発動される……これは焦土作戦なのだ」
EDE.が知らないマニュアルですって? 僧形の男が怒りを露にした。正規軍でないと言われたことが彼の誇りを傷付けたのだ。
焦土作戦とは敵軍がその土地を占拠しても、補給も休憩も出来ないようにするため、食料も水も含めた家屋、街全体を焼き尽くすことだ。
「焦土作戦なんてありえない。ここには四万の住人が居るんだ。この街を焼いて、彼等をどこへ逃がすって言うんだ。まさか見殺しにするつもりじゃないだろうな」
これほど大規模な街の焦土作戦を敢行するならば、数ヶ月単位の準備期間が必要だ。
住民を無視して、一夜にして街を焼くなど歴史上の例をとっても考えられない。
「しかし陸路水路、どこをとっても戦略的に重要な地点をみすみす敵に渡す訳にはいかんだろう。渡すくらいなら潰した方がましだという考えだ……おい、やめろっ!」
レオンに胸倉をつかまれ、ゴーチェが咳き込む。縛られているため、彼に反撃の余地はない。
「やめ、ろ……。身内同士で争ってどうす……る……」
「誰が身内だ?」
レオンのみならずマナーワンも顔を顰めた。EDE.と聖騎士団は天敵の筈だ。
「き、貴様等が猊下を殺害した犯人でないのは俺がよく知っている。教会の中の者同士で争っている場合ではないだろう。俺の部下達は今頃、火薬を街中にばら撒いている筈だ」
EDE.を敵視していた黒騎士が、随分成長したものだとヴェルツは呑気にも感心していた。全く同じ台詞を、マナーワンが皮肉気に呟く。
「解いてくれ。奴等を止めに行く」
必死な様子に、反射的にマナーワンがロープの結び目を解く。解雇された隊長の言うことなんて誰が聞くかよと毒づきながらも、レオンも止めはしない。
「騎士として恩は返す」
ゴーチェがいきなりこちらを見たので、ヴェルツは縛られた椅子ごと身を引いた。




