37話 サイレンサー(5)
※ ※ ※
兵士たちはあらかた避難したようだ。時折逃げ遅れた兵と鉢合わせするが、もう戦闘にはならない。相手は狼狽し、ひたすら下へと急ぐだけ。
──ヴェルツさんは大丈夫かしら。
爆風に飛ばされ、派手に階段を転げ落ちていく長身が見えた。何とか無事で逃げ延びてくれれば良いのだけれど。
しかしオリンピアは後ろを振り向きはしなかった。
火事だからといって、慌てることはない。煙にさえ注意すればまだ大丈夫だ。石造りの建造物がそうそう崩れる筈がないということは知っていたから。
彼女の頭は冷静だった。しかしその冷静な思考は、実は怒りに煮えたぎっている。
自分が作った武器が知らないうちに流出し、叔父が殺され、更にその遺体が盗まれた。
誰かが裏切ったに違いない。
だが、何かが引っかかる。楽園を夢見ていた叔父──彼を殺された怒りも、正直湧いてこない。途方もない違和感が残るだけ。
誰にも言わなかったが、この事件以前から武器の横流しには気付いていた。
まさかとは思う。まさかとは──しかしその犯人には見当が付いていた。
武器庫に自由に立ち入れる者。街のどこに何があるか把握している人物。
よその組織、或いは他国に最新の武器を流す目的は、外貨を稼ぐために違いない。
唸るくらいの金蔵を抱えていた人物──彼女の叔父、大司祭ダイ・カーン・シュールディッヒ。冷静に考えれば分かる。彼が一番怪しい。
街が包囲されるという情報を得て、女性であるとの理由から外へ逃がされた時、素直に従ったのは、ちょうど良いと思ったから。好意に甘えた振りをして街を出て、調査しようと考えたのだ。どこに武器が流れているか。誰が武器を流しているか。
この仮説が正しければ、叔父が殺されたわけも自ずと窺い知れよう。
多分、武器を奪うためだわ。それとも何かトラブルでもあったか?
何であれ──と思う。
「何であれ、真実を突き止めなくては」
真実というのが、彼女が一番好きな言葉であった。
しばらくしてオリンピアが足を止めたのは、前方をふらふらと一人の兵士が歩いていたからだ。怪我をしているのか、足を引きずっている。逃げ遅れたのだろう。オリンピアの姿を見付けて、ぎょっとしたように立ち止まった。
「逃げなさい。煙に巻かれないように気を付けて」
攻撃の意志がないことを示すために片方の手を挙げてみせる。もう片手はハンカチで口元を押さえている。兵士はオリンピアの横を用心しながらすり抜けて階段へ向かいかけた。その瞬間、空気を裂く小さな音が通り抜けた。声もなく、兵士が崩れ落ちる。
「な、何なの」
反射的に彼女はその場に伏せた。目の前で倒れた兵士はこめかみから細く血を流し、ぴくりとも動かない。
即死だ。銃声がしなかったことに、オリンピアはたまらなく嫌な予感を覚えた。
「オリンピア……」
煙の向こうに人影。それはひょろりと長いヴェルツのそれではない。
もう少し背が低く、どこか華奢な肩だ。影は近付いて来る。その手には見慣れたサイレンサーが。銃口からは白い煙が立ち昇っている。
「オリンピア、大丈夫か」
現れた男はロックだった。
「え、ええ……。大丈夫ですわ」
伸ばされた手を無視して、彼女は一人で立ち上がる。
何も殺さなくても……。視線は非難を込めて兵士の死体に注がれている。
「あなたこそ、ご無事でしたのね」
言葉に棘があると、自分でも分かった。
「仕方ないだろ。お前を助けようと思って……」
「ええ、分かっていますわ」
とにかく出よう。ここは危ない。ロックが近付いて彼女の腕を取る。触れられた瞬間、全身に電流が走った。
「放してっ!」
咄嗟に腕を振り払った。頭の奥が痺れる。足元がふらついていた。
「ほら、煙を吸ったんだ。早く逃げよう」
オリンピアは聞いてはいなかった。数歩、後ずさる。ロックが怪訝そうに彼女を振り返った。
「その銃……」
「え?」
「その銃ですわ」
ロックの手にあるのは見慣れた小銃であった。彼女自身が造ったものだ。
村で落としてしまったそれはロックに拾われ、ヴェルツの手に。先程オリンピアの手に戻ったものの、爆風に巻き込まれた際に落としてしまった。
またこの人が拾ったのか。今度はそれで何を撃つの?
「サイレンサー付きの銃は試作の一つしか造っていませんの。今、あなたが持っている物ですわ。使い方を教えたのも、あなただけ。レオンさんですら知らない……」
「どういう意味だ」
オリンピアは目を閉じる。視界がぐるぐる回り始めた。
「叔父が倒れた時、銃声はしなかったわ。つまり、その銃で撃たれたということですわ。そう、あなたが撃ったのよ!」
あなたが……? 何故?
頬を涙が伝う。ロックの背は動かない。
「ロック、真実を話して」
その言葉に、男は振り返る。手にはサイレンサー。
その銃口は、完璧に彼女を捕らえていた。ゆっくりと引金を引く指先を、信じられない思いで見つめる。
一瞬後、右肩に凄まじい衝撃と熱。身体が勢い良く後方に飛んだ。
撃たれたの? 自ら造った銃で、わたくしはロックに殺されるの?
男が近付いて来る。床に仰向けに転がったまま、オリンピアは目だけで彼の動きを追う。白い煙が邪魔をして、彼の顔が見えない。銃口だけが炎を受けてきらきら輝いている。それは再び彼女に向けられた。
「ロック、やめて……」
一気に視界が曇ったのは煙が濃くなったのか、それとも涙が滲んだ為だろうか。右腕に、再び衝撃。
──ロック……。
男の名を呼ぼうとしたが、もう声も出ない。《死天使》は意識を手放した。全てが崩れ落ちる……。




