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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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36話 サイレンサー(4)

 塔の下層部の踊り場で、ヴェルツは目覚めた。それ程長い間気を失っていたとは思えない。

 しかし周囲の温度は相当上昇している。時々小さな爆発音が聞こえていた。あちこちに火薬を保管してあったに違いない。それらに引火しては火災が広がっているのだ。


 オリンピアはどこだ。無事か? まださっきの場所に居るのだろうか。それともロックを探しに更に上の階へ?


 周囲に兵士が居ないことを確認しながら、ヴェルツは立ち上がる。銃で怪我した腕には応急処置が施されているものの、動く度に激痛が走る。更に階段を転げ落ちたためか、全身に鈍い痛み。

 それでも足を引きずりながら段を登るヴェルツの歩みが止まったのは、遠くに叫び声を聞いたからだ。


「……助けてくれ! 誰か居るんだろ。ここを開けてくれ!」


 男の声だ。くぐもって聞こえる。扉の向こうから叫んでいるようだ。


「ロックか?」


 ヴェルツは数階分、一気に駆け登って声の聞こえる扉の前に立った。現在、牢として使われているらしいその部屋は、当然ながら大きな錠前で鍵が掛けられている。


「誰も居ないのか。早く開けてくれ!」


 その声はロックではなかった。肩を落としながらもヴェルツは周囲を見回す。

 兵士達はもう避難してしまったのか、詰所らしき部屋を覗くも誰も居なかった。鍵の束を取って彼は鉄扉を開けてやる。転がるように出てきたのは金髪の男だった。


「大丈夫ですか。とにかく下へ避難してください」


 周囲の扉全てを開けながらヴェルツは叫ぶ。部屋はどこも空だ。ロックの姿がどこにもないことに、彼の焦りは加速する。


「助かったよ。ああ……何だ、貴様か。ご苦労だったな」


 金髪の男がやけに馴れ馴れしく肩を叩くのに、ヴェルツは戸惑った。戸惑いというより、少々不快感を覚える。初対面で何だ、この態度は。助けてやったのに随分偉そうな奴だな。


「どなたか知りませんが、自分はやることがあるので一人で逃げてください」


 男は唖然としたように口を開ける。


「俺だ、俺」


 ヴェルツは首を振る。そんなこと言われても分からない。金髪の長い髪。大柄な身体は筋肉で覆われているが、しかし屈強な印象はその蒼の目が打ち消している。円らで、純真な光が真っ直ぐヴェルツを見つめていた。


「俺だって。ゴーチェ・フォーレ・コッホ。《黒き刃の聖騎士シュヴァルツ・クリンゲ・リッター》」


「ああっ……?」


 そんな通称を自分で言うのもどうだろう。恥ずかしくはないのかとヴェルツは一瞬思ったが、黒騎士は実に堂々としたものだった。


「すみません。分かりませんでした」


 鎧と兜という姿でしか見たことがないから、素顔は知らなかった。今はあてがわれた部屋着のような粗末な服を纏っている。

 ここで見知った顔に会うのは心強かったが、はて、EDE.と聖騎士団は仲が悪いんだったっけ。あれ、でも(ここ)を警備していたのは騎士団じゃないのか。何故自分の所の長を拘束して……?

 ここの兵士達は黒鎧ではなかった。組織の系統が違うのか? いや、そんなことは自分には関係ない。


「さっさと逃げてください。知りませんよ」


 階段を登り始めたヴェルツに、しかしゴーチェは気まずそうに付いて来た。


「何ですか、早く下に……」


「俺には行く所がない」


 ゴーチェは俯いて小さく呟いた。


「騎士団には戻れないし……」


「え?」


 何だか鬱陶しい雰囲気になってきたぞ。今は余計なことは聞きたくないとばかりにヴェルツは階段を登る足を速める。

 ゴーチェはぴったり彼の後ろにくっ付いて来た。


「あの餓鬼のせいで砦を潰されて部下も半分失って、しかも夕べの襲撃でそれが更に半分になって……。猊下をお守りできなかったばかりか、ご遺体まで盗まれて……」


 失態続きの責任を取らされて捕らえられという事だろうか。それは気の毒だと思うのだが。


「聖騎士って言ったってどうせ暗殺部隊だからな。教会の敵を夜陰に乗じて殺すのが仕事。俺なんて汚いもんだ……」


 うわぁ……鬱陶しい。後ろ向きネガティブにも程がある。背にぞわぞわと寒気が走るのを感じながら、ヴェルツは辛うじて言葉を飲み込んだ。


「俺はもうお終いだ。全てを失った……」


 暫くの沈黙。出来れば放っておきたいところだ。早くオリンピアを──出来ればロックも──探して、ここから逃げなくては。


「……いっそカトリック軍に突っ込んでやろうか。例え果てても、一矢報いてやる」


 黒騎士の──いや、今はただのゴーチェか──全身がぷるぷる震えている。

 やりかねない。まったく……扱いにくい人だなと思いながら、この状態で彼を放っておくには気が引けた。ヴェルツは足を止める。


「カトリック軍は関係ないです。砦を壊したのはEDE.だし、襲撃はともかく、遺体を盗んだのは身内に違いないでしょう。わざわざ外から死体を取りになんて来ないですよ。全部、街の中で起こっていること。ごく狭い範囲で……ああ、何か見えてきそうだ……」


「貴様は名探偵かよ。俺にどうしろってんだよ」


「つまり……」


 実際面倒見が良いと自覚していないヴェルツとしては、放っておけば良さそうなものだが、それも寝覚めが悪い。


「どうして良いか分からなくなった時は、とりあえず立ち止まって、そして前向きに考えるんです」


「うん……」


 納得したのかどうか……。ゴーチェは頷いた。そのまま下に向かってくれれば良かったのだが、やはり背後にべったり離れない。


「なぁ……」


 表情は少し明るくなった。今度は頻りにきょろきょろ辺りを見回している。


「あの、キルスティン殿は?」


「はぁ? 来てませんよ」


「ああ、そうか……そうだよな」


 遠い目をする。


「貴様の姉上は本当に美しいな。貴様等、本当の姉弟じゃないだろ」


「……ど、どういう意味ですか」


 姉と比べ、平たい造りをした自分の顔面については自覚している。見えてるの? と言われるくらい目も細いし。

 だからと言って姉のあの姿、あの醜態を見てどこをどう気に入ったのか。しかも姉は弾丸小僧の後を追い掛け回している様子。どちらにしろ、この男に望みはあるまい。


「だから、何で付いて来るんですか」


 少しきつい口調で言ったのに、ゴーチェはにこりと笑った。


「付いてって、助けてやるよ」


「は?」


 駄目だ、目をきらきらさせている。


「うわぁぁ……」


 ヴェルツは唸った。可哀相だと、捨て犬を拾うようにこの男を連れて帰ったりしてみろ。レオンやマナーワンから顰蹙を買うのは目に見えている。

 しかしこの男、離れる気配がない。どうしたものかと思案しかけた時だ。


 上階で小さな爆発音が響いた。二人ははっとしたように階段の下から上方を見上げた。音の中に銃声が混じっていたような気がしたのだ。


「オリンピア……?」


 ヴェルツの声が掠れる。きな臭い空気に、胸の奥に暗い不安が渦巻いていた。

 あちこちに備えられていた火薬が次々に爆発していく。その度に塔全体を包む炎が大きくなった。


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