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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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33話 サイレンサー(1)

 襲撃から逃れたロックは、オリンピアを連れて森をさまよった。

 何度も夜が明けて、何度も暗闇が訪れた気がしていたが、時間にして僅か数日間のこと。

 意識を失うようにまどろんでは、ロックは悲鳴をあげて目を覚ましたものだ。


 そう、夢を見ていると気付いた。また、あの時の夢だ。

 悪夢。

 それは払っても払っても繰り返し襲いかかる記憶だった。


 亜麻色の髪の、やけに育ちの良さそうな女と連れになったのは、ロックとしては不本意だった。

 突然村が襲われ、訳も分からずいるうちに友人(ヴェルツ)に銃を渡された。

 この女を守れということらしい。あいつの好みは分かっている。目が澄んでいて、品があって、それでいて芯の強い女が好きなんだ。奴がこの女──オリンピアに一目惚れしたのは容易に分かった。


「だけど、おれにどうしろと?」


 村から逃げて傭兵隊に怯えつつ、近くの森で一夜を過ごした。眠れないのは分かっていた。目を閉じると悪夢に襲われる。


「あいつが自分で守りゃいいんだ」


 ロックは真夜中、一人で泣いた。

 夢の中で美しい母が陵辱されて死んでいったから。眼球に焼き付いた一瞬の光景が、何故こうも色鮮やかに残酷に蘇るのか。母の白い肌には引っかかれたような傷があり血が滲んでいた。揺れる度に傷口から新たな血が流れる。

 ロックは激しく首を振った。何か叫んでいたのかもしれない。


「……おれは、こんな所に居る場合じゃない」


 そうだ。母をあのままにしておいたら可哀相だろ。戻って……埋葬してやらないと。こんな女(オリンピア)なんか、どうしても守りたいなら自分でやれよ、ヴェルツ。


「どうなさったの?」


 ロックは我に返った。オリンピアが心配そうに覗き込んでいる。ああ、そうか。夢を見ていたんだ。


「同じ髪の色……」


「え?」


「いや……」


 彼女を睨み付ける。母があんな目にあったのは、この女のせいだと思えてきた。

 この女が突然現れて、それで歯車が狂ったんだ。彼女の髪の色が、母のそれに似ているのも気に食わなかった。


「い、痛いわ。放して……」


 髪をつかみ、女の顔を仰向けさせる。顔立ちまで似ているように感じるのは、多分気のせいだろう。

 今はどんな女を見ても母にしか見えまい。いや、この精神が崩壊しつつあるから。だから妙な幻影がちらつくんだ。分かってる。


「す、すまない……」


 ロックは女から手を放した。呪われてしまえと思う。この女も、無責任なヴェルツも、村の全ても、自分自身も。

 この手で息の根を止めてやるというつもりか。ロックは銃を取り出した。


 これを村外れで拾ったのは自分だ。一発ごとに鉛の弾丸を込める小銃が主体のこの時代、自分の手にある黒光りする銃はかなり革新的だ。

 ヴェルツを助けるために、こいつの引金を引いた感触を思い出す。撃ったと同時に凄まじい反動。後方に倒れ、弾丸の行方など追うことも出来なかった。多分空の彼方へ消えたのだろう。


 銃のグリップを握る手が震える。

 こいつの銃口を額に当てたら……そして引金を引いたら? 意識的にロックはその行動を取っていた。


 どうせ目の前の女が止める。そう分かっていたから。

 怯えた顔を見せつつも、女の双眸は常に冷えていた。ロックにはそれが哀れむような、蔑むような、或いは見下すような視線と捉えられる。それも気のせいなのか?


 その冷たい視線を意識し、ロックの頭に血が上る。この女の目の前で死んでやろうか。どんな顔をするだろう。衝動的に引金にかけた指が引き攣った。しかし、クイと押し込む手応えはない。


「安全装置を外さなければ、弾は出ませんわ」


 落ち着き払った表情でオリンピアが撃鉄を指差す。

 重たい眼鏡枠をずり上げながら、ロックは彼女を睨み付けた。

 そ、それくらい知ってるさ。安全装置を解除して、銃口を今度は女の額に押し付けてやろうか。泣き叫ぶ様を見てみたい。さもなきゃせめて怯えた双眸だけでも……。


「そこは違いますわ」


 しかし女の声は揺るがない。細い指がすっと動いてロックの手から銃を取った。


「安全装置はここ。今触っていらしたのは消音装置の切り替え装置ですわ」


「……消音装置?」


 何だ、それは? いや、何だっていい。どうでもいい。


「サプレッサーが作動して、弾丸発射時の破裂音が漏れないように改良したものですわ」


「……やけに詳しいな」


 ロックは女の手から銃を奪うと、服の奥にしまいこんだ。魔が差したとしか思えない行動を少し後悔しながら。


「わたくしが造りましたから」


 女の声が細くなる。


「人殺しの道具ですわ。わたくしが……」


「後悔するなら、こいつで自分の腕でも撃ち抜けよ」


 彼はオリンピアを見なかった。唐突にその場に立ち上がる。


「おれは村へ帰る。お前も来るか?」


 彼女は首を振る。


「わたくしは……自分の街に帰ります」


 そうか、ならここで別れよう。踵を返したロックの背に向かって、オリンピアが叫んだ。


「一緒に行きませんか、ロック。大きな街です。すぐそこですわ。教会に知っている者がおりますの。お母様を亡くされたあなたの心をきっと救ってくれ……んっ!」


 ロックは逆上していた。オリンピアの首を片手でつかむ。

 教会だと? 救いだと? そんなもの信じない。そんなものがあるなら、何故母にあんな運命が? 正論のように神を口にする人間も許せない。

 一切の揺らぎのないオリンピアの顔を見る。まるで冷たい天使だ。機械のように冷静で、慈悲のない──母の姿が脳裏に蘇り、ロックは絶望した。


「うっ……やめ……」


 喉を押さえた手に力を込め、ロックは天使に顔を寄せる。汚すつもりで唇を奪った。


「ロック……?」


 花びらのように柔らかな唇が──多分、恐怖に震えているのに気づいた時、ロックの目から初めて熱いものが零れ落ちる。


「おれ……」


 ごめんと謝りかけると、反射的な動きでオリンピアは首を振る。その双眸から冷たい光は消えていた。

 逃げるように二人はそこで別れた。ロックは村へ戻り、オリンピアは街へ進む。


 ──それは、数日前のロックの記憶であった。

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