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3話 リーウッドの虐殺(3)

 死ね──そう呟いた男の剣が無造作に振り上げられた瞬間、ヴェルツは動いた。

 手に武器はない。戦う術も知らない。がら空きになった男の身体目掛けて闇雲に体ごと突っ込むだけ。ほとんど無意識の行動だった。


 恐怖に凍り付いていたはずの獲物の突然の反撃に、男は面喰った様子だ。

 元々剣の技量があるわけでもないのだろう。無抵抗の人間ならば殺し慣れていても、歯向かう者への対処など出来ていない。


 二人は一塊となって地面に転がる。泥に汚れ、火の粉を被りながらもみ合ううちに、やはり戦闘に場馴れした兵士の方がヴェルツを押さえ込んだ。接近戦では逆に扱いにくい大剣を放り出して、瞬時の動作で短刀を抜き放つ。

 迫る刃。ヴェルツは目を閉じた。


 こんな道端で訳も分からず、名も知らぬ相手に殺されるとは思ってもみなかった。死の間際に何を思えば良いかと考えたが、何一つとして浮かばない。首に迫る風の音に、彼はぼんやりと死を覚悟した──その時だ。


 パン! 二度目に耳にする軽い破裂音。

 男の身体がびくりと震えた。次の瞬間、ヴェルツの腹の上に彼は崩れ落ちる。こめかみから血を流し、充血した目を見開く死体の顔を間近に見て、ヴェルツは短い悲鳴を上げた。


「だ、大丈夫か」


 ロックだった。手にした銃から白煙が上っている。今しがた死体になった兵士と、己の手にある銃を見比べる様子が伝わってくる。


「す、すまない。助かっ……」


 ヴェルツは差し延べられた手を取った。起き上がろうと力を入れた瞬間、突然電流に撃たれたように友人の手は硬直する。


「か、母さんは……」


 瞬時に身を翻し、ロックは駆け出した。


「ちょっ、おい。待って……」


 のしかかったままの死体を目を瞑って押しのけてから、ヴェルツも立ち上がった。転ぶように走り出す。

 火が踊り、村人が逃げ惑う。


 村は様変わりしていた。見知らぬ武装兵が、我が物顔で民家に侵入する脇を擦り抜けながら、ヴェルツは友人の後を追うだけ。頭が真っ白になっていてどういう行動を取れば良いか分からなくなっていた。


 ロックの家は村の中央付近にある。村長バウエルンマイスターである父と母、それから二人の兄。この時間帯であれば全員が家に居るはずだ。

 村長というだけあって村一番大きな家に住んでいるし、調度も立派だ。それは外観からも容易に想像がつく。即ち、略奪者にとってはそれは格好の的ということになるわけだ。


「ロ、ロック、待てよ」


 家の前でようやく友人に追いついて、ヴェルツは息を切らして立ち止まった。家の扉は中途半端に開いており、中からは殺気走った気配が。

 ロックの背に緊張が走るのが分かる。

 待ってろと合図をしてから、彼は銃を握り締めてそろそろと家に入って行った。その足が玄関で凍りついたように止まった事に、ヴェルツは不審を、それから不安を覚える。


「ロック、待てったら……」


 友人に続いて家の中に足を踏み入れる。それから彼も息を飲んだ。

 ロックの母は美しい女性だ。実年齢は教えてくれないが、三十代といっても十分通用すると思う。三人の子供が居るとは思えない若々しさを保ち、いつも穏やかに微笑んでいる。

 ロックと同じ黒髪を長く伸ばし、二人が並ぶと母子というより姉弟のように映った。友人が母をいかに敬愛しているかも、ヴェルツはよく知っていた。


 その彼女が、玄関先の床に転がっている。襲撃を悟り、家から飛び出そうとしたところを襲われたのだろう。いや、ロックが硬直しているのはそのせいではない。

 美しい母の身体の上に下半身を露出させた兵士が乗っていたのだ。黒髪を引っ張られ、彼女の顔は向こう側を向いている。衣服が破られ、露になった白い胸にはナイフの傷。たくし上げられ剥き出しの足の間で、兵士は大きく腰を動かしていた。


「うあぁぁっ! かあさっ……!」


 声にならない叫びを上げて、ロックが銃口を兵士に向ける。

 闇雲に撃った弾数が五発。それで兵士は崩れ落ちた。

 母に駆け寄るロック。しかし抱き上げた彼女の身体からは、急速に温もりが消えていく途中であった。腹に無残な傷跡。大量の血が流れた跡が赤黒く固まっている。命の火が消えていることは瞭然であった。

 母の死体を抱えたまま呆然と座り込むロックにかける言葉もない。


 ヴェルツは彼らの奥、玄関から続く居間に村長とその息子二人の死体をも発見していた。途端、背筋が冷たくなった。咄嗟にロックの膝元に転がる銃を拾って家を飛び出す。

 姉は今一人のはずだ。もし兵に捕まったら……。嫌な予感に胸が震える。

 ロックの家を飛び出した時だ。誰かにぶつかった。悲鳴が女の声だったのと、彼女が倒れてしまったので、ヴェルツは足を止める。


「ご、ごめん」


 しかし相手を確かめている余裕はない。

 女を追って兵士が一人走り寄ってきたからだ。手には当然のように血染めの剣。ヴェルツには目もくれず、女目掛けてそれを振り上げる。


「う、動くなっ!」


 銃を構えてヴェルツは叫んだ。兵士の動きが一瞬止まる。

 じろりと睨まれ、ヴェルツは小さく悲鳴をあげた。痙攣したように指が攣り、無意識に近い動きで引金を引いてしまう。

 既に聞き慣れた小さな発射音。

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