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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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29話 疑惑と約束(2)

 まずはこの部屋から出なくては。窓がない以上、出口は扉しかないわけだが、そこには見張りが。しかし仲間に危害を加えることは躊躇われた。

 だからと言って、事情を話したところで彼女の行動に賛同する者は居ないだろう。


 取手に手をかけたまま動きを止めていたオリンピアの前、木製の扉越しに不意に鈍い振動が伝わってきた。「うっ」と押し殺した悲鳴と、重いものが廊下に倒れる音。

 続いて勢いよく扉が開き、足音荒く入って来たのはキルスティンであった。


「だって、こんなのおかしい! オリンピアちゃんを疑って閉じ込めちゃうなんて。私、絶対抗議します!」


「だから何に抗議するんだよ。姉ちゃん、声でかい。静かに!」


 息巻く彼女の後ろから弟のヴェルツが、こつらは忍び足で続く。扉の隙間から、マナーワンが床に転がっているのが見えた。


「あ、あなた達、何を? どういうつもりなの」


 昨日突然EDE.に合流して、すっかり仲間面しているこの二人。

 裏切り者を探すというならば彼等が一番怪しいではないか。まさかカトリック軍の? と思いかけて、オリンピアは首を振る。

 二人共──特に姉の方──余りにも動きに無駄が多すぎる。それに弟の人の良さそうな顔と言ったら。善良且つお節介な田舎の若者という見立てに間違いあるまい。


「大丈夫ですか」


 すみませんと繰り返しながら、ヴェルツが部屋に入ってくる。


「早く逃げなよ、オリンピアちゃん。教会に戻りたいんでしょ」


「で、でも……」


 確かにこんな所に軟禁されるのは腑に落ちない。しかし、だからと言ってレオンやモリガンに黙って、しかもマナーワンを昏倒させて逃げ出すなど……。オリンピアは躊躇った。


「大丈夫だって。上手くいくよ。私が守ってあげるから!」


 何の根拠があるのか、キルステインが堂々と胸を張った。

 どこかで聞いた台詞だわとオリンピアはちらりとヴェルツを見やる。

 初めて会った時、彼が口にした言葉だ。ヴェルツは赤面していた。元々姉の口癖を真似たわけだから、改めて言われたら恥ずかしいのだ。その様子に、オリンピアは少し安心した。


「それでしたら、わたくし行きますわ。気になる事がありますの。お二人には決して迷惑かけませんわ。明日の朝には必ず戻りますから」


 心の中で謝りながら、廊下に倒れるマナーワンを跨いで部屋を出る。


「一緒に行って守ってあげなよ」


 キルスティンに尻を叩かれ、顔を顰めながらヴェルツが口の中で何か呟く気配。しかし言われるがままに、オリンピアに付いて部屋を出る。

 オリンピアちゃん、馴れ馴れしく名を呼ばれ彼女は振り向いた。ニコッとキルスティンが笑う。


「私、妹が欲しかったんだよね」


 にやにやしながら弟を見やり、彼女はぺこり。頭を下げる。


「ケツの穴の小さい弟ですが、よろしくお願いします。イエイエ、何も言わないで……」


「ね、姉ちゃん!」


 ヴェルツ、怒鳴ってから慌てて自らの口を押さえて周囲を見渡す。


「あの……」


 迷惑をかけるから付いて来てくれなくて良いと言いかけたのだが、二人が引く様子はない。オリンピアは困ったように首を傾げた。妙なことになってしまったわ。

 しかし、今考えるべき事柄は他にある。冷たい憎悪を宿した暗い目を思い出した。建物を出て、彼女は夜の街──遠くに聳える黒い塔を見上げた。


 彼はきっとあの場所にいる。

 助けたいのは、愛しているからじゃないと、己にいいきかせて──。


  ※  ※  ※



 主への信仰心と、大司祭への信頼。

 教会内部での立場だとか、自身が置かれている今の状況がおもしろくないものだということは自覚しているが、この二つは揺るがないマナーワンの根底であった。


 それ以外に好きなものの順番を付けるならば一番が金、二番目がオリンピアである──或いは逆か?

 金と女ですか。生臭と言われるのも無理からぬことかもしれませんね。僧は苦笑する。


 だからと言って己は僧たる身。無論、肉欲は完全に断ち切っている。そういう執着心ではないのだ。純粋に美しく、強く、澄んだものに憧れる気持ち。これを恋と呼ぶかのかどうかはマナーワンは知らない。大切に思い、幸せを願うだけだ。


「損な性格だね、お坊さん」


 甲高い声でそう言われ、マナーワンは片目を開いた。気を失ったふりをしていたとばれてしまったか?


「起きなよ。わざと逃がしてくれたんでしょ」


 頭の悪そうな田舎の小娘に見透かされて、マナーワンは焦った。むくりと起き上がると、弱みを見せまいとの思いからつい強気な態度に出る。


「あ、あなたもこんなことをして、レオンさんに怒られますよ。あの人は女子供とて容赦しませんからね。自分も子供のくせに、怖いったらない」


 しかしキルスティンは平然としている。


「大丈夫。バレないってば! 明日の朝までに戻るってオリンピアちゃんも言ってるんだし」


「はぁ……、そこですよ」


 マナーワンは呟く。表情は不安に沈んでいた。


「あの方は一体どこへ向かわれたのでしょう」


「さぁ? 教会だと思うけど。うちの弟が一緒だから大丈夫だって。意外と頼りになるんだから。お姫様はちゃんとお守りするよ」


 あくまで呑気な彼女に、マナーワンは大袈裟に溜め息をつく。


「あなた、まるで分かっていません。彼女の立場を整理してごらんなさい。まず第一に大司祭殺しの容疑者です。無論、彼女が実の叔父さんを殺す筈ないのですが、状況は極めて不利です。第二に武器の横流しを疑われている。モリガンさんはああ言ってますが、レオンさんなど完全に彼女を犯人扱いしてますからね」


 マナーワンは憤った様子だ。仲間(オリンピア)を犯人扱いすること、それから大司祭の死に対して彼等が無反応なこと。つまり「猊下の敵を討とうともしない」と。それは不忠だ。

 いや、冷たいわけじゃないと分かっている。彼等の方が冷静で賢いのだ。


「……拙僧はどうしたら良いのでしょう」


 顔を上げると、もうキルスティンの姿はなかった。部屋に入って寝てしまったろうか。

 マイペースな方ですね、溜め息をついて彼は立ち上がる。分かっている。無力な自分に何か出来るわけじゃない。出来れば全て忘れて眠ってしまいたかったが、それも無理だろう。


 長い夜は、まだまだ明けそうになかった。

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