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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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27話 逃走(6)

 部屋中の視線を受けて彼女は戸惑ったように動きを止める。モリガンが進み出た。


「ああ、悪かったな。ほら、これ」


 金を渡して、大きな包みを幾つか受け取る。


「それから、モリガンちゃん。コレ」

 小さな包み。甘い匂いにモリガンは鼻をひくつかせる。

「固形のチョコレートだよ。珍しいでしょ。イングランドから取り寄せたんだって。少ししかないからモリガンちゃんの為に取っといたんだ。貰い物だからお金はいいよ」


 ほぅ、と唸ってからモリガンは俯いた。ニンマリ笑っているようだ。

 先程までの経緯があるため、喜びを全開にするのは憚られると思ったのか、顔を微妙に歪めている。

 彼女が出て行ってから、モリガンは大きい方の袋を弾丸小僧に渡した。


「何だよ……」


 何重にも包まれた袋の中には大量の銃火器と火薬。オリンピアとマナーワンも驚きの声をあげる。


「モリガンさん、あなたも何か考えて行動していたんですね。見直しましたよ」


「何があるか分からんからな。街のあちこちに隠してあるんだ。これだけあれば当面は凌げるだろ」


「街のあちこちの娼館にかよ。準備がいいんだか何だか」


 現金なもので、弾切れだった銃に早速弾丸を補充するレオンのご機嫌は直っていた。代わりにオリンピアが眉を顰める。


「でも、こんなことさせて大丈夫なんですの? わたくし達と関わりがあるなんてことが知られたら彼女の身が……」

「あいつはオレが何をしているかは知らん筈だ。金持ちの甘党と思っている。オレだってあいつの名も知らん」


 うわぁ、それ、最悪……。思わず呟きかけて、ヴェルツは慌てて口を押さえる。モリガンが不愉快な表情を作ってこちらを向いたから。



「勘違いするな。ここには女を抱きに来るわけじゃない。こういう所には珍しい菓子があるからな。時々、買いに来てるんだ」


 そう言ってチョコレートの包みを破る。甘い香りが立ち込め、たちまちのうちにモリガンの顔は崩れていった。


「はぁ、娼館にお菓子を買いに……」


 それもどうだろうと思ったが、さすがに今度こそ口にはしなかった。


「言いたくないけど賢明だったな。通常なら武器も弾薬も全て大聖堂に保管されてあるから、今の僕たちには手が届かない」


 散弾銃と短筒、両足のホルダーに拳銃を一丁ずつ。取り敢えずの武装を完備して落ち着いたレオンが、袋を漁るキルスティンを追い払いながら言った。表情は暗いままだ。


「レオンさん、言いたいことがあるなら……」


 オリンピアが袋の口を閉じながら小さく息を吐く。大体怒っているか興奮しているしかない少年だが、夕べから様子がおかしい。気になることがあるらしく、ちらちらとこちらを見てはまた目を逸らす。


「大司祭が殺された時のあの状況……確かにEDE.(うち)が疑われるのも仕方ないよな。サイレンサーなんて、余所は持ってない」


「さいれんさーって?」


 空気を読まないキルスティンが割り込む。ジロリと睨まれても彼女は怯まない。


「教えてくれたっていいでしょう!」


「叔父様が倒れられた時、銃声がしなかったでしょう。発砲する時に漏れる空気を抑えている。つまり、そういう特殊な銃ですわ」


 代わりにオリンピアが説明する。彼女もこの集団の構成員であるならば、改良型武器に精通していてもおかしくない筈だとヴェルツは思った。

 気になるのはこの空気。一触即発というか、嫌な流れに向いている。


「じゃ、じゃあ、銃で撃たれたってわけじゃないのでは?」


 わざと明るく言ったら、レオンに睨まれた。


「そんな訳ねぇだろ。いいか、うちの銃は特殊だ。余所には絶対にない。なのに大司祭殺害にはサイレンサーが使われた。ああ……別にこの中の人間が犯人だと言ってるわけじゃないんだ。そうじゃないけど、でも、あの時カトリック軍が携帯していた銃火器もまるで……」


「……何が言いたいんですの、レオンさん」


 オリンピアの押し殺した声。彼の話の結論はもう見えていた。


「敵方にもこんな技術があるのか? いや、それは有り得ない。うちから武器が流れたと考えるのが妥当だ。大聖堂武器庫に入れるのは極限られた人間だけ。その中の誰かが流したんだ。僕か、モリガンか、マナーワンか。さもなきゃ……」


 順番に仲間の顔を見回していく。その視線が最後にオリンピアの所で止まった。女性であることに、或いは大司祭の姪であることに遠慮してか暴言はない。だが、感情を隠せないその眼は明らかな疑いを持って彼女を睨み据える。


「やめてください、レオンさん」


 マナーワンが慌てて間に入る。


「それなら娼館(ここ)の方だって可能性はあるでしょう。それに、武器庫にはゴーチェさんも……猊下ご自身だって入れるのですから」


「そうだな。でも……」


 みんな感じてるだろ。夕べ、オリンピアが戻って来た時のあの違和感は何なんだ。

 そう言われ、その場の全員が押し黙る。

 ──確かにひどい違和感に襲われた。自分の心を見透かされたようでヴェルツの心音が高鳴る。


「僕たちは少数だ。しかも追われている。この上、少しでも不安材料があると……」


 困るんだ。下手すりゃ命に関わる。


 そう言って、それでも思っている事を全て吐き出した満足感からか、少年は寝台に腰を下ろした。


「そう苛々するな。甘いものでも食え」


 差し出されたチョコレートを無視して、レオンの視線は今度はヴェルツを抉る。


「ここまで連れ回して悪かったな。これ以上巻き込んだら本当に命の保障も出来ない。姉ちゃんと一緒に街を出ろ」


「でも、街はカトリック軍に包囲されてて……」


 レオンは弾丸の箱を幾つかポケットに突っ込む。


「包囲網なら僕が突破してやる。安全な所までは送る。早い方がいい。今夜のうちに……」


「でも……」


 ヴェルツは姉と顔を見合わせた。自分たちの意見など頭から無視しての決定に、キルスティンはむくれた表情だ。そんなのイヤだよ、と叫ぶ。


「私、ここに居る。みんなが心配だもん。今更追い出すなんてヒドイよ、レオンちゃん」


「レ、レオンちゃん……」


 レオンが絶句する。怒りのためか口元が引き攣っているのを見て、モリガンが横からキルスティンの肩を叩いた。


「キルちゃん、あいつの言う通りだ。この街は危ない。村に帰れ、な」


「でも!」


 何か言ってやってくれとモリガンの視線がヴェルツにも注がれる。狭い部屋の中、彼は身を捩って姉の隣りに移動した。姉ちゃん、と呼びかけるが姉はこちらを見ようとしない。


「ヴェルツ、帰るんなら一人で帰りなさい。私は嫌だからね!」


 涙声で抗議するキルスティンに頷いてから、ヴェルツは一同を見渡す。


「じ、自分も帰りたくありません。昨日から物騒なことに巻き込まれて……訳分かんないし怖いけど、このまま離れるなんて嫌だ」


 本当は平穏な暮らしに戻りたい。それが本心。

 でも……巻き込まれてしまった以上、見届けなくては気持ちが悪い。オリンピアが心配だし、何よりロックの安否が気にかかる。

 モリガンが肩を竦め、マナーワンが困ったように首を傾げた。レオンが「勝手にしろ」と呟く。ヴェルツの視線はオリンピアを探す。彼女は何か考え込むようにじっと俯いていた。

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