26話 逃走(5)
「よせ、レオン。そういうやり方は」
路地裏からわらわらと数人が出て来る気配。
──この声は? 彼女は顔を上げる。
「おい、動くなと言って……」
暗がりから若い女性が二人、一見して僧と分かる剃髪の男、それからやけに背の高い猫背の男が現れる。最後に姿を現した体格の良い三十代の男を認めて、彼女は顔を輝かせた。
「モリガンちゃん!」
その黄色い叫びに、レオンと呼ばれた銀髪の青年が銃を取り落とす。
「……モリガンちゃん?」
全員の視線が彼に集中する中、モリガンは照れたように小さく笑った。
聖騎士達から隠れるならこういう所はお誂え向きだろ。
モリガンの言により、軒を連ねる娼館の一つ、女に案内されてその中の一室に身を潜ませてから半刻ほど経った。寝台しかない狭い部屋に六人が押し込まれ、正直全員戸惑いを隠せない。
さすがに反省したらしい姉に、おとなしくしているよう幾つかの注意を与えてから、床に座ったヴェルツ。その直ぐ前にはマナーワンが腰を据えている。窓もない部屋なんて、と頻りに文句を言っていたが、ヴェルツと目が合うとこちらににじり寄って来た。
「な、何ですか……?」
「そもそもですよ。EDE.の意味が分かりますか?」
存外に落ち着いた口調だ。長時間の駆け足に、さっきまで息せき切って喘いでいたくせに、今はしれっとした表情で茶を啜っている。
いえ、知りません。素っ気なさを装って答えた。
──こいつ、案外神経が図太いな……。
ヴェルツは、未だ臆病に振動を繰り返す己の心臓を抑える。
「ところであなた、EDE.に入りませんか。体格もいいし、今時の若者としては珍しく人の話もちゃんと聞けるようですし」
「給料にもよる……いや、いえ、絶ッ対嫌です。だからEDE.の意味って……?」
給料は現在の雇い主たる大司教死亡ということでお支払いは約束出来ませんが、と勝手なことを言ってから司祭はこう続けた。
Elysium
DeutshlandDeutshland
Einheit.
「それぞれ楽園、ドイツ、部隊という意味です。直訳すればドイツという楽園の一部隊ということになりますか。正式にはドイツ教会軍特殊作戦部隊と猊下は名付けられました」
「はぁ……」
「大勢の軍隊、兵士では不可能な、単独、或いは極少数の潜入を担当する特殊部隊です。少数と言っても本当に少数すぎるのが困ったところで」
「はぁ……」
掃除屋集団と言っていた黒騎士の言を思い出す。つまりEDE.は大司祭個人が作った、大司祭付きの部隊というわけか。なるほど、古くから存続している騎士団として面白くないのは分かる。
「だから、私が入ってあげるってば!」
キルステインが割り込む。
「姉ちゃん、余計なこと言うな」
「だってマナーワンが入れてくれるって言ったもん。二グルテン払えば!」
ヴェルツは絶句する。モリガンが肩を竦めるのが分かった。笑いを堪えているのだ。当の僧は知らん顔を決め込んでいる様子。
「ですからヴェルツさん、ぜひ我々の仲間に。心配いりません。あなたは無料で入れてあげますよ? 出来ればあの黒騎士さんも勧誘してみたいものですねぇ」
「やめてくれ、見境なさすぎだろ」
レオンが睨む。
「それに大司祭が死んだんだ。僕たちは公には認められていない。別の教会から新しい司祭が赴任してくるだろうけど、そいつがEDE.まで引継ぐとは考えられないだろ」
「新しい大司祭ですか。えー、ここに、コホン、ここに一人、司祭が居るのですが」
ささやかなアピールは無視された。つまりEDE.はこのまま消える可能性が高いってことだ、とレオンが結論付ける。
「僕たちは時代遅れな騎士団数千に匹敵するんだがな。だからって、存続のために高い金を投資する気概のある奴なんて今のドイツには居ないだろ。聖職者も貴族も、みんな頭悪ぃ上にケチだからな」
「レオンさん……?」
マナーワンは漸く気付いた。
仲間は相当苛ついている? 無理もありません。拙僧たちは突然雇い主を失ったわけですから。復讐に燃えて然るべきところを、こうやって逃げ回っていることへの苛立ちでしょうね。
傍で聞いてハラハラするような分析をわざわざ口にした。
「レオン、落ち着いて。大司祭様が好きだったんだね」
マナーワンが口を開く前に、キルスティンがレオンの手を取る。
「そうじゃない」
レオンがその手を払う。子供をあやすような口調に腹を立てたのか。
「僕たちが居たら戦争が変わる。大司祭はそれを知っていた。基本的にはどの勢力にも属さない高度の戦闘部隊を用いて、あらゆる紛争に介入しようって腹だったんだ。あのジジィも相当生臭だな」
「レオンさん!」
オリンピアの方を気にしつつ、マナーワンがレオンの腕をつかむ。その手をも振り払って彼は僧を睨み付けた。
「僕が苛付いてるって? 何故だか教えてやろうか。どうして誰も気付かない。考えてもみろ。昨日の……」
全員が息を押し殺した。レオンの次の言葉を待っている。ところが彼が口を開きかけた時、同時に扉が勢い良く開いた。
「モリガンちゃーん、これでいい?」
緊迫した空気を破ったのは、彼等をここに案内したあの娼婦だった。
「な、何よ?」




