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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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24話 逃走(3)

 今更ながら嗚咽が込みあげてきた。それは純粋な悲しみなのか、守れなかった己への歯痒さ、悔しさなのか。

 声をあげずに震えるその肩に手を伸ばしかけて、ヴェルツは躊躇う。細い背が自分を拒絶しているように思えたから。


「あの……」


 挙げた手を宙にさ迷わせたままヴェルツは言葉を探した。しかし、気の利いた性格でもない彼はそのままその場に立ち尽くすのみ。

 ぎこちない沈黙を破ったのは、またもや扉の開く音だった。オリンピアがさり気なく涙を拭く気配。

 今度顔を出したのはモリガンであった。


「まぁ、食えや。お嬢さん」


 大きなジャムの瓶をオリンピアに押し付ける。部屋に戻って来たマナーワンの剣幕に事態を悟って、心配して様子を見に来たのだろう。


「あ、ありがとうございます」


 ジャムの瓶を抱え、困ったような笑顔を見せるオリンピア。


「あの、わたくしは……」


「いいんら」


 モリガンは遮った。口の中に氷砂糖を入れているらしい。口がもごもご動いていて言葉が不明瞭だ。


「マナーワンは色々融通のきかないことを言うが、本当はあんたを心配しているんら。オレたちも歓迎するれ。正直、戻ってくれて助かる。あんたが居ないと、やはり戦力に差が出るしな」


 他に行き場がないのは、みんな一緒だ。気にすることはない。そう言うとモリガンは彼女に渡したジャム瓶を取り上げ、蓋を開けた。スプーンを突っ込む。


「ほら、食え。甘いものを食うと気分が変わるぞ」


「あ、ありがとう……」


 辟易しながら、スプーンに口をつけるオリンピアの表情は少し和らいでいた。


 ──このおっさん、天然だ。


 これで慰めているつもりなのだろう。横で見ているヴェルツの頬も緩む。

 三人の和やかな空気を破ったのは、またもや扉を開ける音だった。しかし今度は奥の寝室ではない。玄関が勢い良く開いたのだ。


「た、大変だよッ!」


 鼓膜が破れるくらい甲高い叫びを発して玄関に仁王立ちしていたのは、他ならぬ姉キルスティンだった。


「どうなさいましたの」


 あまりの剣幕に、オリンピアがジャムの瓶を置いてキルスティンに駆け寄る。


「大変! 大司祭様の死体がなくなったって。教会が大騒ぎ……大変! タイッヘン!」


 大変と叫んだと同時に扉を閉めて、彼女は今更ながら「しーっ!」と声を潜めた。


「何だよ、姉ちゃん。煩いんだよ。外に何かあるのか?」


 外を見ようと、扉から首を覗かせようとした時だ。


「ドアと窓から離れろ!」


 重装備のレオンが奥の部屋から飛び出してきた。瞬間、室内の空気が凍り付く。

 ちらりと窓から外を見て、ヴェルツは軽く悲鳴をあげた。


「離れろって言ってるのに、見に行く奴がいるか!」


「ああ、すみません」


 既に戦闘モードに入っているレオンに怒鳴られ、反射的に謝りながら彼は後ずさる。

 裏町の路地は黒鎧で溢れ返っていたのだ。聖騎士団である。

 剣こそ抜いていないものの友好的な雰囲気でないことは明白である。彼等の狙いがこの家であることも、また明らかだ。


「教会に行ったのか。キル、付けられたな」


 十四歳の子供に睨まれ、キルスティンは傍目にも分かるくらいギクリと肩を震わせた。


「ち、違うよ。教会じゃなくて、キョ、競技会。私は……」


 苦しい言い訳は途中で遮られる。


「昨日の昼間、大聖堂で騒いでいたのを見られてたんだろ。もう面が割れてるんだから、勝手なことしてんじゃねぇよ」


 わ、私は良かれと思って……。がっくり肩を落とす彼女の腕を引っ張ったのはオリンピアだった。


「そんなことよりキルスティンさん、叔父様のご遺体がなくなったというのはどういう……」


 時期が時期だから大司祭の死は公には隠す措置が取られたらしい。教会内だけで密葬するつもりだったようだが、その死体が消えのだとキルスティンは辿々しく説明した。


「では、そのことを誰に聞いたんですの?」


「誰って……司祭様が喋ってるの聞いたの。誰かは分からないけど、多分マナーワンより位が上の人と思う。ちょっと格が違う感じがしたから」


「何ですって?」


「ヒイッ!」


 言葉尻を捉え、マナーワンが目を吊り上げる。


「ま、前向きに。今はそんなこと言ってる場合じゃないです。姉ちゃんも余計なこと言うなよ」


 ヴェルツが三人の間に進み出たのは、背後の弾丸小僧が爆発寸前だったからだ。


「そうですわね。用があって来た筈ですから、ともかくあの方たちから話を聞いて……」


「そんな悠長な用事でもなさそうだぜ」


 モリガンの低い声。同時に扉が激しく叩かれる。


「オリンピア・へックラー。司祭レン・サイド・マナーワンの両名を、大司祭ダイ・カーン・シュールディッヒ猊下殺害容疑で拘束する」


「な、何ですって……」


 マナーワンが今度は弱々しい声で呟いて、その場に崩れ落ちる。咄嗟にその腕を取ったのはヴェルツだ。


 ──何だ、それは。どういうことだ。


「教会関係者で、尚且つ現在その場に居ないわたくし達に容疑が向いたということですわね。逃げたと捉えられたんだわ」


 オリンピアが唇を噛む。


「でもあなたは大司祭の姪……」


「ええ、ヴェルツさん。だからこそ、ですわ。暫く街を離れていたというのに、昨夜突然帰ってきて。傍から見ても、わたくしを疑わしいと感じるのは理解出来ますもの」


「じゃあ遺体が消えたってどういう……? 自分たちは夕べからずっと一緒だったんだ。遺体をどうこうなんて出来る筈が……」


 辛抱強く扉を叩く音は、徐々に強くなっていく。薄い木を破られるのは時間の問題だ。

 オリンピアが微かに微笑した。無理して笑っているのは明らかで、痛々しい。


「ともかく、わたくし行きますわ。皆さんにまで疑いがかかってはいけませんもの」


 呆けていたマナーワンが立ち上がる。


「な、ならば拙僧が行きます」


 ──じゃあ自分も付いていきます、ヴェルツがそう言いかけた時だ。

 ジャキッ。銃から空の弾層を排莢する音が響いた。無言の弾丸小僧が扉に向かう。


「事情説明だ? だからそんな悠長なことは言ってられねぇって。捕まったら最後だよ」


 モリガンが拳銃を構える。狙いは窓越し、騎士の群れだ。オリンピアが何か言うより先に、銃口は火を噴いた。


「これで一連托生だな」


 言うなりモリガンは玄関から飛び出した。つられて走り出す一同──特にレオンに向かって振り向いた。


「いいな、銃は撃つな。遠くの奴らに居所を知らせるようなもんだからな」


 不服そうに銀髪の青年が呻く。


「モリガン、どうするんだよ。外はカトリック軍に囲まれてるし、街の中を逃げ回ったって聖騎士団にとっては庭みたいなもんだ。隠れる所なんてどこにもねぇだろ」


 曲がりくねった路地裏を進むにつれ、背後から追ってくる騎士団の数は減っていく。しかし逃げ切れるとは思えなかった。


「お前は先走りすぎなんだ。いいから任せろ。オレに付いて来い」


 やけに自信たっぷりな物言いに、ヴェルツは何となく嫌な予感がしたものだ。見るとレオンも頻りに後ろを振り返っている。騎士団長がいないな、とか呟きながら。

 仕方がない。今は彼の後を付いて行くしかないのだと、ヴェルツはようやく気付く。両隣りを走る姉やオリンピアはとうに腹を括ったという表情をしていた。

 あとは半日、走るだけ。


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