16話 再会と惨殺(1)
僧房の一角にある小部屋。僧侶たちの寝所から離れた場所に位置するその部屋は、完全に倉庫として使用されているようだ。
小さな窓からは月明かり。真夜中を過ぎた頃だろうか。賑わっていた大聖堂周辺から、ようやく人の声が消えていた。
──見たくない。
ヴェルツは窓に背を向けた。街は灯りに溢れている。嫌でも目に入るのが、夕方破壊した──否、破壊したのは自分ではないと言い聞かせる──街の防御壁だ。一角が無残に崩れているのが、ここからでもはっきりと見て取れる。
「あの大きな塔には幽霊が出るんだって。誰も近付かないから罪人を幽閉するのに使ってるって言ってたよ」
窓の外を眺めながら、どこまでも呑気に姉が笑った。指さす先は街の向こう側。夕闇に高くそびえる塔である。
「……言ってたって誰が?」
「モリガン。あの巨きなおじさん……ああ、おじさんって言ったら怒ってたけど。まだ三十二歳だって。レオンのお父さんだと思って挨拶したら随分憮然としてたよ。モリガンはすごい甘党なんだ。ずっと砂糖舐めてるんだもん」
一緒に大聖堂に帰ってきた筈なのに、姉には何故周囲と親交を深める余裕があったのか。
自分は疲れきってそれどころではなかった。人懐っこい性格といえばそれまでだが、姉とて自分たちが置かれた状況を必死になって分析しようとしているのだろう。
あるいは頼みの綱と信じたレオンが、姉弟を大聖堂に送り届けると早々に立ち去ってしまったことにショックを受けているのか。
「大聖堂に住んでるんじゃなくて、あの子、街に家があるんだって」
そこで姉は大きく溜め息をついた。
「レオンは銃火器依存症マニアで他のことには興味がないから、止めといた方がいいって言われたよ」
がっくりと肩を落とす。いや、それ以前に十四歳の子になんて手ェ出すなよ。痴女って捕まるぞ。訴えられんぞ、と言いたいところをぐっと堪える。浮き沈みの激しい彼女をこれ以上ヘコませてどうする。
「ざ、残念だったな。姉ちゃん、美人なのに何がいけないんだろうな。何て言うか……姉ちゃんアホ……いや、根本的に色気がないって言うか……なぁ?」
色気? キルステインは頬を膨らませる。アルよアルよ、と駄々っ子のように叫ぶ。
「だから……」
弟としては目を覆う姿である。
「色気がない上に、本格的にバカだから」
レオンが逃げるのも頷けよう。自分だって、姉のような女に付きまとわれては絶対迷惑すると思う。
──もしも、村で出会ったあの女性だったら?
何の前触れもなく思い出したのが、襲撃の最中に出会ったあの女性。
賢くて美しくて気高い──いや、ほんの二言三言言葉を交わしただけでそこまで分かるわけないだろう。自分だってどうかしている。
ヴェルツはぶるぶると首を振った。現実から逃げたい気持ちは否めない。でも、今考えることは他にあるだろう。
「姉ちゃん、明日にはここを出るぞ。村に帰って、これからどうするか真剣に考えないと」
弟のいつになく厳しい調子に、キルスティンは首を傾げた。
「村に帰りたい? でも街はカトリック軍に囲まれてるから出られないって……」
「そ、それは分かってるよ。でも少なくとも、大聖堂は出てくぞ」
今日だって死にかけたんだ。EDE.だか何だか知らないが、これ以上厄介事に巻き込まれてたまるか。それが本心だ。
「そんな大袈裟な……」
笑いかけてから、彼女は慌てて口を噤む。
弟の頬が心労で引き攣っているのに気付いたから。ケツの穴の小さいことと心に思うが、さすがに口には出さない。分かったよと頷いた。
「明日出て行こう。お宿に泊まればいいもんね。でもその前に……私、大司祭様に直談判に行く!」
「姉ちゃ? な、何考えて……」
そもそもここに来たのは村の惨状を抗議するためだったもの。キルスティンは立ち上がった。こんな倉庫で寝ている場合じゃないよ。
あんたも来なさい、と扉の取手に手をかけた姉を、ヴェルツは押しとどめる。
「止めてくれ、姉ちゃん! こっそり空き部屋に泊めてもらってるんだから。マナーワンにくれぐれも大人しくしていてくださいって言われただろ」
金がないから一晩泊めてくれと言ったら、下っ端司祭は露骨に嫌な顔をした。
田舎村の教会じゃあるまいし。本来ならここに旅人を泊めたりなんてしないんですよ。特に女性の方をお泊めするわけにはいきません。宿に行ってくださいよ、宿に。
あしらうような言い方に、ヴェルツも少々腹を立てた。
「じゃあそうします。宿で街の防護壁を壊したのが教会の人間だって言いふらしましょうかね。しかも仲間割れから」
「……それは脅しですか?」
「いいえぇ。お坊さんを脅すなんてとんでもないっす」
白々しく首を横に振ると、マナーワンは肩を落としてこの部屋に連れて来てくれたのだ。
「絶対に大人しくしていることが条件ですよ」
何度も念を押して、しかし僧はこっそり夕食まで持って来てくれたのだ。
だが彼のそんな気遣いや微妙な立場など、この姉は介さない。




