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その手に、エデンを~ドイツ教会軍特殊作戦部隊~  作者: コダーマ


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13話 黒き刃の聖騎士(3)

  ※  ※  ※


 ──楽園。

 それは大司祭がよく口にする言葉だ。


「楽園か……」


 何だ、その言葉は。意味が分からんな、と男は小窓から外を眺める。

 楽園は遠い。この現状は何だ。こんな場所であがいてもどうしようもないのは分かっていたが、腕が疼いて仕方がない。所在なさげに剣を抜く。

 しかし外からの太陽の残照にその刃が輝くことはない。刃は夜のように黒く塗られていた。ブン──無意味に宙で振り下ろす。


 ──この現状は何だ。


 男はもう一度、同じ言葉を呟いた。

 城壁とは名ばかりのこんな壁の上。狭い見張り台。

 この場所こそ攻撃と守備の拠点──マクデブルクの砦だとおだてられ、こんな街外れに追いやられて既に三日が経っていた。

 窓の外には幾重にも囲むカトリックの軍勢。昨夜、夜陰に乗じて近付いてきたのだ。数千は居るだろう。今のところ、動く気配は全くない。


 討って出て蹴散らせ。

 待ち望むその命は、しかし一向に来ないときている。教会から忘れられているのではないかとすら思えてしまう。

 ずっと動かないものだから、外から見れば城壁の一角、見張り台の小窓に黒い置物があると思われるだけだろう。


 既に陽は傾き、夜の風が吹き始めている。〝砦〟には街の外からの砂交じりの突風が突き上げてくる。

 朝方は部下を指揮し自ら見張りに立ったものだが、出撃命令が出ない以上他にすることもなく、一日中窓辺にいたせいか鎧の中は砂でザラザラだった。

 男は全身、黒鎧を纏っていた。同色の兜が椅子の上に置かれている。


 長い金髪が風に舞い、暗い蒼色の視線は揺らぐことなく外に注がれたまま。育ちの良さそうな顔立ちから威圧感は感じられない。しかし一度戦いに臨む際は肌を一切表さない漆黒の甲冑姿で、それは敵に慄然とした恐怖を、味方にすら畏怖を与える。


 男の名はゴーチェ・フォーレ・コッホ。その姿、黒い剣から《黒き刃の聖騎士シュヴァルツ・クリンゲ・リッター》と呼ばれていた。


 父、祖父──代々教会聖騎士長の役職を務める家に生まれ二十七年。聖騎士団一部隊の長に任命されたのはもう五年も前になるか。この世に生を受けたその瞬間から、教会に忠誠を誓っている。

 その教会が突然プロテスタントを自称し、皇帝と反目し合うようになったのはつい先頃のこと。仕方のない情勢なのだと説明を受けた。


「俺は頭が悪いから、最近のゴタゴタは分からない」


 確かに言えることは一つ。

 己はこの街──マクデブルクの教会に命を捧げているのだということ。

 これだけ長い間、教会という権力の中枢に身を置いていれば当然泥沼も目にしている。流血沙汰の大司祭交代劇というのも珍しい出来事ではない。


 ただ──。深い夜の色を湛えた目を細めて、聖騎士は思う。


 ──あの方は天使のような人です。


 僧の誰かが言っていたっけ。それは本当だと思う。

 四年前に赴任してきた大司祭ダイ・カーン・シュールディッヒは、何よりも街の平穏を願う人物だった。

 しかしきれい事を言うだけの連中とは違う。平和を維持する為に何よりも必要なのが軍備である事をちゃんと分かっていた。


 ゴーチェの部隊も随分その恩恵を被ったものだ。この大砲だってそう。他の武装勢力から不満が出るといけないとの計らいで、ゴーチェが私費を投じたことになっているが、実際は教会の裏金で購入されたものである。

 ここまで話の分かる聖職者は居ない。いつしかゴーチェは教会ではなく、大司祭に忠誠を誓うようになっていった。


「あんな骨と皮だけの爺さんが天使だって……」


 黒衣の聖騎士の頬に微笑が浮かぶ。しかしその笑みはすぐに曇った。微かな不信感。


 ──だが、最近の猊下は少し……。


「閣下、生成の完了した火薬二箱を運び込みます」


 突然の部下の声にゴーチェは慌てて腰を浮かせた。やましい思いを覗かれたかのように落ち着かない。

 ご、ご苦労だったと短く返して、聖騎士隊長は鎧を鳴らして再び座り込む。所在無いその態度に、部下も戸惑った様子だ。しかし構わず、部下である黒衣の聖騎士たちは砦の中に火薬箱を運び入れ始めた。


「大砲を撃つのにこんなに大量の火薬が必要なものでしょうか」


 部下の問いを敢えてゴーチェは無視した。

 彼らの間に不満が沸き起こっているのは知っている。火薬の生成など由緒正しき聖騎士の仕事ではない。そもそもこれほど大量の火薬なんて、臭いばかりで使い切れる筈がないだろう。大司祭直々の命であり、新型兵器開発に必要だと言われたが、何もうちの部隊に押し付けられる仕事でもないだろうとも思う。


「閣下?」


「い、いや」


 ゴーチェは激しく首を振った。誤魔化すために立ち上がって、剣の柄を拭くふりをする。

 大司祭に不審を抱くなど……。誰にも悟らせてはならない。いや、自分でもどうかしていると思う。

 ……煮詰まっているのかもしれない。〝砦〟に入ってからというもの、部下の顔すら皆同じに見えてしまっていた。


 その時だ。砦の入口──城壁の上の通路から騒ぎが聞こえてきた。人の声、剣を鳴らす音。それからパラパラと軽い炸裂音。火薬の破裂音に似ている。


「これは……」


 ゴーチェは立ち上がった。断続的な爆発音。不本意ながらこの音はよく知っている。

 あいつだ。また俺の邪魔をする気か。憎々しげに顔を顰め、黒騎士は闇色の刃を抜き放った。


  ※  ※  ※

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