case3.吉田と多田
「何だ、この書類は!」
バンッと机に置かれる。
「何と言われましても言われた通り作りましたが…」
「ここの数字が間違っているだろう!よく見直せといつも言ってるだろうが」
「申し訳ございません」
「いいから今すぐ作り直せ!今日の会議の時間までだ。本当に使えないなあ、お前は」
「はい!」
『また始まったよ。部長のパワハラ』
『吉田君、可哀想〜』
『これで何度目だよ』
『あんなに怒鳴らなくてもねー』
コソコソと聞こえる周囲の声。
希望して入社した会社だがいわゆる『上司ガチャ』に失敗したらしい。怒鳴られるのは日常茶飯事。
同期には簡単な仕事を預けるのに俺には大量の仕事を押し付けられる。おかげでいつも残業でくたくたになって帰る。もう辞めたい。何度、そう思ったか。
何か飲み物を買おうと自販機に向かうと女子社員が噂話に花を咲かせていた。
「ねえ、知ってる?総務の田中さん。営業の島田さんと付き合ってるんだって」
「えー、知らなかった。あの二人そんなに仲良かった?」
「それが『縁切り結び堂』っていう所に行ってお願いしたらしいよ」
縁切り結び堂?
「縁切り結び堂?」
同じ事を聞き返す女子社員の一人。
「うん。何でも古いお寺の近くにお堂があってそこで縁結びをしたんだって」
「ええー、いいな〜。私もお願いしに行こうかな」
「何、何。好きな人でもいるの?」
「違うよ。縁切り結び堂っていうくらいだから縁切りもできるんでしょ?縁を切ってもらうの。あのオバサン先輩、今野さん。細かい事にいちいちうるさいのよ。いなくなってくれないかな」
「ああ、今野さんね。『スカートが短い』とか『化粧が派手だ』とか自分の方が厚塗りだってね」
「ハハハ。言える〜」
そこに行けば縁が切れる?
じゃああの部長とも?
俺は急いでネットで調べてみた。
詳しい場所が載っていない。そこでオカルト板を検索する。するとそれらしい記事があり行ってみる事にした。
仕事帰り。
書かれていた場所に着くと『堂び結り切縁』と書かれているお堂があった。
コンコン。
「どうぞ」
ゴクリと唾を飲み込み、中に入る。
「!」
そこには面を着けた長い髪の巫女が二人いた。
「縁結び、縁切りどちらをお望みですか?」
「え、縁切りを…」
「ではこちらに人形と五円玉を」
「はい、お願いします」
急いで作った人形。裁縫は得意だった為、何とか間に合った。
「縁をお切りになりたいのは吉田紀文様と多田四郎様ですね?」
「はい」
多田四郎とは部長の名前である。
「では始めます。切りましょうぞ、切りましょうぞ。吉田紀文様と多田四郎様の縁を切りましょうぞ」
人形同士を巻き付けた赤い紐を切り、最後に燃やす。
「これで縁切りできました」
「ありがとうございます!」
晴れた気分でお堂を後にした。
翌日ー。
「えー、部長の多田さんは昨夜倒れて入院なさいました。結果、復帰は困難な為、新しく戸田さんが部長となりました」
「戸田です。これからは…」
部長が倒れた。昨日の縁切りが効いたんだ。やった!これからはあの怒号を聞かなくて済む!
喜んで席に着くとヒソヒソと声が聞こえてくる。
『あの元気そうな部長が倒れるとはな』
『何が起きるか分からないものね』
『でも戸田さんって営業から来たんでしょう?パワハラやモラハラで何人も辞めたらしいよ』
『うわあ〜。気を付けないと』
え?パワハラ?モラハラ?
「残念だったねぇ」
「田辺常務!」
気付いて振り返るとそこには常務がいた。
「お疲れ様です」
「君、吉田君だったよね?」
「はい」
「多田君は君に厳しく当たっていただろう」
「は、はあ…」
まさかパワハラ野郎でしたなんて言えない。
「多田君は『この子だったら強く育つ。使える子になるだろう』という子に目を掛けていたんだよ。反対に『やる気がない』と判断した子には適当に仕事を割り振っていたんだよ。だから君にも厳しかっただろうね。よく言っていたよ。怒鳴られても一生懸命取り組む子がいるってね。君は評価されていたんだ」
そんな事知らなかった。あの部長が俺に?
「まあ、頑張ってね」
にこやかに去っていく常務。
嘘だ。そんな事…。
「おい!この書類作ったの誰だ!」
大声で叫ぶ新部長。大声で我に返る。
「わ、私です」
「何だこれは!滅茶苦茶だぞ!!小学生か!?」
そこまでひどい内容ではないはずだ。
「このバカが!脳無しめ」
書類で頭を叩かれ、ゴミ箱に無造作に捨てられる。
一体、どこで間違ったのだろう?
もう縁は切れない。
縁切りができるのは一度だけ。オカルト板にはそう書いてあった。
本当の上司ガチャ失敗だ。
『ふふふふ…縁は切られた』
『切られた縁は戻せない』
『今日はどんな方がいらっしゃるか』
『切りましょうぞ、切りましょうぞ』
『結びましょうぞ、結びましょうぞ』