case1.真紀と由美
『結びましょうぞ、結びましょうぞ』
『切りましょうぞ、切りましょうぞ』
『ふふふふ…』
薄暗い森の中にあるお堂。
その中で小面の面を付けた巫女が二人、向かい合いながら笑っている。
「由美、由美!」
「何よ、真紀。そんなにはしゃいで。何か良い事でもあったの?」
とある高校の昼休憩。教室でお弁当を食べながら二人の女子生徒が席を合わせて楽しそうに会話をしている。
「知ってる?玲子が隣のクラスの武田君に告白して付き合う事になったんだって!」
「すごいじゃない。武田君っていったらサッカー部のイケメンで女子達の憧れでしょ。どうやって付き合えたのよ?」
「それがお寺の近くに『縁切り結び堂』っていう所があるらしくて、そこで縁結びのお願いをしてから告白したらしいよ」
「ふーん。そんな所があったんだ」
「由美は興味ないの?」
「偶然上手くいっただけじゃないの。そういうのは」
「もう、夢がないなあ。でね、私もお願いしてみようと思うの!」
「え、好きな人がいたの?」
「うん。生徒会長の羽沢君…」
「拓弥!?」
驚くのも無理はない。羽沢拓弥は由美の幼馴染みである。
「あんなヤツのどこが良いのよ〜」
「だって優しくてカッコいいじゃない。この前も重い荷物を運んでたら手伝ってくれたんだよね。武田君ほどではないけど人気あるよ」
「私は昔からの付き合いだから兄弟にしか思えないけどね。まあ、頑張って」
「応援してくれるの?」
「うんうん。上手くいくと良いね」
「ありがとう〜。さすが親友」
由美に抱き着く真紀。離れろと言ってもベタベタしている。中学からの付き合いで妹のような感じだ。他の友達より由美に絡む事が多い。
「それでね、今日そのお堂に行ってみたいんだけど由美、着いてきてくれない?」
「何でよ」
「だってあそこのお寺の近くって不気味じゃない?こわいからお願い!」
真紀は前から一度言うと(決めると)相手が承諾するまで駄々をこねる。はっきり言うと面倒くさい。
「仕方ないな…」
「やったー!ありがとう、由美」
放課後、玲子が言っていたお堂に向かう。
「それは何?」
由美が真紀に持っている物を指差して言う。
「これはね、願いを叶える為に必要な『依代』の人形なの。縁を結びたい人と自分の分で人形にはそれぞれの名前を書くのよ」
そう言って由美に見せる。
「これ…人形なの?」
「そうだよ?手作りなの。想いを込めて縫ったんだから!」
その人形は歪な形をしていて、人には見えない。そういえば真紀の家庭科の点数はいつも悪かったような気がする。しばらく歩くと
「着いた。ここだよ」
『堂び結り切縁』
上に書かれた古めかしい文字。
確かに真紀が言っていた通り、不気味な気配がする。まるでここだけ違う次元にいるようだ。
コンコン。
真紀がお堂の扉をノックする。
すると
「はい…」
中から若い女の声が聞こえる。
「え、縁結びに来ました」
少し上ずった声で真紀が言う。緊張しているのだろうか。
「どうぞ、お入り下さい」
スッと扉が開く。
「…!」
中には巫女の装束を着た面を被った髪の長い女が二人いた。
「こちらへ」
部屋は薄暗く、立っているロウソクの灯りだけが頼りだ。
勧められるままに奥へと進む。
「縁結びに来られたのはあなたですね」
「はいっ!」
真紀は持ってきた人形と五円玉を渡す。
五円玉は費用という事か?
「縁結びをご希望の方は羽沢拓弥様と…神崎真紀様で宜しいでしょうか?」
「はい。お願いします!」
「では」
女は白い箱から赤い紐を一本取り出し持ってきた。
「結びましょうぞ、結びましょうぞ。ご縁を結びましょうぞ」
唱えながら人形の手(?)の部分に紐を巻き付ける。そして紐で繋がった人形達を白い箱仕舞う。
「これで縁結びはできました」
「ありがとうございます」
そうして二人はお堂を後にした。
次の日の放課後。
「由美!」
「どうだった?」
「成功したよー!縁結びと由美の応援のおかげだよ!ありがとう〜」
「良かったね」
笑顔で抱き合う真紀と由美。
何と真紀は拓弥と付き合う事ができたのだ。
「今日、一緒に帰る約束したんだ!だから一緒に帰れなくてごめんね〜?」
「良いよ、良いよ。楽しんできな」
「本当にありがとうー!」
お礼を言い、手を振りながら去っていく真紀。
「お幸せに…」
見送る由美はまだ笑顔のままだった。ただし怪しさを秘めている…。
その日の夜だった。
♪〜
「もしもし」
『もしもし…由美?』
「どうしたの?真紀。元気がないけど何かあった?」
『…羽沢君が、羽沢君が、急に別れようって。グスッ』
真紀からの電話だった。
「そうなの、そうなのね…ふふっふふふふ」
『由美…?』
「はははっ!成功したんだ」
『成功?成功って何の話?』
「私、縁切り結び堂に行って拓弥と真紀の縁を切ってもらったの。上手くいって良かったわ」
実はその後、由美は人形を持ち、縁切り結び堂に行っていた。
『縁切りをご希望な方は羽沢拓弥様と神崎真紀様ですね?』
『はい』
『では人形と五円玉を』
『お願いします』
拓弥と真紀の人形、そして五円玉を渡す。
『では』
そう言うと女は縁結びとは違った黒い箱から赤い紐を取り出すと人形同士の手を巻き付ける。
『切りましょうぞ、切りましょうぞ。ご縁を切りましょうぞ』
唱えながら糸をハサミで切る。
『これでご縁は切れました』
今度はロウソクの火を使って人形を燃やす。
『ありがとうございます!これで二人は別れた。ふふふふ…』
『何でそんな事を!?応援してくれてたじゃない!』
「何で?だって私も拓弥が好きだったから。昔からよ?それをちょっと優しくされたからって勘違いして告白するなんて」
『ひどい!!』
「ひどいのはそっちでしょう?私にベタベタ甘えて、気に入らないとワガママばかり。本当に嫌いだった」
『そんな…』
「あと良い事教えてあげる。私、拓弥とさっき付き合う事になったから」
『嘘!』
「嘘じゃないよ。私も縁結びをしてもらったの。知ってる?縁結びと縁切りは一度きりしかできないの。だから拓弥と縁結びはもうできないのよ。ふふっ、じゃあね」
ポンッ♪
「これで拓弥は私のモノだ。ざまあみろ、真紀。今までの仕返しだ」
その日はスッキリとして眠った。
翌日ー。
「おはよう」
教室に入り、挨拶をする由美。
『…』
ところが誰も挨拶どころか目も合わせてくれない。
「え?どうしたの?」
何で?
そこに真紀が入ってくる。
「おはよう、真紀!」
いつもの調子で挨拶をしてしまう。昨日、あれほどバカにしたのに。
「おはようございます…田中さん」
「急に苗字なんかで呼ばないでよ」
そんな呼び方をした事なんてなかったのに。
「だって私の事が嫌いなんでしょう?これで良いじゃない」
言っている事とは正反対に笑顔の真紀。
「そうは言ったけど…皆まで無視するなんて」
おかしい。
「良い事教えてあげる」
ニヤリと不気味に笑う真紀。昨日私が言ったように話す。
「あの後、由美と皆の縁切りをしたの。由美の味方なんて誰もいない。ああ、縁結びは無理よ、一度だけだから。拓弥と縁結びしちゃったものね」
「ああ…ああ」
「あなたが教えてくれたんじゃない。忘れたの?おバカさん♪」
「許して…」
「私から羽沢君を奪った罰よ。思い知るが良いわ。はははっ!ははははー!!」
『結びましょうぞ、結びましょうぞ』
『切りましょうぞ、切りましょうぞ』
『ふふふふ…』
『今日は誰が結ばれるか』
『明日は誰が切られるか』
『ふふふふ…』