西と東の狭間に灰は眠る
西の軍の船長、チャールットは裏切りによって命を奪われかける。しかし、絶望の中、東の「頭脳」ダザイに命を救われる。
悲しみと怒りに満ちたチャールットは、すべてを失った世界で自分の意味を見失っていた。かつて戦場を支配した彼女は、今や過去に囚われ、立ち上がる力さえ失っている。
戦争は続き、彼女の運命はダザイと交錯する。
戦争に巻き込まれながら、チャールットは失われた目的を取り戻すために戦うのか、それとも絶望に飲み込まれていくのか?
重く鈍い一撃が響き、私は剣を湿った戦場の土に突き刺した。金属が地面にぶつかる音は静寂を引き裂き、死にゆく巨人の最後の息吹のように響いた。焼死体から立ち上る煙は肺に入り、胸に広がっていった。溶けた金属と焦げた頭部から立ち上る濃密な霧が、空気を重く覆い尽くしていった。戦争の息吹は、決して休むことなく私の舌に苦い味を残した。片膝を濁った泥に沈め、冷たい鉄の剣の柄をしっかりと握りしめながら、私は疲労の重さと戦っていた。冷気が静かな敵のように四肢に忍び寄り、魂をむしばんでいく。まるで私の中の最後の命の灯を奪おうとしているかのように。
その時、黒い戦場の上で、轟音が響いた。
「そこだ!」
煙の中から現れたのは、一団の影。白、緑、紫の旗が戦争と裏切りの象徴として煙の中にひるがえっていた。彼らはかつて私の仲間…いや、そうだった。
灰色と緑の軍服をまとった五人の男たちが私を囲み、その目は冷徹で、武器を手にしていた。冷たい鉄が私の額に死の接吻をする。四人は銃を向けているが、一人だけがゆっくりと、決意に満ちた足取りで前に出てきた。ヨハンだった。
「悪名高い Seelenfresserin セーレンフレッサー (魂を食う者)も、結局はただの人間に過ぎない。誰も待ち伏せから逃れられない。そして、お前がその生き証人だ。」
「どうして…?」 私はかすかな声で呟いた。言葉はほとんど風のように消え、私の中で残っていた最後の力が必死に闇に立ち向かっていた。
「大きな犬たちは、お前が帝国にとってあまりにも危険だと考えている。混血の者に我々の
信頼を寄せることはできない。背を向ければ、お前を生かしておくのは致命的な過ちだ。個人的なことではない…ただの命令だ。」
私はもう抵抗する力を失っていた。体は疲れ果て、まるで戦いをすでに失った戦士のようにぼろぼろに壊れていた。背中には、ほんの数分前に自分の部隊から受けた五つの血に染まった刺し傷が焼けるように痛んでいた。それぞれの刺し傷は静かな裏切り、私の肉体に深く刻まれた痛みであり、残酷な現実を思い出させるものだった。左前方には、溶けた金属の歪んだ塊が立ち上がり、戦場の薄明かりの中でかすかに揺らめいていた。それはまるで自らを十字架の形に変えているかのように見えた。赤く燃える鉄はまるで息をしているかのように感じられ、空気に漂う苦しみを思い出させる炎のようだった。そして、私の目の前に立ち現れたのは、まるで影のように私を覆い尽くす不吉な運命だった。
「絞首刑にしろ!」
ヨハンの声が、死の息吹のように冷たく戦場に響き渡った。その命令は、私の首を締めつける無形の縄のようだった。彼らは私の両腕を掴んで十字架に引きずり込んだ。彼らは容赦ない力で、ピストルの柄を私の肉体に打ち込み、4本の釘を私の手首と足首に打ち込み、まるでこの苦痛と沈黙の歪んだ象徴に私の存在を縛りつけるかのようだった。銃のグリップが鉄に打ち付けられる音は、時を越えて響く暗いエコーとなり、私は冷たい十字架の抱擁に囚われていた。ひとつひとつの打撃は血に染まった約束であり、私がまだ信じていたすべてに対する無慈悲な嘲笑だった。
私の爪からは血が滴り落ち、男たちの顔は血まみれで、その場の緊張の跡が残っていた。ヨハンは私の前で動かずに立ち、視線は上へと向けられていた。まるで、私たちの間に薄れた最後の希望のひとかけらを求めるかのようだった。彼の固く閉ざされた瞳には、避けられない何かが宿っており、その瞬間の重みを静かな決意で背負っていた。腰の剣を引き抜くと、冷たい鉄がかすかに薄明かりの中で輝き、それを私たちの間に掲げた。まるで、その金属が私たちの間にあった空間を切り裂こうとするかのように。そこには、もう埋めることのできない悲しみの裂け目が広がっていた。重い沈黙が私たちを包み込み、時間さえも引き伸ばされるように感じた。まるで、すべてが断絶されたことを知っているかのように。その静寂の中で、息が詰まり、真の痛みが今、ようやくその深さを露わにしたかのようだった。
「チャールット艦長、名誉でした。Prutheni プルテニ万歳!」
彼の言葉は、静寂の中に消え入る最後のかすかな響きのように響いた。まるでその行為の重さを自分でも感じているかのように、彼はゆっくりと、ためらいながらも、涙を流す剣を私の胸の左側に深く突き刺した。痛みは鋭く、容赦なく、静かな叫びが私の中に広がり、周りの世界は暗闇と悲しみの海に沈んでいった。時間が引き伸ばされるように感じ、その一撃で、私たちがかつて持っていたすべてが灰となって消え去るようだった。
「ぶるぶるぶる」左側から聞こえる静かな沸騰の音とともに、甘くて懐かしい香りが意識に染み込んできた。無意識の霧から目を覚ますと、温かな香りが私の感覚をくすぐり、野菜の新鮮な香り、白いご飯、そしてクリーミーな風味が、まるで故郷の最後の息吹のように記憶の中に残っていた。ゆっくりと目を開けようとしたが、光が眩しすぎて、最初は目を細めるのが精一杯だった。視界はまだぼやけていてはっきりしないが、徐々に目が光に慣れていき、やがて世界は形と色を取り戻し始めた。天井が見え、粗い木材の梁が支えていることがわかった。その瞬間、電流のような衝撃が体を走り抜け、私は知らない場所にいることに気づいた。驚きで飛び起きようとしたが、すぐに痛みに圧倒されて再び横たわった。傷がひどく、体があまりにも疲れ切っていることを実感した。ためらいながらも、私は手で包帯を撫でた。それはどこかで見覚えのある感触。誰かが私の世話をしてくれたのだ。温かさを感じながらも、心の中には冷たい怒りが燃え上がった。私はどこにいるのか?誰が私を助けてくれたのか?裏切った国が、今や見知らぬ土地で私を放置している。私は東の囚人なのか?忘れ去られ、捨てられた存在なのか?
一筋の陽光が私に降り注ぎ、まるで私の顔に絡みつくように、内側から私を照らし、希望のかけらを与えようとするかのようだった。私は右に目を向けた。広がる大地、視界の果てまで続いている。その先には、薄明かりの中で一頭の巨大な象が立っていた。動物ではなく、戦争のために作られた兵器、その象はまるで荒れ地に取り残された怪物のように、広がる野原の中で佇んでいた。戦争に使い捨てられた影のように、傷つき、壊れ、しかし依然として威圧的な姿を保っている。その鉄の巨体が遠くに立つのを見て、私は心の中で氷が冷たい牢獄へと変わっていくのを感じた。太陽は私を温めることができず、米や野菜の香りも私を慰めることはなかった。それでも、あの象、あの戦争の巨人が、私に暗い約束をしているように思えた。暴力、復讐、そして戦争。それは国や旗のためだけではなく、私の魂に残されたものすべてを賭けた戦いのように感じた。しかし、何かが違った。その象は、私が知っているものとは違う気がした。
普段見慣れている象とはまるで異なる、全く別の怪物がそこに立っていた。これまでの象は、巨大な鋼の牙を戦場に引きずり出し、戦闘に挑んできたが、この象はまったく違った。銃口も、私たちが言うところの鼻も持っていない。代わりに、その巨大な頭には二本の牙が突き出ていたが、通常の鋼の刃のようなものではなく、強力な鉤爪のように形作られていた。それはまるで、刺すためではなく、引き裂き、粉砕するために作られた腕のように見えた。そして、通常の四本足の代わりに、この金属の巨人は二本の足で立っていた。前足はまるで恐ろしい戦いで折れたかのように、みじめに短くなっていた。戦争の痕跡がその足に刻まれており、かつては力強かったであろう肢体が、細かな亀裂に満ちているのがわかる。
体そのものは血の気のない貝殻のようで、内部が開いて見えていた。ボロボロになった金属の外套の下に露出した骸骨のようだった。保護も、内臓を隠すための装甲もなく、その繊細な内部はむき出しになっていた。機械の構造があまりにも目立ち、かつてこの巨大な存在を支えていた誇り高き生肉は、今や錆びついた外殻に過ぎなくなっていた。
かつて、壮麗な象の背中に誇らしげに鎮座していたコックピット、またの名を「象牙の部屋」は、今や崩れ落ちた怪物の頭の中に深く隠されていた。それはまるで、恐ろしい変貌を遂げたかのようだった。かつての華やかな鼻は、今や鈍い突起となり、視界は上にずれて、まるで巨大なカマキリの頭部のように見えた。この機械の化け物は、もはや私たちが知っている象の姿をどこかに忘れ去り、暗闇から這い出してきた致命的な昆虫のようだった。
私は通常、コックピットの横に貼られている旗を探した。それは起源の証であったはずだが、今やすっかり風に流され、汚れと傷だらけで、もはや物語を語ることができなかった。この巨人の起源は、時の霧の中に失われてしまったのだ。私はその中に自分を見つけた—錆びついた鋼鉄と色あせた記憶の巨像の中に。まるでそれがただの遺物ではなく、戦争と腐敗の記念碑のようだった。その中で、私は自分自身の壊れた姿を見つけることができた。
私は窓から視線を移し、突然目の前に雑炊の椀が現れた。
「これ、あなたのためだよ」と雑炊が語りかけてくる。
「アアッ!」と、予期しない瞬間に驚いて体がびくっと震え、鋭い叫びが喉から漏れた。
「怖がらないで」と、穏やかで落ち着いた声が聞こえた。
「食べなさい。三日間、寝込んでいたのだから、体が温まるわ。」
混乱しながら私はその声の主を探し、左側を見ると、そこには小柄な老人が座っていた。身長はおそらく1メートル50センチほど、年齢は70代と思われる。彼の顔は歳月に刻まれており、細かなシワや傷跡が交じり合っていた。灰色の髭は胸まで垂れ、髪も同じように灰色に輝いている。目は細く、東洋的な顔立ちだ。つまり、私は本当に東の地にいるのだろうか?
「ありがとう...」と私は静かに言いながら、ゆっくりと椀を手に取った。初めてスープを口に運んだ瞬間、その温かくて馴染み深い味が身体だけでなく心にも広がった。まるで故郷からの贈り物のような、安心感、温もりが心に染み込んでくる。気づけば、涙が目に浮かんでいた。
「ここは一体どこなのですか? そして、なぜ私を救ってくれたのですか?」
「ここは Nordhara ノルダラだ」と、彼は穏やかに答えた。
「Nordhara ノルダラ…」
「でも、私があなたを救ったわけではない。」
「え? それなら、誰が?」
「ドンドン」ドアがノックされ、若くて細身の男性が部屋に入ってきた。彼は身長は高くないが、どこか華奢に見え、その黒い髪は後ろに梳かれていて、紅い目がその髪の色と鋭く対比していた。彼は制服を着ていて、それは東の制服だった。まさか、将軍?
「お邪魔いたします」と、彼の声は柔らかくも決然としていた。部屋に入る前に、彼の赤い目が私に向けられた。しばらく私たちはただ目と目を合わせていたが、やがて彼は近づき、椅子を引いて私の向かいに座った。
「目が覚めたようだな。調子はどうだ?」
「ちょうど目を覚ましたところだ…傷がまだ痛むが、私は生きている。まさか、私を救ったのはあなたですか?」
「堅苦しいことは言わないでくれ」と彼は優しく言った。その声は、言葉の重みが彼の平静を揺るがすことはないかのようだった。「私はダザイ・ヨシロウだ。Nordhara ノルダラの住民の頼みで、私は君を手当てした。」
不安が胸をよぎった。
「ダザイ?! あのダザイ、東の軍を指揮するダザイ将軍? 東の Gehirn (頭脳)とも呼ばれる?」
恐怖が私の弱った体を駆け巡り、私は本能的に武器を探し、逃げ道を探した。何か反撃できる手段を。
「慌てる必要はない。」彼はそう言った。
「君が言う通り、私はダザイ・ヨシロウだ。東の Gehirn (頭脳)、と呼ばれている。それに、君に会えてうれしいよ、西のSeelenfresserin セーレンフレッサー (魂を食う者)、チャールット。」
「私のことを知っているのに、なぜ私を救った? 何が目的? あなたは私を十字架に掛けたまま死なせておくべきだったのに。」
「私たちは直接会ったことはないが、何度も戦場で顔を合わせたことがある。君がどんな目にあったのかは知っている。自分の仲間に裏切られたことも、君が半分は西、半分は東という混血だからだ。なんて興味深い混合だ」と彼は言った。彼の目は私をじっと見つめ、手を口元に組んで、言葉を慎重に選んでいるようだった。
「つまり、君の計画ではなかったのか? 私が推測していたのは、東がすべて裏で操っているのかと。」
「君は確かに私たちの敵だが、半分は味方だ。君の父親は東では有名な人物だった。彼の唯一の娘を、こんな陰湿な方法で討ち取るのは、東のやり方に反するだろう。」
私の唇に、苦い笑みが浮かんだ。「それでも、私はすでに数えきれないほどの貴方たちを殺してきた。私はチャールット船長、またの名を西のSeelenfresserin セーレンフレッサー (魂を食う者)。貴方たちは敵だ、悪党だ、でも…」私の舌が途中で詰まった。まるで自分自身がその言葉を続けることを止めようとしているかのようだった。初めの微笑みが消え、私の言葉がどれほど空虚で苦いものになっているのかに気づいた。
「いや、むしろ、私はチャールット船長だった…」
「君が言っていることは正しい。君は私たちの最も恐れられている敵の一人だ。でも、君は私たちの一員でもある、私たちがそれを望むかどうかに関わらず。君は西で育ち、その道徳と価値観が君の中に刻まれている。私たちは君に、君の別の側面を知るチャンスを与えようと思っている。それに、君は父親のことについても知ることができるだろう。」
「でも、なぜ? それで何を得るつもりなの?」私の心臓は激しく鼓動し、頭がぼんやりしていた。
「私を嫌っているのに、なぜチャンスを与えてくれる? それどころか、私の一員にさせるつもりだなんて? それは狂っている。東の Gehirn (頭脳) の言うことはおかしい。」私の言葉には、状況の不条理さを感じ始める冷たさが混じっていた。
「私自身もこれには賛成していないが、君の父親には恩がある。そして君は、Nordhara ノルダラの人々の慈悲にも感謝するべきだ。」
私は彼に疑問の眼差しを向けることしかできなかったが、彼は続けた。
「君も知っている通り、西と東は資源を巡って争っている。この戦争は30年以上続いている。Ader アデールの発見が世界を興奮させた。Ader アデールは原子力よりも効率的な燃料で、魔法と呼ばれる力を私たちに開いた。しかし、Ader アデールは稀で、ほんの少数の国や島にしか存在せず、そこにも隠された小さな源しかない。しかし、西と東の間には、Ader アデールそのものを含む島がある。それが Arterie アルテリエだ。Nordhara ノルダラはその上にあり、平坦な土地と少ない人口しかないため、私たちの二国間の黒い戦場となった。無知なまま私たちに巻き込まれ、搾取された。Nordhara ノルダラの血が私たちの手に付いている。私は、先祖の罪を償うためにここに来て、何とかしてこの土地に再び繁栄をもたらそうとしている。たとえそれが敵を助けることになっても。戦争によって、食料供給とインフラだけでなく、無数の命も失われた。飢餓、病気、争い、そして自殺。戦争がもたらした多くの影があった。戦場には商人たちが群がり、武器やその他の物を黒市場で売るために探し回っていた。彼らが君を見つけ、私に助けを求めてきた。」
「私…わからない…どうして私を助けてくれたんですか?」私は震える声で呟いた。
「私は、あの人たちの国を壊し、自分の人々を殺した者なのに…」
雑炊を手渡してくれた老人は軽く咳払いをし、立ち上がると、扉に向かって歩き出した。
「私たちはもっと『受け入れの流れ』に身を任せ、疑念の網に絡まることを避けるべきだ。お互いを争うのではなく、共に滝を登ろうとするサケのように、流れに身を任せ、互いに引っかかり合うことなく。」
その言葉を残して、老人は部屋を出て行った。続いた静寂は不快ではなかった。それはまるで、彼が言ったことを思索するためのひととき、心を落ち着けるための余裕のようだった。
ダザイも立ち上がった。「食べて、体力を取り戻せ。もしまだ東の血が残っているなら、村の人々に感謝することを忘れるな。お前の剣は、あの老人の手に預けてある。名前はイサ。お前の父の最後の遺物だ。だから、大切にしろ。」彼の声には、どこか哀愁が漂っていた。そう言うと、彼は部屋を出て行った。私一人が部屋に残され、思いと質問に浸っていた。
私は食事を摂り、再び横になろうとした。ダザイ、イサ、そして自分自身に対する疑問が頭の中を巡り、目を閉じた。日が経つにつれ、イサは何度も食事を持ってきてくれた。彼は言った。
「畑では野菜と米を育てているんだ。ここには他に食べ物がないからな。動物もほとんどいなくて、誰も古い象を操る技術を持っていないから、季節に関係なく、身体で全てを補うしかない。」
それはまさに、季節に逆らう、命に逆らうような仕事だと私は感じた。村の子供たちとも顔を合わせるようになった。彼らは私の窓から興味深げに覗いていた。畑で働いている村人たちとも短い時間ではあったが話すことができ、私がベッドから彼らを見ていることに気づくと、誰もが敵意を見せなかった。それどころか、彼らは私に優しさを持って接してくれた。その優しさに、私は混乱していた。十四日が過ぎ、私はようやく体力を取り戻した。
イサの家は質素な木造の小屋で、繊細でシンプルだった。三つの部屋だけで、まるで色あせた記憶の断片が時の中に立ち尽くしているかのようだった。リビングはキッチンと一体になり、温かく、素朴な空間が広がっていた。二つの寝室があり、一つは彼と妻のため、もう一つは子供たちのために使われていたが、今やその子供たちの笑い声は、壁の中でさえ残響としてしか聞こえない。だが戦争は彼らにその影を落とし、死は静かな伴侶となり、一人また一人と彼らを迎えに来た。結核が彼らを奪っていった。医者も希望もないこの地で、死は密かにその役目を果たし、Nordhara ノルダラは世界の霧の中に絡みつき、孤立していた。まるで私もその重荷を心の中に背負っているかのようだった。運命の見えない糸が、私をこの罪と結びつけているかのように感じた。しかしイサは、その静けさの中で、目に一切の苦味を浮かべることはなかった。むしろ、彼は私を忘れられた家族の一員のように感じさせてくれた。まるで、見知らぬ者を心の中にそっと、優しく稲穂のように植え込んでくれたかのように。
初めて外に出る時が来た。二週間ぶりに、まるで過去の霜がようやく溶けたかのように。朝日が水平線にキスをし、私は深く息を吸い込んだ。冷たく澄んだ朝の空気が肺に流れ込み、すべての重さを洗い流してくれるような気がした。目の前に広がる畑は、広く果てしない大地のように見えた。まるで、語られるのを待つ未だ書かれていない物語のように。
「もう少し良くなったか?」背後から声が響いた。イサだった。
「はい。」私は答えた。
「あなたのおかげで、なんとか立って歩けるようになりました。感謝しています。」
「そんなに感謝しなくていいんだ、愛しい人…」彼は優しく微笑んで答えた。「無理しないで、君の傷はまだ新しい。」
彼は私を通り過ぎ、畑を見つめながら歩き始めた。私はゆっくりとその後を追った。まだ、どこか現実に完全に戻っていないような気がした。イサは、朝の暖かさに向かって空に伸びる新しい芽を見守りながら、太陽が昇り続け、日々が黄金色に染まっていく様子を見つめていた。その間に、次々と村人たちが現れた。父親たち、職人たち、そして農夫たち。その手と心が交わり、畑を生き続けさせている。彼らは私たちを見つめ、言葉よりも多くを語る視線で挨拶を交わした。
「手伝わせてください。」私はイサのそばに立ち、そう申し出た。それは問いかけよりも、むしろ自分がこの小さな社会の一部であることを証明しようとする、強い願いだった。
「君が?」
イサは驚いたように私を見た。
「土とどう向き合うか、息吹を感じることができるのか?」
私は頭を下げ、自分の無知に重みを感じた。
「すみません… 戦闘や戦略のことしか知らなくて。でも、あなたに感謝しているので、少しでも役に立ちたくて。」
「気にしなくていいんだ。」イサは小さく呟いた。「君を受け入れたのは、私がそうしたかったからだ。見返りを求めているわけじゃない。」
「でも…」
「誰もが何もわからないままで手伝われると、余計な仕事が増えるだけだよ。」彼は私を遮った。
「イサの言う通りだ、姉ちゃん。」畑から一人の男が笑いながら言った。
「少し休んでいなよ。」別の男が声をかけた。「どうしても手伝いたいなら、女性たちを手伝ったり、子供たちと遊んだりすればいい。」
イサは考え込むようにひげを撫でた。秋の最後の葉が風に舞い、私はまだここに完全に溶け込めていない、外部者のような気分になった。手伝うことを拒まれ、失望した私は畑を見渡し、そして、そこにいた—あの古い象が。
「農業についてはよくわからないけど、あの象のことならよく知ってる。」イサと他の村人たちは驚き、私の視線を追った。
「え…あれはロボットのことか?」イサが尋ね、続けた。「あの古いものを畑で見つけたんだが、最初は農業用に改造しようと思った。しかし、誰もその機能を理解していないし、どうやって操作するかもわからない。」
「心配しないで…」私は少し自信を持って答えた。「あれの操作方法を知っている。」
私たちは一緒に象の元へ向かって歩いた。前に立ったとき、私はその姿をじっと見つめた。輝く金属の表面には埃と錆が覆っていたが、それでも、まだ少し命が宿っているのが感じ取れた。動くことができ、少なくとも四ヶ月間は燃料として使える Ader アデールが残っているようだ。私はその冷たい金属の皮膚に手を置き、封じ込められた古い時代の記憶を感じ取った。その感触は、まるで昔の友人に再会したかのように、同時に懐かしくもあり、異質でもあった。そして、胸の中に刺さる痛みは、過去の暗いメロディーを思い出させた。
「まだ動きそうだな。試してみるよ。」
「本当に大丈夫なのか?」村人の一人が心配そうに問いかけた。
「心配しないで」と、私は自分でも驚くほど軽く微笑みながら言った。「もし私にできることがあるとしたら、それは象に乗ることだ。」
私は楽に金属の巨人の背中に登り、コックピットの扉を開けた。座り込むと、すぐに懐かしさに包まれた。まるでずっと前に知っていた場所に戻ったかのような感覚だ。冷たく輝く輪郭と技術的な振動、それは私が決して離れていなかったかのように感じられた。スイッチを押すと、その巨大な体が生き返ったように動き始めた。コックピットの扉は静かな音を立てて閉まり、内部は変わらぬままだった。設計は古い戦争用機械のそれと全く同じで、ほぼ家庭的な感覚に近かった。しかし、その瞬間、ふと冷たい震えが私を襲った。裏切りの記憶が意識に流れ込んできた。息が荒く、速く、不規則になる。目を閉じ、その思考の渦を振り払おうとした。ゆっくりとパイロットシートに身を沈め、神経を象のものと融合させる。金属のバーが背中に触れ、二十四本の針が背中に突き刺さった。鋭い痛みが走り、何本かの針が完全には治りきっていない傷に触れた。同期率は90%を示していた。通常、私の同期率は98%以上だったが、これは古いモデルのせいなのか、まだ完全には回復していないせいなのか。神経制御には最低でも75%の同期が必要なので、あまり気にしないことにした。ビジョン・ゴーグルをつけると、眼前に広がる畑が見えた。両手で操縦レバーを握り、足をペダルに置くと、象はゆっくりと動き出した。
その強大な牙、あるいはここでは農具を使って、私は土を掘り起こし、地面を柔らかくした。村人たち、そしてイサがそこに立って見守っていた。驚きと興味の目でこちらを見ている。イサは黙ってうなずき、静かな承認の印を示した。村の男たちは作業を始め、私は少し笑みをこぼした。
作業を続けているうちに、だんだんと肩に重さがかかってきた。私たちの神経は繋がっているので、象の歩みとともに、その負担も感じ取ることができた。まだ回復途中で弱った体が汗をかき始めた。コックピットは古いモデルで、熱を溜め込んで、重いコートのように私を包み込んだ。数時間後、象が突然止まった。低い唸り声が響き渡り、村人たちとイサが驚いて駆け寄ってきた。私はコックピットの扉を開けようとしたが、立ち上がろうとした瞬間、足元がふらついた。過熱だ。象には、標準的なモデルに搭載されている冷却装置がない。おそらく、前の戦闘で壊れたのだろう。イサが水の入った瓶を手渡してくれた。私はその冷たい水を、焼けつくような体に注ぎ込み、渇望したように吸収した。立ち上がると、汗が額から滴り落ちた。
「過熱している。冷却しないといけない。明日にならないと完全に使えないだろう」と私は言いながら水を飲んだ。
「大丈夫だ。今日はもう十分だ。水を持って、家の前の陰で休んでおけ」とイサは答えた。
「いや、畑はまだ終わっていない。」私は農具を手に取り、決意を込めて畑に向かって歩き始めた。
「待て。」イサが私の手を掴んだ。「お前の傷がまた血を流している。休むべきだ。」彼の目は真剣で心配そうだった。
「心配しないで、私は大丈夫だ」と私は鈍い笑みを浮かべて言った。「体がこの仕事を必要としているんだ、完全に回復するために。もしも限界を感じたら、その時はやめるから。」イサは私の手を離したが、その目は私から離れることなく、私が畑に向かうのを見守っていた。すると、突然イサが叫び声を上げた。
「よし、男たち!畑を終わらせよう!」
「はい!」それはまるで合唱のように響き渡り、村人たちは急いで私の元へ来た。私たちは皆、農具を手に取り、肩を並べて働き始めた。私たちの手と足で触れる大地は、まるで生きているかのように感じられ、汗が一滴一滴落ちるたびに、それが地を豊かにするような気がした。そうして、何週間も過ぎていった。毎日、村人たちと共に働き、私は少しずつ彼らの一部になっていった。共に食事をし、子供たちと遊び、彼らの物語や歌を学び、出会うほとんどの人々と理解し合った。しかし、時折、夕方になると、地平線に黒い雲が立ち込めるのを見ながら、私は過去の記憶に囚われた。東と西の戦争はまだ続いていて、私の心の中で、目に見えない絆のようなものを感じた。
「これからどうすればいいんだろう?」私は自分に呟いた。不確かな痛みが私を引き裂いていた。
「家がない。行く場所がない…」そして、その時、ダザイ将軍の言葉が頭に浮かんだ。
「私たちは君に、君の別の側面を知るチャンスを与えようと思っている。それに、君は父親のことについても知ることができるだろう。」
「東…私の父?」私は自分に言った。
「だから、終わったのか。」イサが小屋から出てきて、私におにぎりを渡してくれた。
「はい…」と私は答え、その声にかすかな重さを隠しきれずにおにぎりを受け取った。
「君は私たちにとって大きな助けになった。村の皆も君を気に入っている。次は何をするつもりだ?」
「分からない…家がない。私の国に裏切られて、二つの憎しみ合う側の間に挟まれて、私は外部の人間だ。どこにも属さない外部の人間だ。」
イサはしばらく黙って私を見つめていた。その目はまるで広大な畑のようで、私の言葉をすべて受け入れていた。そして、軽く微笑みながら言った。「じゃあ、私たちと一緒だね。」
私は驚いて彼を見た。
「もし、次に何をすればいいか分からないのであれば、ここに留まってもいいんだよ。」
「私が…」私はその言葉を唇に押し込むようにしてささやいた。「私がここにいるのは、あなたたちがこんな状況にいる原因だから。」
「本当に、他の人が分からなかったことに責任を負わせられるだろうか? 多分そうだろう。でも、誰だって別の道を選ぶことができるんだ。」
「でも…」私は拳を握りしめた。「あなたの妻、あなたの子どもたち…これは私のせいだ。」
私は彼の前で膝をつき、まるで自分の魂の底を打ち砕くようにして許しを求めた。イサは静かにその手を私の肩に置いた。その触れ方は穏やかで、まるで無言の抱擁のようで、私の痛みを少しだけ和らげようとするものだった。彼は、その瞬間私が理解しきれない何かを知っているようだった。彼は一歩後ろに下がり、そして歩き始めた。まるで動きの中で、私に伝えなければならない言葉を探すように。
「戦争の始まりは一人の責任ではない。しかし、一人の力で戦争を終わらせることができる。」
彼の言葉は空気の中に漂い、彼は自分の家に入って扉を閉め、その静けさが私たちの間に再び降りてきた。
私がイスの言葉に沈んでいると、突然、大地が震え始めた。轟音が空気を貫き、何か巨大なものが空から落ちてきた。大地はその衝撃で揺れ、反応する間もなく、目の前に象が地面に突き刺さった。粉塵が舞い上がり、私は咳を抑えるために手を口に当てた。コックピットの左側に掲げられた旗で、すぐにそれを認識した。それは、東の象だった。
象のパイロット室の扉が、鋭い音を立てて開かれ、ダザイ将軍が血まみれで降りてきた。頭には傷があり、髪は乱れ、顔には擦り傷が広がっていた。しかし、彼の腕の中には、無事な二人の子供が抱えられていた。彼は、子供たちを守っていたのだろうか?私たちの目が合った瞬間、彼は言葉もなく、子供たちを私に投げてきた。
「安全な場所に連れて行け、艦長!」
私は子供たちをしっかりと抱きかかえ、その小さな体を強く押し当てた。しかし、反応する暇もなく、暗闇の中からもう一つの巨人が現れた。それは、西の象だった。遠くからでもすぐにそれを識別できた。ヨハンのパーソナライズされた機体だった。
四本の足を持つ怪物、その鉄の外殻は闇に包まれていた。巨大でわずかに曲がった牙はマンモスのそれのように見え、恐ろしさを感じさせた。しかし、その恐怖を超えて最も不気味だったのは、その体から伸びる四本の腕だった。それはまるで殺人的な触手のように見え、二本は肋骨から、残りの二本は頭部から生えていた。鼻先に装備された砲はすでに戦闘態勢に入っており、死を招く技術の結晶であった。その象は機械というよりも、まるで地獄を解き放つ悪魔のように感じられた。外殻はダークグレーで、赤いアクセントが血管のように見え、それはまるでモンスターの体内を流れる血のようだった。その姿は、私に冷たい震えを走らせるほどの恐怖を与えた。
反射的に、考える間もなく家に駆け込み、子供たちをしっかりと抱きしめて、ドアを勢いよく閉めた。イサは冷静で決然とした態度で子供たちを自分の部屋へと導いた。私はその場に立ち、窓に身を預けて、外で起きている避けられない出来事を見守っていた。
「恥ずべきことだ」とヨハンの声が広がる野原に響いた。
「東の偉大なる将軍が、こんなみじめな村で最後の章を綴らなければならないなんて。」
彼は象の背に立ち、動じることなく、まるで死がただ越えるべき一つの障害であるかのように、自己肯定に満ちていた。ダザイは冷静に、そして無感動に髪を風のように軽くかき上げ、腰に差した刀を鞘から引き抜いた。
「私の命が尽きる時、それを決めるのはお前じゃない。それに、まだ風呂にも入ってないけど、お前にはその価値も分からんだろ、西の豚よ。象からだってお前の息が臭いのが分かる。」
ヨハンは冷たく、苦々しく笑った。
「今はまだ笑っていられるかもしれんが、最後に笑うのは誰か、見てろ。」
突然、ヨハンの銃から轟音が響いた。ダザイはなんとか象の瓦礫の後ろに身を隠す時間を得たが、次の衝撃がきた。音速を超えた音波が周囲を、雲に包まれた破壊的な静けさに変えた。象もダザイも爆風に引き裂かれ、ダザイは地面に転がり落ち、顔を痛みに歪ませた。息を荒げ、傷だらけになりながら膝をつき、ヨハンとその悪魔たちの視線が彼に突き刺さっていた。私は動かなければならない、しかし躊躇していた。ふと、目の隅に刀の柄が映った。それは父の刀で、今やイサの手の中にあった。
「ここだ」と彼は静かに言った。
その言葉は運命の囁きのようだった。何週間も、私は一度も自分の刀を求めなかった。なぜなら、手に染み付いた血があまりにも重く、その刀を握る資格がもう自分にはないと思っていたからだ。動けなかった。イサは私を見つめ、その目は冷静でありながら確固としていた。
「戦争の始まりは一人の責任ではない。しかし、一人の力で戦争を終わらせることができる。」
イサの言葉は静寂を切り裂き、どんな刀よりも鋭かった。私は彼を見つめ、体が硬直した。まるでその言葉が私の心に直接突き刺さったようだった。気づきの影が私の思考を覆う。この瞬間がすべてを変えるだろうと。ゆっくりと、冷たい川のような決意が私の血管を流れるように、私は父の刀に手を伸ばした。それは、黒く金の装飾が施された柄を持ち、まるで重い歴史を背負っているかのように感じられた。刃は湾曲し、深紅に染まっており、数え切れない戦いに浸り、その傷を刻んでいた。それはあまりにも鋭く、世界の層を突き抜けるような感覚さえ与えてくれた。刀の先端には、二つの刃が交差するような輝きがあり、それは破壊と救済の二重の約束のように見えた。鞘は金の模様で飾られ、忘れ去られた物語を語っていた。それは草薙の剣。金属に刻まれた遺産ではなく、私の最深部に焼き付けられた遺産だった。
私は家の裏口を駆け抜け、古びた象のところへ忍び寄った。象は待っていた。その巨大な戦争機械の体が生み出す低い唸り声は、迫り来る災厄の予兆のようだった。迷うことなく、私はコックピットに飛び乗り、周りの世界は鋼と蒸気の渦となり、融合していった。戦いは始まった。
「私は歴史に名を残すだろう!西のSeelenfresserin セーレンフレッサー (魂を食う者)を倒しただけでなく、東の偉大な戦術家の首もすぐに私のリストに載るだろう!ハハハハ!Prutheni プルテニ万歳!」
ヨハンはダザイの頭を牙で打ったが、彼の頭に届く前に、私はヨハンに向かって跳んだ。私は彼のコックピットにかかとを食い込ませ、左肩を貫いた。金属が歪み、その衝撃音はまるで狼の遠吠えのように戦場中に響き渡った。私たちは共に象から転がり落ちた。その後も私は容赦なく攻撃を続けたが、ヨハンはギリギリのところで非常用シートを使って、コックピットから飛び出していった。
「一体、お前は誰だ?」 ヨハンは歯をかみしめ、怒声を上げながらシートから抜け出す。その声は怒りと混乱が入り混じった、まるで泥の中で絞り出されたようなものだった。再び攻撃を仕掛けようとしたが、片方のかかとが壊れた金属に引っかかり、身動きが取れなくなった。もはや選択肢はない。コックピットから飛び出し、肉弾戦に持ち込むしかなかった。コックピットの扉が鋭い音を立てて開き、私はそこから飛び出した。一歩踏み出すたびに、自分がまだ答えを見つけられていない迷路に足を踏み入れているような気がした。だが、前に進むしかない。
「久しぶりだな、ヨハン」と、私は自分でも驚くほど冷静に言った。声は揺るぎなく、少しも迷いを見せないように意識した。体はまだ傷の影響で痛むけれど、それでも弱さを見せるわけにはいかなかった。しかし、私を本当に苦しめているのは、彼が私に与えた裏切りの痛みだった…その痛みが喉を締めつけたが、私はそれを外に漏らすことはなかった。彼が私を裏切ったことを考えると、一瞬言葉を詰まらせたが、この痛みに飲み込まれている暇はなかった。今は、ここでは。
ヨハンは目を大きく見開き、私を見つめていた。まるで、目の前の光景が今にも消え去るかのように。
「艦長…お前、生きていたのか?どうして?俺は確かにお前の心臓に剣を突き刺したはずだぞ!?」
「自分でもわからない…」私はそれをほとんど自分に向けて呟いた。
言葉が途切れ途切れに出てきた。理解を超えるものをどうしても受け入れられなかった。心臓に刺さった一撃、それは確実に死を意味するはずだった、少なくともそう思っていた。でも、今こうして私は立っている。まだ生きている、自分の命が信じられないほど不合理に続いている。そのことを考えると、寒気が走った。なぜ生き残ったのか、私を生かしているものは何なのか、それは解けぬ謎だった。でも一つだけわかっていることがあった──運命は私をここに導いたのだと。もしかしたら、ただの偶然ではなく、まだ果たすべき使命があるのかもしれない。
「それは、お前の剣だ。」背後から出てきたダザイの声が、まるで暗闇の中から響くように静かに言った。
「え?」
ヨハンは息を呑んだ。
「その剣か?」
「私の剣…」私はゆっくりと自分の手に握った刀を見下ろした。ぼんやりとした光の中で、刀身がほのかに輝き、生きているかのように揺らめいて見える。ダザイの言葉が重く空気を満たす中、私はその刀を手にした。剣は、まるで答えを持っているかのように、私の心を揺さぶった。ヨハンはその刀を見つめ、まるで異世界に引き込まれたように、力と死の境界が再定義される瞬間を感じ取っているかのようだった。
「この剣は、「アマクニの大和によって鍛えられた。」ダザイは続けた。
「アマクニの大和…」ヨハンは呟いた。その名前は、伝説のように響いていた。しかし、まさかこの剣が…彼は信じられないというように首を振った。
「今、すべての謎が解けた。」
私はその刀を見つめ続けた。
「理解できない…」私は認識の衝撃で言葉を失いそうだった。その剣は私の遺産、私の運命だった。しかし、それがもし、命と死の深層に触れるようなものであれば、一体どんな遺産なのだろうか?
「お前の父は、この世界で最も偉大な武器鍛冶だった。彼の技術は、武器に命を吹き込むことで戦争と力の概念を一変させた。七つの魔法の武器の一つは、五万人分の力を持つ。しかし、彼はただの武器を作ったわけではない。彼は、命そのものをその中に織り込んだ。」ダザイの目には尊敬と感謝の光が宿り、父について語っていた。
私は刀を見つめ、まるでそれが新たな意味を持ち始めたかのように感じた。それは単なる鋼の刃物ではなく、命、死、そして力を繋ぐ器だった。私の遺産であり、同時に呪いでもあった。
「お前の草薙の剣は、父が鍛えた七つの魔法の武器の一部だ。そして、それはおそらくその中で最も強力なものだ。その剣は、命を飲み込み、その持ち主に与える力を持っている。もし、お前がその力を理解できれば、致命傷さえも、死さえも乗り越える力を手に入れることができる。」
その考えが私の胸を激しく打ち、心臓が速く鼓動し始めた。
「その力を授けるのは剣だけではない」と、ダザイは続けた。
「それを使う者が重要だ。真の試練は、どれだけ剣を戦に使うかではなく、その力が宿る呪いにどう向き合うかだ。」
私はゆっくりと頷いた。すべてを理解しているわけではないが、ひとつだけ確かなことがあった。私の道は、止められない力によって決められている。そして、望もうが望むまいが、この遺産の代償は私に一生つきまとうだろう。私はその剣をしっかりと握り、冷たい鋼を感じた。まるでそれが単なる道具ではなく、もっと深い意味を持っているかのように感じた。
私は再び、十字架にかけられたあの日を思い出した。肺が燃えるように痛み、最後の一息を必死に求めていた。その時、白い光が闇を貫き、魂の衣のように私を包み込んだ。その中には顔が浮かび、私が知っていた者たち、失った者たちの歪んだ面が見えた。しかし、その瞬間、これが真実なのか、私の罪がついに私に報いとして降りかかったのかはわからなかった。
「父よ…お前は一体誰だったのか…そして、どうして私にこの剣を託したのか?」その言葉は、痛みと理解できなさに押し潰されながら、やっとの思いで口をついて出た。それは遺産なのか、それとも呪いなのか?そして、なぜお前はこの重荷を私に背負わせたのか?
その時、突然ヨハンが沈黙を破って嘲笑を放った。
「ハハハ!信じられん!ここで、今、Seelenfresserin セーレンフレッサー (魂を食う者)と東の Gehirn (頭脳)を倒すだけじゃない!七つの魔法の武器の一つまで手に入れるとは!」彼の笑みは広がり、声に含まれる軽蔑は鋭く刺さった。
「そして一番いいのは、罪悪感すら感じないことだ!」
ヨハンは流れるような動きで自分の剣を抜き、その刃が淡い光の中できらりと光った。それは、自信に満ちた男の剣だった。彼はすでに勝利を確信していたが、私はその考えが間違っていることを知っていた。
「東の豚が一人、もう一人は混血、裏切り者が敵を救おうとする。クズはやっぱりクズだな。大きな犬たちに提案したのが良かった、彼らが賛成してくれたからな!」ヨハンはその言葉を吐き捨てるように言った。彼の声に込められた憎しみは、まるで鋭い短剣のように闇の中に突き刺さる。
「お前か…」私は冷静に言ったが、手にした剣はわずかに震えていた。剣の先端をヨハンに向けると、それが私の中での決断を反映するように輝いた。
「その通りだ。」彼は皮肉で、ほとんど悪魔のような笑みを浮かべて答えた。「ずっと、混血の奴が俺に命令して、偉くなったつもりでいるのが気に食わなかった!早くやっておけばよかった、クズ野郎!」
彼の視線は私を打つように突き刺さり、私はその目の中に怒りを見た。それは、自分の傲慢さに導かれた男の怒りだった。しかし、私の中でこの瞬間は、ただの戦いを超えて、もっと深い意味を持っていることを私は知っていた。それは、この戦いを越えた、永遠のような戦いの最後の一撃だった。
私たちはゆっくりとお互いに近づいていった。手にした刀は、まるで最期の時が迫る怪物の息のように冷たく輝いていた。一歩一歩が慎重で、互いの視線の中には、私たちが何者であり、そして何者であろうとしているのかの静かな戦いが漂っていた。私たちの刀は、薄明かりの中で閃き、絶えず脅威を放ちながら、言葉にできない約束を交わしていた。
「お前の貪欲と無知…それが、お前の首を取ることになるだろう、ヨハン」と私は囁いた。言葉はまるで冷たい清水のように口から漏れ、戦いの炎を消し去ろうとする。しかし、私の目にはまだ戦争の火がちらついており、それが再び燃え上がるのは時間の問題だった。
「俺が失うのは、ただお前に時間と力を無駄にするだけだ」とヨハンは嘲笑ったが、その言葉の裏には迷いがあり、隠そうとしている不安が見え隠れしていた。
その瞬間、時間が止まった。私は一歩前に進み、刀の刃をわずかに地面に押し付け、そこに線を引いた。それはまるで私たちの間に立つ見えない亀裂のようだった。三十センチ。ほんの小さな距離だが、それは単なる空間以上の意味を持っていた。それは、決断への第一歩、世界を変えるための最初の試みだった。
「この線は…砂の上の一本の線じゃない、ヨハン。これはお前が越えてはならない境界だ、越えれば全てを失うことになる」と私は静かに言ったが、その言葉には切れ味があり、空気を切り裂くようだった。ヨハンはその線を見つめ、立ち止まった。私はその瞬間、私たちの間の空気が重くなり、まるで触れることができるほどに感じた。その静寂は、まさに嵐の前触れのようだった。
「お前が、俺に正しいことを教えようとしているのか?」ヨハンはついに言った、その声は怒りと不安が入り混じっていた。彼の言葉の鋭さは、彼の内面の葛藤を隠すための仮面だった。私は後退しなかった。
「俺が教えるのはただ一つ、真実だ、ヨハン。そして、お前がそれをどうするかはお前次第だ。」
次の一歩が、私たち二人をもはや引き返せない場所に導くことになると、私は確信していた。
「まだ間に合う、ヨハン。」私は言った。
「戦争の始まりは一人の責任ではない。しかし、一人の力で戦争を終わらせることができる。」私たちは全てを捨てることができる。以前、私たちが仲間だった頃に戻ることができるはずだ。それがどうして、俺だけがその時間を大切に思っているとでも言うのか?」
ヨハンは私を見つめ、その瞳には怒りがちらついていたが、他にも何かが浮かんでいた。それは、焦燥感だった。彼の肩からはまだ血が滴り落ち、その滴る血はまるで不可避の決断の瞬間を告げる砂のようだった。無鉄砲に行動していたかつてのヨハンが、今、目の前にいるのは明らかに迷いを見せるヨハンだった。
「それでも今、この状況で、まだ俺に教訓を与えるつもりか?」彼の声は鋭かったが、それでもその声の中に不安が感じ取れた。かつては彼の有利だった力の差が、今はそれほど明確ではないように感じられた。まるで、戦いがもはや力だけでなく、速さと決断で決まるものになったかのようだった。
「ヨハン、お願いだ。これ以上の流血を止めよう。戦争、紛争は、無実の人々を巻き込んでいる。私たちの手にはもう多くの血がついている。」
ダザイは無言で地面に膝をついていた。彼の目は細められ、私とヨハンの間で繰り広げられる緊張のゲームを観察していた。戦場の塵が空気に漂い、過去の行いと、今まさに立ち現れるべき問いが重く感じられた。この血の連鎖を断ち切ることができるのだろうか。その問いは、戦士ではなく、観察者のように見えるダザイの目に映っていた。彼の手はまだ刀の柄を探していたが、今、彼は戦士ではなく、ただこの状況を観察する者だった。彼は知っていた。戦いが決着をつけるのは、剣のぶつかり合いではなく、この物語の中で一人一人の選択によるものだということを。そして、最終的には戦場での戦いではなく、私たちの心の中での戦いにこそ、答えがあるのだと。
「見ればわかるが、東方の連中がうまく洗脳したんだな。かつて一人一人の命を貪り、何の躊躇もなく子供や無実の者たちを壊してきた、あの Seelenfresserin セーレンフレッサー (魂を食う者)がどうしたって?お前は殺すべき怪物だ。東方を堕落させるわけにはいかない。」ヨハンの言葉はもはや完全に不安に満ちていた。私は冷静で決然とした目でヨハンを見つめた。
「西のSeelenfresserin セーレンフレッサー (魂を食う者)は死んだ。もはや存在しない、お前たちが殺したんだ。目の前に立っているのは、アマクニ・チャールット、彼女の母は西、父は東だ。二つの側面に分かれ、私は人々を守る。もしこの線を越えたら、もう何も保証できない。引き返せ、ヨハン。」
「魔法の武器を持っているからって、俺より優れているわけじゃない!」。
突然、ヨハンは腰から銃を取り出し、ダザイを3発撃ち、撃ちながら私に向かって突進してきた。彼はおそらく、私がダザイを助けるために弾丸をそらし、ダザイが私に対して隙を作り、私を倒せると考えたのだろうが、私はダザイの被弾を許した。
「ドドド」ダザイが銃撃で地面に倒れ込むと、私は深呼吸をし、ヨハンが私の引いた線を一歩越えると、私は一振りしてダザイの首を刃で切り裂いた。一振り、一瞬、一呼吸、一刀--すべてが融合し、止めようのない一瞬となった。ヨハンの首は外れ、首のない死体は地面に倒れたときに血が流れ始めただけだった。今、ヨハンの魂が私のカタナに喰われていくのが見えた。光り輝く白いベールが剣を包んだが、それは消える前に一瞬だけ残った。私は刀についた血を払うために一度振り下ろし、それからダザイに歩み寄った。
「大丈夫か?」
ダザイは息を荒げていたが、まだ意識は保っていた。私は剣を彼の胸に突き刺し、魂が彼の中に流れ込むイメージを心の中で描こうとした。突然、剣の刃からはっきりとした顔が現れ、ゆっくりとダザイの体に広がっていった。彼の傷が徐々に癒え始めるのが見て取れた。少しの間、待った後、私は剣を抜き、静かに鞘に戻した。
「ゲホゲホ」
「本当に冷徹だな。これで死んでたかもしれないのに。」
「でも、君がそんなに簡単に死ぬわけがないって分かってた。」私は手を差し伸べた。彼は
その手を取って、私の助けを借りて立ち上がった。
「ありがとう…君がいなければ、今頃ここにいないかもしれない。」
「感謝する必要はないよ。ありがとうと言うなら、イサに言って。」私は家の方を見やった。イサと子供たちが外に出てきて、子供たちは泣きながらダザイの足にしがみついた。
「大丈夫だよ。」彼は優しく言いながら、まるで嵐の暗闇を払いのけるかのように、その言葉で子供たちを落ち着かせた。
「二人とも大丈夫?」イサが心配そうな表情で尋ねた。
「ありがとう、イサ。君の慈悲とみんなの助けがあったおかげで、私は新たなチャンスを手に入れた。絶対に無駄にはしない。」
「それで、これからどうするつもり?」
私は地平線を見つめた。朝の初めの金色の光が大地を照らし、まるで夜の闇を払おうとしているかのようだった。手にした剣の柄をしっかりと握りしめ、未来の重みを感じた。
「私は東に向かう。父の遺産を解き明かすために。父は一体どんな人物だったのか?そして、なぜ私にこの剣を託したのか。それだけじゃない…」視線は子供たちに向け、次にイサとダザイに移った。その言葉には嵐のような重みが感じられた。
「私は七つの魔法の武器を集め、この戦争を終わらせる。」
ダザイは静かに微笑んだが、その目には揺るぎない決意が宿っていた。
「私は君の側で戦う。」彼は手を差し出した。
私はその手をしっかりと握り、うなずいた。
「ありがとう。さあ、この戦争を終わらせよう。」