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300周目 ~ミライの正体とゲームの秘密~

 以前ナイアガラを作った崖下にて。黙ったままのミライに、改めて俺から尋ねる。


「ミライは、今までの記憶が残っている。そうだよね?」

「……そうよ。隠し通すつもりだったのに、迂闊だったわ」

「やっぱり。ということは君が俺をこの世界に連れてきた黒幕だったんだね」

「残念ながらそれは違うわ」

「えっ」


 予想外の言葉に俺は動揺する。


「嘘だよ。だって、記憶がリセットされないということは、君が他のキャラと違う特別な存在だということだ。黒幕じゃないとしたら、一体なんだ……と……」


 そこでふと一つの可能性に気付き、口を噤む。よく考えたら、この世界で記憶がリセットされない存在が他にもう一人いたはずだ。


「気が付いたみたいね」


 姫がやれやれと肩をすくめた。


「私はあなたと同じ。ゲームの世界に紛れ込んでしまった人間よ」


 夜勤のコンビニ店員の「いらっしゃいませ」ぐらい軽いノリで告げられた衝撃的事実に、俺は口を開いたまま固まった。


「あなた、このゲームのカセットをどこで手に入れたの?」

「……家の近所のショップで、中古で買ったけど」

「そう。じゃあきっと、私の家族が売りに出したのね」

「そ、それって」

「そうよ。おそらく、あなたが買ったゲームの前の持ち主は私。あのゲームはね、呪いのゲームなのよ」

「呪いって、一体どういう」

「ゲームを始める時、あなた、何かを『やり直したい』って思ってなかった?」

「えっ」


 なんで、と言いかけて飲み込んだ。それが彼女の言う「呪い」にかかる条件なのだと気が付いたから。

 確かに俺はゲーム起動時、高校の入学式から人生をやり直したいと考えていたはずだ。


「起動する時に何か『やり直したい』と思っていると、無限に『やり直し』が続くゲーム世界に取り込まれてしまう。それがこのゲームの呪い」

「そんな……何か根拠はあるの?」

「現に私もそうだったわ」


 そう前置きし、彼女は彼女の苦悩を語り始めた。



「私ね、子供の頃から自分のお店を持つのが夢だったの。知る人ぞ知る、こじんまりとしたオシャレなカフェみたいな。素敵じゃない? そんな夢があったから、高校は調理の専門学校を選んだし、卒業後はチェーンの喫茶店に就職してノウハウを学んできた。

 で、二五歳の時にいよいよ独立を決意したの。ようやく夢が叶うんだって、あの時は本当にワクワクしてた」


 ミライは遠い昔を思い出すように目を細める。


「今考えると馬鹿なんだけどね。私、料理の練習ばかりにしゃかりきになって、その他の必要な勉強は疎かにしてたの。結果、いざ開業の手続きをする段階になって、あっさり騙し取られちゃった。……開業資金として貯めた七〇〇万、全部」


 言葉が出なかった。

 フワフワしていただけの俺と違い、ちゃんと将来を見据え一生懸命に生きてきた彼女が、なぜそんな目に遭わなければいけないのか。怒りで胸が爆発しそうだった。


「だから私は逃げたの。現実を忘れるために普段やりもしないゲームなんて買って、『いっそ夢を持つ前からやり直したい』なんて叶いもしないことを願って……情けない話よね」


情けなくなんてないとは言えなかった。ミライよりもずっとずっと情けない俺が、どんな顔で彼女を慰めればいいのかがわからなかった。


「いやね、自分語りになっちゃった」と、ミライは何事も無かったかのように話を戻す。


「根拠は私だけじゃないわ。例えば、魔王なんかも元は人間よ」

「えっ……」


 さらなる衝撃が俺を襲う。あれ、このゲームってアクションRPGじゃなくてサスペンスだったっけ?


「この世界来てしばらく経った頃、魔王役だった彼が教えてくれた。彼もまた人間だということ。やり直しの呪い。そして、この世界の秘密について」

「世界の秘密? というか俺、魔王が人間だったなんて知らなかったから今まで何度も斬り殺しちゃってるんだけど、どうしよう? 最近なんかもうどっちが悪者か分からないぐらい卑怯なハメ技使いまくって……彼、怒ってなかった?」

「それについては心配ないわ。彼はもう、本当の意味でこの世界の住人になってしまっているから」

「えっ? それってどういう……」


 意味深な言葉に、俺はごくりと息を呑む。


「今の彼にはもう人間だった頃の記憶は残っていない。ゲームでの記憶と一緒に全てリセットされてしまっていて、今後新たな記憶が蓄積することもない……つまり、他のゲームキャラたちと同じ状態になってしまったの」

「ど、どうしてそんな……」

八九二(はちきゅうに)バグよ。聞いたことあるでしょ?」

「あぁ」


 知っている。八九二バグ。このゲームが評価を落とした最たる原因がそれだ。

 ゲーム内で八九二回特定の行動(同じボタンを押し続けるなど)をすると、以降永久的にその行動しかできなくなり、ゲーム続行が不可になるという致命的なバグである。


 普通にプレイしていれば見つかるはずもないこの謎のバグは、おそらく「八九二→えいと・きゅう・に→永久に」という語呂合わせにかけ、製作陣が仕込んだ遊びだろうと言われている。


 だけど、それと今の魔王の状態に何の関係が? いまいち要領を得ない俺に、ミライは淡々と説明を続ける。


「八九二バグのルールは、ゲーム世界にいる私たちにも当然適用される。つまり八九二周シナリオをクリアした後、私たちはシナリオプレイという行動を無意識下で繰り返すことしかできなくなる。同時に、人間だった頃の全ての記憶を失い、完全なるゲームキャラになってしまうの」


 背筋をゾッと悪寒が走り抜けた。これはサスペンスですらない、もはやホラーだ。


 今、俺は何周目だ? あとどれだけ人としての記憶を保っていられる?


「一応、あなたがここに来てからの回数は数えておいたわ。今回がちょうど三〇〇周目。つまりあなたが記憶を失うのは、あと五九二回エンディングが流れた後よ」


 俺が記憶を失うという話なのに、ミライは自分が悲しいかのように顔を歪めた。


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