300周目 ~限界~
その昔。どこかの国では「穴を掘り、掘ったら埋める。それをひたすら繰り返させるだけ」という拷問があったらしい。
人間の精神は意味の無い単純作業を耐えられるようにできておらず、そのため最後には発狂してしまうのだそうだ。
そんな話を大学の講義で肘をついて聞いていた時は「俺は単純作業得意だしそんなの平気だろうな」と軽く流していた。
それが今更、その恐ろしさを身をもって知ることになるなんて。
結末の決まったシナリオの繰り返し。
どのルートを通っても。道中誰と話しても。どんなアイテムを手にしても。どれだけレベルを上げても。どの順でイベントを消化しても。苦戦しても、しなくても。
最後には絶対魔王を倒し、エンディングを迎え、そして全てが無かったことになる。やり直しのきく世界であるがゆえ、わざと負けることさえできない。
それは確かに、拷問となんら変わらぬ苦痛だった。
唯一の救いはミライだった。
彼女と話している時間だけはなぜか地獄の無限ループから解放されたような心地がし、そのおかげでなんとか正気を保っていた。
シナリオ本編は彼女と話すための作業と化し、毎回最短最速のルートでクリアした後、帰り道はできるだけ時間をかけてゆっくり歩くよう心がけた。
しかし結局それも対症療法でしかない。
どれだけとろとろと歩こうがいつかは城に着き、またシナリオが始まる。逃げ出そうにも仲間たちがそれを許さない。
以前、小便に行くフリをしてトンズラしようと試みた時は、ミライを除く全員が俺も俺もと監視でもするかのように着いてきて、逃げる機会を失った。
岩壁の上に四人が横一列に並び、一斉に放尿して……あんな汚いナイアガラの滝を作るのは二度とごめんだ。
そうこうしているうちにまた城のてっぺんが見えて来て、俺はつい溜息を漏らした。
「元気無いわね。どうかしたの?」
「別に何も」
「何も無いわけないじゃない。最近ずっとテンション低いし」
「え」
ミライがしまった、という顔をした。
「ずっと、ってどういうこと? クリアするたびに記憶はリセットされるはずなのに、なんでミライは最近の俺を知っているの?」
「こ、言葉の綾よ。ずっとっていうのは今日会ってからって意味で、」
「実を言うと、最初から違和感はあったんだ。なぁ、答えてくれミライ。君は他のキャラたちと違って、記憶が消えてないんじゃないのか?」
「……二人で話したいわ。彼らに聞かれるのはまずいから」
そう言って、ミライは後方の三人に呼びかける。
「お花を摘みに行くから、少しここで待っていてくれる?」
ミライの言葉を聞いた三人は、首を傾げたり、意味ありげにサムズアップしたり、「なるほど。姫様も俺と同じ『キレ悪の民』だったか……」と呟いたり。
なんだかとても嫌な予感がする。
「花だぁ? 姫様、このあたりは荒地ばかりで花なんてどこにも無いぜ?」
「戦士・ケン! 貴方にはデリカシーというものが無いのですか! 女性がお花を摘むと言えばトイレに決まってるでしょう! それもあの深刻な表情からして、おそらく大きい方……空気を読みなさい空気を!」
「そ、そうなのか。さすが魔導士・ハリー……悪ぃな姫様、ゆっくり捻り出してきてくれ」
「……」
ミライがゴミを見るような目を馬鹿二人に向ける。
一方もう一人の馬鹿は、なぜか嬉々として原稿用紙を取り出した。
「姫様! ウンコのキレが悪い仲間として、俺がこの場にトイレを召喚して差し上げましょう! 個室は描写が難しそうだから、とりあえず便器だけあればいいですよね? あっ、でもさすがに便座は要るか……ちゃんと書けるかな」
「大丈夫よ、大人しくその紙切れにお絵描きでもして待ってなさい。勇者だけは護衛として近くまで着いてきて」
久しぶりに毒舌冷血能面姫となった彼女に連れられ、俺たちは少し離れた岩陰に向かった。