1周目 ~ミライ姫~
小学生の引率でもするような気分の旅立ちだったが、始まってしまえばなんのことはない、すぐに楽しさが全ての不安を塗り潰してくれた。
思いの外美麗なグラフィックの元、どこへ行くも何をするも自由自在。テントを張って寝泊まりしたり釣った魚を焚き火で焼いたり、ほとんどキャンプでもしてるような感覚だ。
剣も好き勝手振り回せるし、魔法だけは放つのに若干手間があるがそれもボタンを押す代わりに「A→」とか「B↓」と脳内で唱えるだけ。コントローラーで操作するより遥かに臨場感がある。
臨場感の弊害として敵との戦闘の恐怖はあったが、意外と仲間(正しくはケンとハリーの二人)が強いので最悪彼らに任せきりでいいし、何より、万が一やられたとしてもセーブさえしてあれば何度でもやり直しがきく。
そのため途中からは恐怖もあまり感じなくなった。
体感的には丸三日ぐらいの旅だっただろうか。気付けば俺たちは魔王城下に辿り着いていた。寄り道してたくさん雑魚狩りしたのでレベルも相当上がっていることだろう。
行手を阻む上級魔物を雑に斬り捨てながら、円形の階段を鼻歌まじりに駆け上がる。体力ゲージが無くならぬ限り疲れ知らずなのも素晴らしい仕様だ。
大した山場もないまま、俺たちは最上階・魔王の間に躍り出た。
「ハッハッハッ! よく来たな勇者よ!」
禍々しい形相に凶悪なカーブを描く二本のツノ。筋骨隆々な紫色の体躯。そんな見るからに恐ろしい魔王が高笑いする中、俺はその後ろ、囚われ磔にされた人物に目が釘付けになる。
ブロンドの長い髪に蒼い瞳。華奢な身体を目一杯捩り助けを求めるその人……ミライ姫の姿に、俺は一瞬にして心を奪われていた。
「う、美しい……」
思わず漏れた声に、姫は眉をひそめて応えた。
「は? キッモ」
直後、戦闘が始まるが、俺は戦闘前に負傷した心が痛み戦えない。
先にケンとハリーが抜群のコンビネーションで魔王を攻め立てる。地を這うような呻き声を上げる魔王。
さらにライトが召喚獣で追い討ちを……
「硬い皮ふに覆れた巨大なドラゴン。鋭いツメとギザギザの芽を使ったり、口から1400°の火を吐いて適を攻げきする。空も飛る。召かん! ……あぁクソッ! めっちゃ添削された!」
……かけてはいないが、とにかく、俺がいなくてもそこそこ戦えている。しかしさすがは魔王、そんなに甘くはないようで、戦況はやや劣勢だ。
ここで俺もようやく剣を構えて走り出し、挨拶代わりに軽く斬りつける。
「行くぞ、魔王!」
「ンギャァァァァッッッッ!!!」
一太刀浴びせた途端、魔王は断末魔を上げて倒れ伏した。血溜まりに沈む真っ二つの肉塊を前にケンが「え?」と困惑を示す。気まずい。やはりレベルを上げ過ぎていたのかもしれない。
そんなわけで呆気なく、俺たちはミライ姫を奪還しゲームをクリアした。だけど待てど暮らせど、エンディングが流れる気配はない。
「さ、早く帰るわよ」
勝手が分からずオロオロする俺に告げたのはミライ姫だった。
「ゲームの仕様上、エンディングは王様の城に帰った後なの」
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三日かけて来た道を、ミライ姫を含めた五人で歩いて帰る。俺と姫が並んで先頭を行き、後ろから他三人が着いてくる形だ。
先程の姫の「キッモ」発言もあり若干バツの悪さを感じつつ、俺は意を決して話しかける。
「い、いやぁ、さっきはついキモいこと言っちゃってすみません! でもあんな言葉、姫は散々言われ慣れているものかと」
「別に……おっさんデザイナーがニチャニチャしながら作った顔にいちいち何か言う人なんていないわよ」
「そ、そうなんですね、ハハッ。しかしゲームとはいえこんな綺麗な方と結婚できるなんて、俺は幸せ者だなぁ」
「城に戻って王様に労われたらすぐエンディングよ。設定上は婚約者だけど、私たちが結婚する日は永遠に来ないわ。嬉しいことに」
「あっ、そうなんですか。へぇ」
話してみると、ミライ姫はどこか他のキャラたちとは違う感じがした。
冷めていて現実的で……なんというか、自分はゲーム世界の住人だという自覚がハッキリあり、その上で役を全うしているような印象を受ける。
もっと端的に言えば、いわゆる『メタ発言』が多いのかもしれない。
あと関係無いが、俺への当たりがやたら強い。
「話変わるんですけど、魔王倒した後すぐ城にワープとかできないんですか? ゲームって普通、こういう帰り道みたいなシーンはカットされてると思うんですけど」
「予算と発売日の関係でそこまで手が回らなかったらしいわ」
「ええ……」
ゲームの内情に妙に詳しい点も気になる。そもそもゲームキャラと話すこと自体が初めてなので、意外とこんなもんなのかもしれないが。
ただ明確におかしな点もある。彼女の俺の言動に対する反応だ。これは別に当たりが強いとかいう話ではない(そっちも大概おかしいが)。
ミライ姫は、彼女の顔やエンディングの仕様を知らなかった余所者感丸出しの俺に対し、特に気にする素振りを見せなかった。
他の奴らは皆、俺が知っているはずの情報を知らないことをちゃんと指摘してきたのに。
考えられる理由としては、俺が元々この世界の住人でないことを知っている、とか?
うむ。考えれば考えるほど怪しい。もしや、彼女こそが俺をこの世界に連れ込んだ黒幕なのではないかと邪推してしまう。
……やっぱりアレかな? ゲームの電源を入れた瞬間テレビ画面越しに見えた俺に一目惚れして、思わず連れ込んじゃったのかな? ってことは、ツンツンした態度は全部好きの裏返しだったり?
「ふひひ」
「変な笑い方。気持ち悪っ」
治りかけていた心の傷がざっくりと開いた。ある意味魔王より残忍だ、この毒舌冷血能面姫は。
黒幕かどうかはさておき、設定上婚約者であるこの女を、好きになれそうもないなと俺は思った。
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体感一日程度で王様の城に帰還した。寄り道しなかったためか行きよりだいぶ短く感じた。
「エンディングが終わったら、すぐまたオープニングが始まるわ」
ほう。要するにこの世界はずっと同じシナリオの繰り返しというわけか。
相変わらずの無表情で言う姫に、これから何度もこんな女を救うための旅をするのかと思うと不愉快な気分になる。
まぁそれでも、ハッピーエンドが約束されているだけ現実世界より全然マシだけど。
「次はもうちょっと早く助けに来てよね……待ってるから」
それは突然の態度の変化だった。エンディング曲が流れる中姫はそう言い、わずかながら口の端を釣り上げたのだ。
絶世の美女が見せたそのギャップは、さながらマリアナ海溝のように大きく深く……。
毒舌冷血能面姫は取り下げて、ツンデレヒロインぐらいにしといてやろう。と、女性に免疫のない俺はあっという間に絆されたのだった。