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885周目 ~裏切り~

「ちょっと! なんとかしてよススム!」

「だ、大丈夫! ライトの能力は無視していい! 彼が召喚獣を出せたところなんて見たことないから!」

「そんなの無くても十分ヤバいじゃん! 結界壊れちゃうよ!」

「今何か考えるから、ちょっと待ってて!」

「無理! これ以上は付き合いきれない! 私は結界から出てあっちにつくから、脱出なら一人で勝手にすれば!?」

「ちょっ、待ってよ姫!」

「嫌っ! 離して!」


 いとも容易く裏切り宣言する姫。やはり心から脱出を求めていない彼女は縛りきれない。

 姫の逃亡を阻止する方に気を取られ、詠唱を一時中断せざるを得なくなる。そしてその間も結界はゴリゴリ削られてゆく。


 絶体絶命。しかも、逆風はまだ吹き終わりではなかった。


「体高二〇メートルにも及ぶ巨大なトラ。非常に獰猛で、人間を含む自分以外の全てをエサだと思っている。

 黒い縞模様の入った黄褐色の毛並みは一本一本がダイヤモンドに匹敵する強度を誇り、戦車による火砲でも傷一つ付かない。

 主な攻撃手段は、日本刀に喩えられるほどの切れ味を有する牙と爪による接触攻撃。しかし真に恐ろしきはその切れ味ではなく、体内で生成した猛毒をその先端から対象へと流し込むことができる点にある。

 また巨体に似合わず動きは俊敏で、アルプスの山々のように盛り上がった筋肉が生み出すスピードは時速三〇〇キロメートルにも達する」


「召喚」というライトの言葉とともに現れたのは、ビルのように巨大なトラだった。


「あっ……あぁ……」


 漏れ出た言葉は言葉としての形を成さない。恐怖で足がすくむ。


 普段はトイレ一つ出せないくせに、よりによって今日に限り、こんな強そうな猛獣の召喚に成功してしまうなんて。神というやつはどこまで残酷なのだろう。


 あまりの恐ろしさに、逃げようとしていた姫さえも腰を抜かしてしゃがみ込んでしまった。



 俺は両腕をダラリと垂らして立ち尽くした。もはやこれまで。


「やれ、召喚獣」


 ライトの指示を受け、召喚獣は右前脚を大きく振り上げた。

 そして……


「ぐはぁ!」


 爆風に乗ってケンの呻き声が届く。見ると、彼の右腕からは血がドクドクと流れ、すぐ横の地面がクレーターのように大きく抉れている。

 召喚獣の一撃が生み出した穴だ。


 状況を整理するため、たった今目の前で起きたことを思い返す。


 召喚獣の右前脚はまっすぐに俺たち目掛けて振り下ろされた。はすが、結界に当たる直前で急激なカーブを描き、結界横で大剣を振り回していたケンに直撃した。


 これは、召喚獣の暴走? それとも……。


 唖然とする俺を尻目に、ハリーが怒声を張り上げた。


「よくも裏切りましたねぇライト!!」


 ケンが召喚獣の追撃を躱しつつハリーの隣へ並ぶ。彼もまた険しい目つきでライトを睨む。


 対するライトは、見たこともないほど憤怒に満ちた表情で立っていた。


「裏切り者はお前たちの方だ」

「なんだとテメェ!」

「事と次第によってはタダじゃ済みませんよ? ちゃんと覚悟は出来てるんでしょうねぇ!」


 凄むケンとハリーに、ライトは毅然と言い放つ。


「所詮俺は馬鹿だから、細かい事情はわからない。だけど、対話も無しに一緒に旅した仲間を攻撃するような人でなしは、この小説家・ライトが許さない!」


 ……ライト…………ライトォォォォォ!!!


 ちょっ、ライトォ! 超絶カッコいいよライトォ! ありがとう! 今まで心の中で散々馬鹿扱いしてごめん!


「くぅ、やはりあのお方の召集に遅れてくるような男! 忠誠心が元から薄かったようですね……!」


 苦虫を噛み潰したような顔でハリーが言う。


 ライトが俺たちを守るように、結界とケンたちとの間に立つ。


「ライトッ!」


 俺の呼びかけに、ライトはこちらを振り返る事なく親指を立てた。


「事情はわからないけど、ここは俺に任せて! 安心して勇者様のやるべきことをやるんだ!」


うおぉぉぉぉぉ!! ライトォォォォォ!!!

 救世主の登場により、折れかかっていた心がみるみる闘志を取り戻す。


「R↓↓AL←C↑→ZRB←→C↑B→ZRA↑→→B↓L↓A↓CR←L←L↑ABAB→→←CL↑B→Z↑R←L↓A↓L↑→BC↑Z→→BA↓CL↓L←CRB→Z↑R←L←A↑B→BCRB→→BA↓CL←RA↑→ZR←C↓BL→BA↓CL↑R←ZZZ↑RA↑B→←C↓ZR←」


 先ほど中断したところから慎重に詠唱を再開し、そのまま一気にスピードを上げた。


 意味も規則性も無い記号の羅列。

 二九一周、時間にしておよそ一年七ヶ月もの間インプットし続けてきたそれはもはや骨の髄まで染み付いている。

 見よ、この自慢の詠唱を!


 無心で詠唱を続けつつ戦場に意識を戻すと、今はライトの召喚獣が身を挺して結界を守ってくれていた。


 一方的に攻撃されっぱなしな様子を見るに、おそらくすでに黒幕からの行動制限がかかり、召喚獣からの攻撃はケンたちに通じなくなってしまったのだろう。


 戦車の攻撃すら通さないはずの毛並みが少しずつ剥がされてゆく。


 苦しげに咆哮を繰り返しながら、それでも召喚獣は倒れない。脚の爪を地面に深く食い込ませ、ひたすら勇者の盾として立ち続ける。



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