1周目 ~旅立ち~
浮遊感が収まると、俺は知らない場所に立っていた。
悪趣味なほど金ぴかに輝く壁に、巨大なシャンデリア。武装した筋骨隆々の男たちが護衛のように両サイドの壁に張り付き、足元の高そうな絨毯の先にはもはやそっちが本体かと疑うほど背もたれの長い椅子が一つ。
例えるならそう、RPGの王様の部屋のような場所だ。
まるで状況が飲み込めず、俺はただその作り物のような空間をぼーっと眺めている。
「勇者とその仲間たちよ。今日そなたたちを呼んだのは他でもない、魔王討伐の依頼についてじゃ。昨夜、私の大事な娘が魔王に攫われた!」
唐突に例の背もたれ……もとい、椅子からしゃがれた声がする。
見ると、椅子の色と同化するような真っ赤なマントを着、パイナップルのヘタのような王冠を被った髭モジャの老人が座っていた。
「なんだって!? ミライ姫が!?」
大声に驚き振り向くと、野性味溢れる濃い顔立ちの男が、左後ろから鋭い眼光を放っていた。大剣を背負い、まるでRPGに出てくる戦士のような出立ちだ。
というか、さっき始めようとしたゲームのパッケージに映っていた戦士と似ている気が……。
「王様、なんとおいたわしや……勇者様も、婚約者がこんな目に遭ってさぞお怒りでしょう。心中お察しします」
今度は右後ろからの声。真っ黒なコートに真っ黒なとんがり帽。木の杖を携えた、いかにも魔法使い然とした男が、骨張った拳を震わせていた。
不健康なほど白いその顔にもやはり、見覚えがある。
ふと、左腕の違和感に気付いた。重い。見ると、俺の情けない細腕に巨大な盾が装着されている。なんだ、盾か。
……いやいや、なんで盾!? というかスウェット着てたはずなのに、いつの間にこんな格好に!?
ブーツにマント。これじゃまるで、パッケージの真ん中に居たあいつみたいな。
鈍い俺もさすがに状況を察する。
「あの、先ほどから話に出ている『勇者』というのは、一体誰のことでしょう?」
おそるおそる尋ねる。
「おいおい、こんな時に笑えない冗談はよしてくれ! いくら勇者様でもいただけねぇな」
「やめなさい戦士・ケン。今のは『自分は勇者などと呼ばれるほど大層な人物ではない』という意図でしょう。いやはや、相変わらず謙虚なお方だ」
「な、なるほど。そこに気付くとはさすが魔導士・ハリー。しかしそんなに謙遜するなよ勇者様。あんたほどの人、この町どころか世界中探したって居ねぇんだから」
何やら両サイドで勝手に話が進み、まとまったようだ。別に謙遜とかじゃなくてそのままの意味だったのだけど。
「とにかく、ススム。ケン、ハリー。そなたたちに愛する我が娘を託す! ライトの到着を待ち、四人で魔王城に向かってくれ!」
ススムと名前を呼ばれたことで予感は確信へと至る。
どうやら俺は、件のゲームの世界の勇者になってしまったらしい。
夢か現か。見知らぬ人と場所に囲まれ、心細くて肩が縮こまる。
とはいえ、「元の世界に戻してくれ!」なんていう気持ちもさらさら起きなかった。
戻ったところで、挽回不可能な負け組人生が待っているだけ。ならばいっそこの世界で仮初の人生を謳歌するのも悪くないかもしれない。
しかも与えられた役割が『勇者』だなんて、ぶっちゃけ美味しい展開だ。俺は意気揚々と城を飛び出した。