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593周目 ~魔法~

 気付けば俺は、洞窟の最奥の間に無傷で立っていた。右手には聖剣。そして目の前には大きく抉れた岩壁。

 どう見ても先ほどまで俺が斬りつけていた壁そのものだ。ただ、穴が空いていない。

 そもそもなんで崩れた洞窟が元通りになっている? これじゃまるで、岩壁に穴を開ける直前に時間が巻き戻ったかのような。


「そら勇者様、さっさと外に出るぞ」


 ケンに手を引かれながら洞窟の外を目指す。最中、前を走るハリーに尋ねた。


「ハリー、君は一体何をしたんだ? というか、さっき言ってた『コレ』って何?」

「魔導書ですよ」


 そう言って、ハリーは懐から分厚い本を取り出した。


「この書に載っている『時間遡行(タイムループ)』魔法を使いました」

「時間遡行!? 本当に時間が巻き戻っていたのか! というかハリー、そんなすごい魔法が使えたのか!?」

「本来はあまり使いたく無かったのですがね。勇者様の体力ゲージが残ってる以上リトライは出来ないし、かといって自力での脱出は難しく、我々が救助するにも時間がかかり過ぎる。なので今回は特別です」

「へぇー。すごいんだな、魔導書」


 時間は十分かかり過ぎていた気が……とは言えず、素直に感嘆の言葉だけ伝える。

 ハリーが少し得意げになって言う。


「他にも、世の理に反するようなすごい魔法がたくさん記されていますよ。時間遡行とは逆の『時間跳躍(タイムスキップ)』や、死者を生き返らせる『蘇生(リザレクション)』、遠くの場所へ一瞬で行ける『空間移動(テレポート)』なんかもありましたね」

「……空間移動?」


 希望の糸が、予期せぬ方向から垂れてきた。


シナリオクリア後。定例会議にて。


「聞いてくれミライ! すごい作戦考えた!」

「……今度は本当でしょうね? またしょうもない下ネタだったらブッ飛ばすわよ」


 ミライが蔑んだ目を俺に向ける。あぁ、最近はそういう目すら愛おしい……なんて言ってる場合ではない。


「今回はマジのやつ。ミライ、空間移動って知ってるか?」


 俺は今回のシナリオでの出来事を順を追って説明した。

 見えない壁を物理的に破壊するのは難しいだろうということ。だけど、ハリーの魔導書に記された空間移動魔法でなら脱出できるかもしれないこと。


 胸を張り、嬉々としてミライの反応を見る。が、なぜか彼女は浮かない顔だ。

 あれ? 良いアイデアじゃなかった?


「空間移動は良いんだけどさぁ……あなた、私が居ないところで見えない壁に穴開けてどうするつもりだったの? 今回は素材集めってことで誤魔化せたみたいだけど、もし彼らに疑われたら、その時点で黒幕から行動制限がかかる可能性があるのよ?

 そしたら、いざ私と脱出しようってなった時にはもう『見えない壁に攻撃できない』なんてことになってたかもしれないじゃない」

「あっ」


 本当だ、気付かなかった。テヘ。


「あなた、前からこんなに馬鹿だっけ? だんだんライトたちに脳みそ侵食されてない?」

「……ごめん。ミライに褒めてもらいたいとか、二人の将来のために頑張らなきゃって思ったら、つい気がはやって」


 正直に理由を伝えると、ミライはもじもじと両手の指を擦り合わせる。


「し、将来って……まぁ、その……ススムのそういう真っ直ぐなところは嫌いじゃない……っていうか、好き……だケド」


 ヤッベ。めちゃくちゃ可愛いんだけど。

 それからしばらくはチラチラとお互いを盗み見ては、頬を染め、顔を手で覆うという行動を繰り返し(以下略)。


「ま、まぁ痛い思いしてまで頑張ってくれたワケだし? 実際すごい突破口見つけてきたなって感じだし? 許さないこともないけど?」

「ありがとう。優しいんだね、ミライは」

「も、もうっ! 調子良いんだからっ!」


 付き合いたて特有のテンションで無理やり乗り切った感は否めないが、なんとかミライからのお墨付きを得た。

 ここまで長かったが、ようやく悲願の脱出が叶いそうだ。


「よし! じゃあ早速、ハリーから魔導書を借りて……」

「うーん、それはどうかしら?」

「え、ダメ?」

「ダメっていうか、貸してくれないんじゃない? 今まで六〇〇周近くシナリオやってきて、一回も使わず懐に隠してたほどの秘密道具なんでしょ?」

「あぁ。それに関しては確かに秘密にしてたってこともあるけど、使い勝手の悪さもあるんだと思う」

「使い勝手の悪さ?」

「うん。実はあの魔導書に記されてる魔法は、世界の法則を無視するようなすごい効果を発揮する反面、致命的な弱点が二つあるんだ」


「弱点?」


 首を傾げたミライに俺も首肯で答える。


「一つは、発動するのに馬鹿みたいな時間がかかること。というのも、発動に必要な詠唱が長すぎるんだ。

 普通の魔法なら「A→」とか「B↓」ぐらいの短い詠唱なんだけど、魔導書の魔法は一つの魔法につき見開き一ページ分びっしり詠唱が書いてあった。

 現に時間遡行は発動するまで二〇分ぐらいはかかってたかな」

「二〇分!? ……確かにそれは実戦では使いにくいわね」

「そして二つ目は、効果が限定的過ぎること」


「限定的?」と再び首を傾げるミライ。

 どうでもいいけど、この仕草する時のミライは反則的なまでにかわいい。それこそ、この世の理を超えた魔法のようなかわいさだ。

 俺は緩む頬を手で押さえながら説明に入る。


「例えば、時間遡行は詠唱開始した時点から三〇分前までしか遡ることは出来ない。詠唱に二〇分はかかるから、実質一〇分弱しか遡れないね」

「何それ。ほとんど意味無いじゃない」

「それから死者を生き返らせる蘇生の魔法は、死者の『毛根』しか蘇生できない。この世界の価値観では、心臓や脳以上にそっちの生死が重要らしい」

「クソみたいな魔法ね。ていうか、その価値観ならハリーはとっくに死人じゃない。自分の頭を蘇生したら? いろんな意味で」

「え、ハリーってそうなの? 帽子被ってるから気付かなかった。…………まぁいいや、話し続けるよ。

 最後に俺たちが使う予定の空間移動だけど、その効果は、対象者は魔法が発動した瞬間実家のトイレに強制転移させられる。それ以外の場所は選べない」

「はぁー!? 誰がそんなの使うわけ? もはやライト専用魔法じゃない」


 鋭いツッコミに俺はブハッと吹き出した。やっぱりミライの中でもライトはトイレキャラだったらしい。

 なんとか呼吸を整えて話を続ける。


「まぁでも、その『実家のトイレ』ってのが俺たちにとっては都合が良いかもしれない」

「それは……確かにそうね」


 どうやら俺の言わんとすることはミライにも伝わったらしい。


 俺たちがシナリオ中に旅するのは、王様の城と魔王城、そしてそれらを繋ぐ道中のみ。そこに実家というスポットは存在しない。

 ということはおそらく、ゲーム内に俺たちの実家というもの自体が設定されていないと思われる。


 とすれば、俺たちが空間移動の魔法を使った場合に対象となる転移先は、現実世界の実家のトイレとなる可能性が高い。


「だけどそもそも、ゲーム内の魔法が現実世界にも作用するなんてことあるのかしら? 作用しないなら、魔法が不発に終わるだけだったり……」

「それはたぶん大丈夫。時間遡行魔法が発動した瞬間、目眩みたいに視界がグルグルする感覚と身体がフワッと浮くような感覚があったんだけど、その時思い出したんだ。これはこの世界に取り込まれた時と同じ感覚だって」

「あっ」


 ミライが目を見開く。どうやら彼女もその感覚に覚えがあったようだ。


「その点を考慮するとおそらく、俺たちはハリーの魔法によってこの世界に連れて来られたんだと思う」

「……そうみたいね。黒幕の命令か、あるいはハリー自身が黒幕か。どちらにせよ、彼らが敵であることはこれでハッキリしたわ」

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