593周目 ~打開~
ミライと本当の意味でパートナーとなった俺に敵は無かった。
頭が冴えに冴え、停滞を打ち破る作戦をいとも容易く導き出す。
今居るのは、世界の最果てにある隠し洞窟。以前最奥でとある武器を見つけた、このゲーム最難関のダンジョンだ。
手強い魔物たちに苦戦しつつもなんとか最奥の間へと向かい、地面に深く突き刺さったソレを引き抜く。
「こ、これは! 世界最強の武器と名高い、伝説の名剣『希望の聖剣』!」
お決まりの文句を言うハリーに背を向け、岩壁に向かって立つ。
この壁は、世界の最果てにある洞窟の最奥の間の突き当たり。要するに世界の端。俺は聖剣を振りかぶり、思い切りその壁に向けて振り下ろした。
「え? 勇者様一体何を?」
「いやぁ、壁から素材を入手しようと思って」
「あ、あぁ。確かにこの洞窟は貴重な鉱石が豊富ですからね。アダマンタイトとかオリハルコンとか」
「そうそう」
適当な理由をつけて誤魔化しつつ、一心不乱に岩壁を斬りつける。
世界最強の武器によってゴリゴリと削れゆく壁面。次第に、洞窟の壁全体がミシミシと小さな音を立て始める。
「お、おいもう十分じゃねぇか? これだけあればどんなアイテムでも作れるさ」
「んー、もうちょい」
ケンの進言も聞き流し、ただひたすら斬り続ける。
壁に風穴がぶち開けられるその瞬間まで、手を緩めるつもりは毛頭ない。
以前ミライが『見えない壁』について教えてくれた。
俺たちにはゲームやキャラの設定上そもそも行けない場所がある。なぜ行けないかと言うと、見えない壁が行手を阻んでくるから。
そしてここはゲームの世界だから、現実世界のように無限に広がっているわけではない。明確に端が存在する。
ではその端を定義するものは何か。それが件の見えない壁だ。俺たちが外に行けぬよう、この世界は見えない壁によってぐるりと取り囲まれている。
世界全体が透明な壁で覆われた飼育ケースのようなイメージだ。
今までのやり方は言うなれば、その飼育ケースにはじめから空いている穴を探すようなものだった。残念ながらそんなものはどこにも無かったのだが。
対して今回のやり方は「自力で壁に穴を空けよう」というもの。武器でも何でも使って強引に壁を破壊してしまえば、俺たちはそこから外の世界へと飛び立てる。
馬鹿で楽観的な俺に相応しい、至ってシンプルな作戦だ。
……世界の端に出口を作るということは、ミライを連れて世界の端に行かなければならないということ。そしてこの世界は僻地になるほど強力な魔物が多い。
今までは「ミライを危険な場所に連れて行くわけにはいかない」という遠慮から、無意識にこの作戦を思考から遠ざけていたのではないかという気がする。
心持ち一つ変わるだけで良いアイデアは簡単に浮かんでくるものなんだなぁと、俺は自身の変化を驚きをもって受け入れた。
ひたすら目の前の岩壁に聖剣を振るう。斬りつけるたび、洞窟全体が軋む音は大きくなる。小さな石ころが天井からコロコロと降ってきた。
「これ以上は危険です!」
「おいっ、洞窟が崩れるぞ! 皆外に出ろ!」
「逃げろ逃げろー! …………あっ! でっかいカマドウマ見っけ!」
「後にしなさいライト!」
仲間たちがその場を離れる中、俺は大きく抉れて今にも崩れそうな壁面にトドメの一撃を放つ。瞬間、切っ先が岩よりも硬い何かに弾かれたような感触がした。
ガラガラと音を立てて崩れる岩壁。目論見通り、そこには人が一人通れるぐらいの大穴が空いていた。
穴の向こうを覗き見ると、何やら真っ暗な空間が広がっている。そこが外の世界なのだろうか。
とりあえず行ってみようと足を伸ばしてみたが、何も無いはずの場所で足が止まり踏み込むことができない。
やはりあったか。見えない壁。
この壁をも壊すことができれば、きっと外へ脱出できるに違いない。
本当の作戦はここからだ。
俺は聖剣の柄をぎゅっと握り直し、今度は見えない壁に向けて斬りかかった。が、やはり先ほどと同じように、岩よりも遥かに硬い壁に刃を跳ね返される。
俺はもう一度見えない壁に挑む。何度でも何度でも。絶対に諦めるわけにはいかない。
最初に音を上げたのは壁でも俺でもなく、洞窟の天井だった。
穴の端から生じた亀裂が天井に向け一気に広がり、次の瞬間、地鳴りのような音とともに大量の岩が俺の身体を押し潰していた。経験したこともない強烈な痛みが襲う。
天井の崩落が収まった時、俺はすっかり身動きが取れなくなっていた。岩の重みで呼吸が圧迫され、腰から下に至っては感覚すら無い。
朦朧とする意識の中、遠くからケンの声が聞こえてくる。
「おーい、大丈夫かよ勇者様! ったく言わんこっちゃない!」
「ゲームがリトライになっていないということは、まだ息はあるのでしょう。……勇者様どこです! 我々の声が聞こえますか!」
「うぅ……痛ってぇ……」
「瓦礫の下から微かに声が……ですが正確な位置が分かりませんね。……なんとか自力で脱出できませんか!」
「む、無理……動けない……」
「ふむ、困りましたね。自力で脱出できないとなると我々が救助するしかないですが、これだけの瓦礫の量、しかもどこに居るか分からないとなると……」
「ブルドーザー召喚する?」
「勇者様を轢き殺す気ですかライト。そこはせめてショベルカーでしょう。そもそもブルドーザーだろうがショベルカーだろうが、あんな複雑な重機あなたが描写できるわけありません。
だいたい、あなたは無知にもほどがあります! それでも小説家ですか! さっきも大きなカマドウマがどうとかって、カマドウマは大抵大きいでしょうが! 通常はオスで一八.五~二一.五ミリ、メスで一二~二三ミリ程度ですが、メスの場合は産卵管もあるので実質もっと大きいです。さっきのはおそらくメスですね。ちなみにカマドウマとはバッタ目カマドウマ科に属す昆虫の総称であり、翅が無い代わりに体長と同じぐらい巨大な後脚を持つのが特徴です。跳躍力が高過ぎるあまり、壁に激突してそのまま死んでしまうなんてこともあるほど……」
いや、カマドウマの説明はいいから早く助けて欲しいんだけど……。「痛たたたたっ!」とわざとらしく存在をアピールすると、「はっ! 忘れてました!」とハリーの声が聞こえる。忘れてたんかい。
「こうなっては仕方ありません。コレを使いましょう」
「お、ソレを使うのか。魔導士・ハリーの秘密道具だな」
ハリーとケンの言葉に、俺の頭にはハテナが浮かぶ。え、どれのこと? と心の声を発したちょうどその時、ライトも「え、どれのこと?」と言った。なんか嫌だ。だけど、今は助けてくれるならなんでもいい。
俺はハリーの秘密道具とやらに期待し、大人しく救助を待つことにした。
/
コレを使いましょう、からかれこれ二〇分ほど経過しただろうか。
……何も起こらない。
何やら小声でぶつぶつ呟いているのは聞こえるが、まさか魔法の詠唱なのか? いくらなんでも長過ぎないか? ケンたちも何か言えよ! ツッコミ待ちかもよ!?
なんて思っていたちょうどその時。突然朦朧としていた視界がさらにぐにゃりと歪んだ。次いで、ジェットコースターみたいな強烈な浮遊感に襲われ、うっぷと吐き気を催す。
あれ? この感覚、どこかで……。




