326周目 ~タイムリミット~
ケンがライトを連れて戻ってきた。川底の小部屋から出てきたハリーとも合流し、3人で魔王城へと向かう。
今後もシナリオ一周ごとに違う場所へ行き、怪しまれない程度で切り上げながら少しずつ探索するしかない。
今日は伝説の黒ゴマ団子を見つけたよ、なんて報告したらミライはガッカリするだろうなと俺はちょっとブルーな気持ちになりつつ、魔王を瞬殺した。
「ふーん。いいじゃない、黒ゴマ団子。捨てるぐらいなら私に食べさせて欲しかったけどね。甘い物好きだし」
いつもの岩陰。
「何の成果も得られなかった」に等しい報告を、ミライはサラッと受け流した。落ち込むか悲しむか、はたまた怒り出すか。どう出るかとビビっていた俺は拍子抜けした。
「あの、落ち込んだりしないの?」
「ハァ? ……あのねぇ、こんなことで一喜一憂してたら、記憶を失くす前に感情失くすわよ? 喜怒哀楽の使用回数制限で」
「な、なんだよその制限……」
「ススムは今三二六周目。まだ八九二の半分にも到達してないのよ? 焦る必要はないわ。今日は美味しい黒ゴマ団子を見つけた、それでいいじゃない。現実世界に持って帰る良いお土産ができたってことで」
そう言って、ミライは俺の背中をバシバシと叩いた。つい先日まであんなに絶望していたというのに、諦めないと腹を決めた途端にここまで落ち着いて、凛とした女性に変貌してしまうなんて。
本当にミライは強い女性だ。将来尻に敷かれる自分の姿が容易に想像できる。
って、何を想像してるんだ俺は!? まるでそっちのパートナーになる気も満々みたいじゃないか! 気が早すぎるだろ! まずはそっちのパートナー前提のパートナーになるところから始めないと!
「今度は何ニヤケてるのよ。本当に使用制限きちゃっても知らないからっ」
そっぽを向いてしまったミライが可愛すぎてますますニヤケが止まらない。こんなふうに笑えるだけ、ある意味俺も余裕を取り戻したと言えるのかもしれない。
「ところで、今更重大なこと聞いていい?」
「何?」
俺が真面目な声色で尋ねると、ミライも真剣な表情でこちらに向き直る。
実際、なかなか大きな見落としをしていたことに、俺はたった今気付いてしまった。
「俺はまだ記憶を失う半分も来てないけど、ミライは何周目なの? たぶん俺がここに来る前に何十周かぐらいはしてるんだよね?」
「うーん、」と唸り考え込んでしまったミライだったが、しばらくすると、難しい算数の問題が解けた時のようなスッキリした顔で人差し指を立てた。
「そうねぇ、途中から数えるのやめちゃったから正確には分からないけど、だいたい二〇〇周ってところかしら」
「二〇〇!?」
「うるさっ! 今日のススム、ほんと情緒おかしいわね」
あまりに大きな数字につい声も大きくなってしまった。ミライは笑っているが、全くもって笑い事じゃない。
仮に俺よりちょうど二〇〇周多いとしたら、彼女は今五二六周目。折り返し地点はとっくに過ぎていることになる。
八九二−五二六=三六六。ミライのタイムリミットまでに脱出しなければならないと考えると、実質もう半分近く経過していることになる。ヤバい。
日数にすると、今はだいたい二日でシナリオを一周するから、単純計算で彼女の余命はあと約二年。
…………あれ? なんか、意外とまだあるような気がしてきた。
「二年もあればまぁなんとかなるでしょ。脱出方法見つけた上で、現実世界に帰った後の人生設計を考えられるぐらいには時間があるわ」
俺の心を読んだかのように言ってミライは笑う。
本当に彼女には敵わない。俺もいつか彼女と支え合い、時に引っ張れるような強い男になりたいと切に願う。
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定例会議を終えた俺たちは、待機中のケンたちの元へと足早に戻る。あまり遅くなって怪しまれてはいけない。
道すがら、雑談のようなノリで尋ねてみる。
「そういえば『途中から数えるのやめた』って言ったけどさ、ここに来た初日から何周目か数えてたの? 八九二周で記憶を失くすって知ってなきゃ、普通わざわざ数えなくない?」
俺の素朴な疑問に、ミライは待ってましたとばかりにニヤリと笑って人差し指を立てた。
最近よくこの指を立てる仕草を見る気がするが、実は彼女のクセなのだろうか?
「ふっふっ。それはね、ススムの時と同じよ」
「俺と同じ?」
「そう。私が人間だということに気付いたある人が、内緒で数えていてくれたのよ」
「えっ、それってまさか……魔王?」
「正解!」
嬉しそうなミライの顔にほんの少しだけモヤッとする。
彼女は本当に魔王のことを信頼していたのだろう。人間は彼女と魔王だけという、実質二人きりのような状態(それも魔王城という一つ屋根の下)で長期間過ごせば、そうなるのは必然だったのかもしれない。
だからこそ、彼を失った時彼女は全てを諦めるほどに絶望してしまったわけだけど。
ミライを支える、という今の俺にできないことを魔王がしていたという事実に嫉妬するとともに、そんな器の小さな自分に嫌気がさす。
ミライは俺のこんな複雑な男心には特に気付かなかったようで、人差し指を立てたまま饒舌に説明を続ける。
「魔王城の捕虜部屋で目が覚め、初めてゲーム世界に取り込まれたんだって気付いたちょうどその時、突然、部屋のドアがノックされたの。
おそるおそるドアを開けた瞬間、ビックリしたわ。ツノが生えた全身紫色の化物が、ヒマワリの切り花を持って立ってたんだもの」
「ヒマワリ?」
「ええ。すごく怖かったけど、とりあえず『何か御用ですか』って聞いてみたの。そしたら彼、ビックリしたみたいに固まっちゃって……しばらく無言が続いた後、なぜか部屋に置いてあった花瓶にヒマワリを生け、そのまま帰ってしまったわ」
ロマンティックな出会いではなかったようで、なんだかちょっと安心した。まぁいきなり「キッモ」と言われた俺の初対面よりは遥かにマシだけど。
あぁ、思い出したら心の古傷が疼く……。
「後から聞いたら、私が『何か御用ですか』って言った瞬間すぐ、人間だって分かったんですって。なぜなら、彼が知ってる姫は魔王には目もくれず『わぁ、綺麗なヒマワリ!』って言っちゃうような、ヒマワリ大好きっ子だったらしいから」
なるほど、と俺は頷いた。
元々のゲームキャラとしての姫はそういう人格設定だったのだろう。ミライがいつもの姫と違う反応をしたから、魔王はすぐに彼女が人間だと見抜けたわけだ。
そういえば、俺が人間だとミライが見抜いたのも、俺がいつもの勇者ならありえない言葉を言ったからだった。
そしてその返事が……キッモ……親父にも言われたことないのに……。
何はともあれ。あとおよそ三六〇周ほどの間に脱出すべしというのがハッキリしたことは収穫だ。
ミライのためにと数え続けてくれていた魔王には、悔しいが感謝すべきだろう。今度魔王の間に行く時はお礼にヒマワリでも摘んで行くとしようか。確か、さっきの岩陰の近くにも咲いていたはずだ。




