301周目 ~カウントダウン~
突然の余命宣告の後も俺はシナリオをクリアするしかなかった。
パーティーで動く以上、いつまでも魔王城に行かず立ち止まることは仲間たちが許してくれない。カウントダウンは確実に進行していく。
三〇一周目の魔王戦。
「ハッハッハッ! よく来たな勇者よ!」
機械のように聞き飽きた口上を述べる彼も、元は同じ人間だったのだ。そう思うと、剣を握る手に力が入らない。
「勇者様危ない!」
ハリーの声がした時には遅く、俺の身体はくの字に折れ曲がって吹き飛んでいた。普段なら絶対食らわないような隙だらけの大技をモロに受けたのだ。
体力ゲージがごっそり削れ、もはや勝ちの目は薄くなった。
今までだったら、わざとやられて直前のセーブポイントからやり直す場面。だけど今日はなぜか、絶対にそれをしてはいけないような気がした。
俺は剣を杖のようにして立ち上がり、口元の血を拭い、生まれたての子鹿のような足で魔王へと立ち向かった。
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「負けてもやり直しになるだけなのに、なんで意地張ったのよ」
帰り道。ミライが苦笑しながら俺の肩を叩く。俺は「痛てて」と小さく悲鳴を上げる。
「魔王は、記憶が無くなって人間じゃなくなる時、どんな気持ちだったのかな」
考えていたことが不意に唇から転げ落ちた。
「……彼はかつて、『現実世界でやり直しのきかない過ちを犯した』と言っていたわ。『このままここで拷問のような日々を送ることが、俺に課された罰なんだ』とも。
だからきっと、彼はこれで良かったんだと思う」
「ミライはどうなの?」
ミライの表情がふっと暗くなる。
「最初は普通に楽しかった。イケメンな勇者やその仲間に、姫様姫様ってちやほやされて。でも、そうね……一〇回もしないうちに飽きたわ。結果が決まった繰り返しなんて、どれだけ幸せでもいつかは苦痛に変わる。こんな世界なら、辛いことが起こったって現実世界の方がよっぽどマシよ。だけど気付いたところでどうにもできなかった。元の世界に戻る方法も無ければ、シナリオを変える方法も見つからない。
しばらくして、唯一の味方だった魔王が記憶を失くした日、私は諦めた。そして私もいつか来る『その日』を受け入れるため、ゲームのキャラに徹することにしたの。趣味を捨て感情を殺して……人間じゃなくなるその瞬間に、少しでも苦しまないで済むように」
出会った時の、毒舌冷血能面姫だったミライを思い出す。あの頃の彼女は本来の彼女ではなく、彼女が自分の心を守るために作ったキャラだったのだ。
「あなたが私と同じ、外の世界から来た人間だということはすぐに分かったわ。あなたは私のこのゲーム上での顔を見て『美しい』と言ったけれど、そんな言葉、私が知る勇者は一度も言ったことがなかったから」
そしてやはりミライは最初から俺が人間だと気付いていた。
その上で万が一俺がこの世界の秘密を知ってしまった時のために、シナリオ何周目なのかを数えていてくれたのだろう。
俺を苦しめないために秘密を抱え込み、たった一人で迫り来る終焉と向き合って……一体今まで、どれほど辛かったことだろう。想像するだけで胸が締め付けられた。
「あなたと過ごすうち私は、捨てたはずの人間としての感情が蘇るのを感じた。やっぱり人と話すのは楽しい、元の世界に戻りたいって、嫌でも思わされたわ……ねぇ、こんな気持ちを思い出させるなんて、あなた酷な人だわ。責任取りなさいよ。お願いだから、私を元の世界に帰して……」
涙してしゃがみ込んでしまったミライに、俺は言葉をかけることができなかった。




