オープニング
「うわっ、ハメ技ウゼェ! クソッ、クソッ……! あー! また負けた、もうっ!」
テレビ画面に踊る「you lose」の文字にイライラが募ってゆく。俺はハァと溜息を吐き、乱暴にオンライン対戦型格闘ゲームのスイッチを切った。
二八連敗。
ゲームの話ではない。昨秋までに俺が喫した、就職活動での連敗記録だ。
高校時代まで、何一つ障害の無い順風満帆な人生を送ってきた。
これといった苦手は無く、友人関係もおおむね良好。勉強は得意と言って差し支えないレベル。
女子にあまりモテないのは玉に瑕だが、大人になって良い会社に就職すれば自然とその問題も解決すると楽観視していた。お金と権力は恋愛においても強力な武器になると聞く。
つまり、県内有数の進学校に通い将来が約束された俺の人生は、この先も希望に満ち溢れているはずだった。
潮目が変わったのは大学受験の時期。俺は第一志望の有名国立大学に落ちた。
生まれて初めての明確な挫折。とは言っても、そんなのよくある話だ。
現に同級生でも第一志望を落ちたやつはゴロゴロいた。彼らは滑り止めの大学に進んだり、浪人したり、思い思いの道を選んでいたが、比率的には浪人して更に上の大学を目指す人の方が多いようだった。
だから俺も滑り止めの私立はやめて浪人を選んだ。のんべんだらりと勉強を続け、ギリギリではあったが一年前に落ちた大学に受かることができた。
しかし大学入学後、次なる挫折が俺を待っていた。
ただ受験に向けた勉強さえしていれば良かった高校までとは違い、将来の目標に向けて主体的に行動を選択しなければならない環境の中で、俺は自分のすべきことを見失なった。
とどの詰まり、夢が無かったのだ。なんとなく大企業に行きたいという曖昧なビジョンではモチベーションを保つことが難しく、幾度となく単位を落とし、気付いた頃には二度目の留年が決まっていた。
次々と卒業、就職し、中には家庭まで持ち始めるかつての同級生たちの姿に、さすがの俺も焦り始めた。
大学生六年目にしてなんとか卒業の目処が立ち、満を辞して就活を始めた俺を待っていたのは絶望的な現実だった。
仕事について今更ながら調べ、唯一興味が持てた業種の募集要項には、必須要件として専門大学・学部の単位や資格等が記載されていた。
学部選びどころか、大学選びすら間違っていたことに俺はこの時ようやく気付いた。
その後の屈辱は筆舌に尽くし難い。
行きたくもない企業の選考を受けては落とされ続ける日々。面接までいければまだ良い方で、大抵は一浪と二留の経歴のせいか書類選考すら通らなかった。
運良く面接までたどり着けても、何も考えずに漫然と生きてきた薄っぺらさをこっ酷く指摘され、俺の精神は徐々に衰弱していった。
そして二八度目のお祈りメールが届いた去年の秋の日、俺は俺の心が折れる音を聞いた。
大学だけは辛うじて卒業した今、俺は就職浪人という体で実家に身を潜めている。
が、はっきり言って実態はただのニートだ。現実から目を背け、日夜あらゆるゲームの世界に逃避し続けている。
あぁ。ゲームのように、人生もやり直しがきけば良いのに。
例えば人生の大きなイベントのたびにセーブポイントがあり、自由に何度でもやり直せるとしたら、俺は迷いなく高校の入学式からやり直すことを選ぶだろう。
たった一つのミスで台無しになる人生というゲームは、俺には難易度が高過ぎたんだ。
そんな慰めにもならない思いを抱えながら、オンライン対戦用のゲームを片付け、今度は先日中古で買ったアクションRPGをセットする。制作発表時点ではかなり期待されていたのに、いざ発売されると致命的なバグやら何やらが続々見つかり、今となってはゲーマー界隈でお笑い草の作品だ。
こんな駄作をつい買ってしまったのは、まるで自分を見ているような親近感を覚えたからかもしれない。
右手で持ったケースのパッケージ絵を眺めながら、左手でゲーム機本体の電源を入れる。
「うわっ! なんだ!?」
突然、視界がぐにゃりと歪んだ。次いで、ジェットコースターにでも乗っているかのような強烈な浮遊感が全身を襲い、あっというまに右も左も分からなくなる。
とてもじゃないが座っていられず這いつくばった俺の耳に、「Now Loading」というしゃがれた声が届いた。