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永いひとりの旅  作者: 糸月名
第1章 『窓』
8/37

騎士の事情

 時は少し遡り、ロークの店へと入る少し前。


 幼い子が奴隷になる。そのことに思わないことがないでもない。だが、仕事上目を瞑らなくてはならない。そういう事情を踏まえれば風月凪沙という男は痛快だった。言い換えるなら嫌いじゃない。

 衛兵の詰め所で過去の事件記録が書かれた紙を眺めながらそう思った。手にしている資料は今回の非合法な奴隷が発覚した最初の事件。


「神域の騎士様でも顔を顰めるんですね」


 衛兵の事務担当の女がそういった。治安関連はそのほとんどを男が占めているが、親がやっていたとかで憧れて事務職に入る女性も少なからずいる。


「神域の騎士も人だ。顔くらい顰める」

「話を返すなんて驚きです。ただの騎士でさえ無視したりするのに」

「なのに話しかけてくるなんて、貴族との会話になれているんだな」


 ほんの少し興味を惹かれて視線をあげると、緑色の髪の女性がいた。丸眼鏡を掛けて俺の手元の資料を覗き込んできた。


「私は豪商の出身なので多少馴れてはいますよ。何かお求めの際は商業ギルト六層支部まで足をお運びください」


 商魂たくましい。

 そんな彼女の家は東の商人で、競争に負けて落ちぶれて王都に逃げ出てきたとしても気づけば上層で商売を成功させるような輩だったりする。神域の騎士第九席が束ねる商業ギルドは間違いなく豪商だ。


「それにしてもいきなり来たと思ったら何を調べているんですか?」

「非合法な奴隷だ。こういう奴隷が事件になる時は必ず凄惨な事態になる」

「前は三年前でしたっけ?」

「ああ、首謀者に近かった奴は契約により自滅、道連れで非合法の奴隷が八六人死亡した。ほかは何もわからず仕舞いだ」

「詳しいですね。そんな記録在りましたか? 今見ているのはふた月前の物ですし……」


 ここの書類は網羅しているんですけど、と口にした。


「当時、この事件を担当したのは私だ。今回似たようなことが起きて思うところがあったから覚えていただけだ」


 事件は書類上『解決』となっている。

 目を瞑れば転がる死体が鮮明に思い出せる。あの時の無力感も自分の弱さに対するいら立ちも。幾重にも張り巡らされた謀略によって事件は複雑化し、購入した貴族の数だけで衛兵も騎士も手が回らない事態になった。

 それ以降、非合法な奴隷が出回らなくなり、『解決』として扱われた。ロクでもない『解決』だった。


「まあ、奴隷関連は長老院の管轄ですから貴族でもおいそれと手出しできません。でも神域の騎士様なら確かめてバッサバッサ切り伏せちゃえば簡単じゃないですか?」

「同位の者は明確な罪がない限り裁けない。だから四大貴族と長老院はおいそれと手を出せない。そんなことが許されるなら、とっくにやっている」

「そうですよねぇ……」


 国家の運営に係わる最高決定機関の一つ長老院。同位に神域の騎士と四大貴族が並ぶ。中でも長老院は国家予算や奴隷政策に対応している。奴隷を一人生み出すのにも長老院の協力が必要になる。非合法な奴隷が出回っているということは長老院の誰かが不法に奴隷を生み出し甘い蜜を吸っていることになる。サインは誤魔化せても魔術はごまかせない。


「これ、元の棚に戻しておいてくれ」

「……はい」

「なんだ?」

「顔、全然動かないなって。神域の騎士一のお堅い人っていうのは表情まで仮面だからなんですか?」


 いきなり失礼な話題を振られてさすがに混乱した。


「なかなか大胆なことを言うな」

「裏ではみんな言ってますよ」


 受取った書類をてきぱき片付けながら女性は続ける。


「かっこいいけど、仕事人間で続かなさそうって」

「……」


――こいつ本当に貴族との会話馴れてんのか?


 場合によっては不敬で多少痛い目にあっても文句言えないレベル。さすがに衛兵たちと連携が取れなくなるようなことはしないが、この図々しさには学ぶことがあるかもしれない。


「どこかにお出かけで?」

「ああ、そろそろ通報が来る」


 通報、と眉をひそめたその時。

 チリン。壁からつるしてある鈴が鳴る。

 通報の魔術は送信と受信を分けることでコンパクトな魔道具になっている。多くの店に配られ近くの衛兵の詰め所へと連絡がいく。大きな町ならどの店にも一つはついている。


「魔術が感じ取れるんですか? 魔術師でもないのに?」

「神域の騎士は今じゃ魔術や魔法を使う奴はザラにいる。それどころか呪いや錬金術を主軸に戦う者も過去にはいたくらいだ。魔術を感じ取るくらい誰でもやってのける」


 神域の騎士は己が武器のみで敵を打ち倒す。

 そういうイメージが浸透しているのは間違いない。歴代の神域の騎士がそうであり、打ち立てた伝説が全て武器と共にあった。古い時代の騎士ほどそういう考えに凝り固まっている。俺もそういう事に憧れがないわけじゃない。ただし、公私を徹底して分ける以上、魔術を捨てられなかった。


「場所は?」


 鈴の下にある地図に赤い明かりがともる。それが通報のあった場所だ。


「えっと、七層と六層の間ですね……」

「ま、た。アイツかっ!」

「ど、どうかしましたか」


 場所が近いうえに時間も近い。

 そのせいで妙な確信があった。無知な奴は何度もやらかす。


「先に行く。お前は衛兵を集めて向かえ」

「そんな騎士様が向かうなんて」


 本来ならこういった事件は衛兵の仕事だ。騎士が出張ることもまずない。だが、今回ばかりはそうも言ってられないのだ。

 民間人の喧嘩や窃盗なら衛兵を見ただけでおとなしくなるが、プライドすらなげうって目的を達成する印象があった。あの男の場合何をしでかすかわからない。魔術なんて振り回そうものなら衛兵の一人二人では太刀打ちできない。


「さっき会った奴だ。アイツなら何をやっても不思議じゃない。神域の騎士に躊躇なくくってかかる危険人物だ」

「なんでそんなの野放しにしたんですか!?」


 罪がないからだよ。

 内心吐き出しつつそれ以上は取り合わない。詰め所を飛び出そうとしたとき、首筋にチリッ、と微かな違和感が走る。


 ――魔力?


 再び魔道具が鈴を鳴らした。


「通報です。場所は……」


 途端に事務員の言葉が止まった。


「あの、どうします? これ」

「なんだ?」


 振り返り素早く地図に視線を走らせる。そこには七層の広場に光がともっていた。


「緑……か」


 地図の光の色で通報現場からの距離が分かる。赤は最も近い詰め所であり、緑は五番目以内。きほんてきに赤意外の色で詰め所の衛兵は動かない。

 だが、この場合は少しばかり意味が違う。


「この場所、奴隷商です――ひっ」


 ビクッ、と肩が跳ねる事務員。

 うっすらと漏れ出した殺気に中てられたからだろう。

 風月凪沙が買った奴隷。そして奴隷商があるであろう場所からの通報。今風月凪沙がいるであろう場所からの通報。風月凪沙に関わってから三年前の事件が大きく動き出した。


「……お前、名前は……。ハリファ?」

「へっ? なんで名前を」

「六層の商業ギルドのマスター、コールと同じだな?」

「あ、ああ。はい。結婚もしてませんので。ただファリハだとパパと被るのでクルスとお呼びください。というかお店のことどころかパパのことまで知ってたんですか?」

「そんなことはどうでもいい。私の名前を使って奴隷商から情報を集めてこい。非合法な奴隷の案件ならこいつを使え」


 そう言ってスクロールと一緒に左手に嵌めた指輪を一つ渡す。


「神域の騎士の馬車だ。竜も呼び出せる特注品だ」

「え、えええっ!? ちょっと待ってください、こんな高価なもの受取れませんよ。王女様から貸与されているモノですよね、傷つけたら弁償できませんって」

「気にするな。それを薪として炉に放り込んんだ馬鹿もいる。何よりぶつけた程度じゃ傷はつかん。それともなにか? 神域の騎士から物を盗んで生きて帰れるとでも?」

「めめめ滅相もないっ! 絶対にお返しします」

「なら問題ないな」

「責任重大だああああ……」


 カタカタと震えているクルス・ハリファ女史。しかしすぐに気づいた。


「別に馬車なんて使わなくても情報を正確に届けられれば問題ないですよね?」

「いいや、前回は神域の騎士が動いてから三日であれだけの惨事だ。秘密裏に運ぼうと思ったがどっかの馬鹿が変な騒ぎ起こしたせいでそうもいかない可能性がある。一刻も早く解決する事が王命を実行する唯一の方法だ」

「あ、はい」


 高価なものは傷つけるより盗まれる方が恐ろしいのだが、そんなクルスの気持ちは拒絶できない王命を受けた神域の騎士の前で握りつぶされる。

 もう逃げ場がないことが分かり、力なくうなだれるクルス。


「分かったらとっとと動け!」

「は、はいっ!」


 走って詰め所を出ていったのを確認した。

 俺もそろそろ行かなくてはならない。まずは下手人の身柄を確保するところからだ。




 そしてそれからわずかな時間。それこそ数百メートルある激坂を僅か数十秒で駆け抜けた。壁を疾駆し、人垣を飛び越えて再び風月凪沙と対峙する。

 店から出ようとする風月凪沙とぶつかり、そしてティアを見つけてしまった。


――奴隷の首輪がない。解放したのか。


 風月は再びやっていた。


「要件は、分かっているな」


 つっかえ棒を蹴り飛ばして店の中に引っ込む風月。苦々しく、心底恐れているような表情が扉の向こうに消えていく。

 三年前を知る身としては心情的には見逃したかった。だが、ティアが違法な奴隷だという確証はない。もっとも困難なのは違法であることの証明。嘘を斬る武器があっても、買った人間が真実を知っているとは限らないからか、あの時は真実が分からなかった。

 再び扉が開くとやはり風月凪沙がいた。だが顔つきが違った。その眼は鋭く、覚悟が終わっていた。


――たった十数秒で。それに……笑っている?


 うっすらと口角をあげて、その眼が俺を睨みつけていた。


「さすがに見逃せない」

「ティアを届けるまで待つことはできないか?」

「できない」

「よほどのことがない限りお目こぼしはない、か」

「よほどのこと?」


 風月凪沙がなお凶悪に笑みを引き裂いた。


「価値数十エルズにものぼる物品の窃盗」


 奥で店主が階段を駆け上がっていく。


「どっちのほうが重罪だ?」


 この男は見透かしたかのように笑っていた。

 優先度を考えれば今すぐ店主を追いかけるべきだが、目の前の男が次は何をやらかすのか読めない。たった一時間程度でこれだけ騒ぎを起こした。何よりもこの男は分かっていない。

 神域の騎士がどういう役職でどれだけの力があるのかを。


「――」


 風月には認識すらできない速度で胸ぐらをつかみ、その膂力のみでもって地面へとたたきつける。


「ごぶっ!?」


 それでも手加減したが大きくせき込む、酸素を求めて喘いでいた。その上下する胸を踏みつけて、呼吸を阻害する。


「交渉できる立場だとでも?」


 足蹴にされても風月はその不敵な笑みを崩さない。ギラつく眼光がいまだに俺を射抜く。足をつかみ、もがき、未だに戦おうとしている。


――なんなんだ、こいつは。


「お前を裁くことと、別の罪を犯したお前以外を裁くことは矛盾しない。お目こぼしだと? 神域の騎士を舐めるな」

「……、……っ」


 何かを言おうとしているが声が出ない。そういうふうにしているから、そのはずなのに今まで見てきた輩とはその態度が違う。大体は泣きながら慈悲を乞うか、諦めて無気力に力を抜くか。だが脛あてやブーツに爪を立ててまで反抗する奴は稀も稀。少なくとも俺は見たことがない。


「降りてこい」


 声を張り上げると店の奥からリザードマンの店主が降りてきた。その顔は完全におびえ切っていた。だが、その顔つきは明らかにただの怯えとは違い、戦う意志のような好戦的なものが混じっているような気がした。


「あと一人、降りてこい」


 足音は二つ。絶対に聞き逃さない。

 そしてもう一人、エルフの女が降りてくる。これで役者がそろった。


「さて、まずは風月凪沙、お前からだ?」


――距離が離れすぎだな。


「(歯を食いしばれ、舌を噛むなよ?)」


 僅かな気遣いは酸素不足に喘ぐ風月には届かず、それでも職務のために手を抜くわけにはいかない。それでも、あの痛快さに免じて僅かな加減を込めて、踏みつけていた足で下からすくいあげるように蹴りばした。

 手心を気持ち程度に加えたといっても、神域の騎士の力だ。風月は体をくの字にまげてカウンターに背中をたたきつけられる。


「なぎさ!」


 ティアが風月に駆け寄る。俺にはそれが少しだけ羨ましかった。


 一方で風月は吐き出す空気もなく、酸素を求める肺に横隔膜がついてこないのか、ネバつく不規則な喘鳴と共に腕をカウンターに引っ掛けて上体を起こした。


――追撃を警戒して動けるようにしたのか。


 息を整える間もなく、骨に亀裂が入っていてもおかしくない一撃を受けても、さするそぶりすらない。労われば体が鈍るとでも言いたげに、ただ目的のためだけに邁進する。風月凪沙という男は何処か壊れている。


「何があったのか聞かせてもらおう」

「―――」


――警戒が一つ上がった。


 腰を上げてティアと手をつなぐ風月。視線がせわしなく動いて逃げるための経路を探しているのがすぐに分かった。


「何で殺さない? 実力も理由もあるはずだ」

「理由は三つ。一つ目はただ殺せばいいというものではないということだ。罪には裁きを。そして償いを、だ。どうせ知らなかったんだろう。だからと言ってこの国に入り込んだ以上法を知らないという理由で済ませられる話ではない」

「……」

「二つ目はお前が言ったもう一つの犯罪を審らかにすることだ。家族の犯罪は庇われがちだ。だからこそお前の発言を中てにもしている」

「司法取引とかないか?」

「司法取引?」

「捜査協力と言い換えてもいい。証言が頼りだというのなら、多少目を瞑れ」


 本当にいろいろと思いつくものだ。それこそ衛兵たちならそういうことにも応じただろう。騎士と貴族の間には似たような裏取引があることも知っている。たが、私はその手の取引を行わなくても剣一つで真実を確かめられる。


「応じる価値がないな」


 シュリ――ン。

 鞘から抜いた剣が微かに振動する。同時に息遣いも聞こえなくなった。誰もが息を呑み、覚悟する時間が訪れた。


「三つ目は完全に私事だから言わなくてもいいと思っていたが、どうやら自分の立場が理解できていないようだから言っておいてやる。衛兵や騎士たちとの円滑な連携のためだ。そんなことを気にしなければ貴様の首を今ここで叩き落すだけの実力も権力も持ち合わせていることを忘れるな」


 脅しでも風月は顔色を変えない。


――初めから交渉する気はなかった?


 となると時間稼ぎ。対してロークとエルフの女は危機感がない。そのうちの片割れは容疑が掛かっていることをよく理解していないのか、或いはいま糾弾されているのが風月だけだと思っているのか。


「お前ら二人もだ」


 睨みつけると面白いくらい反応する。このくらい怯えてくれると尋問もはかどるんだがな。


「何からでもいい。こっちもどうせ使いが来るまでは時間がある。話せ」

「……」


 風月はこんな状況でもこちらの様子をうかがっている。足元や後ろの扉、窓。徹底して出し抜くことを考えている。対してほかの二人は萎縮しきって口をパクパクさせているだけ。

 権威の効かない相手もやりにくいが効きすぎるのも考えものだな。


「黙っているならこっちから質問するぞ。なぜ解放した?」

「……」


 ティアを開放した理由についてはすでに知っていた。『知らなかった』という言葉に対して反論がなかった以上、それで間違いない。それでも質問したのは斬って真偽を確かめるためだ。

 そして風月は沈黙した。二度ほど斬られるのを見ただけでもうその特性を理解し、保身に走っている。


――やり辛い。


 内心舌打ちををしつつ標的を変えた。


「ロークだったな? 何が起きたのか順を追って話してもらうぞ」

「は、はいぃっ」


 情けない声を上げなら面白いくらい早口でしゃべりだす。

 店に迷惑料も兼ねて買い物に来たこと。

 商品を選ぶためにアキルという嫁に品物を選ぶのを頼んだこと。

 目を離した隙に素手で首輪を外していたこと。

 買い物が終わり、神域の騎士があらわれたこと。


 並べてみれば事実以外に閉口している。アキルが陰で通報したことなどは伏せられていた。そして、賄賂により奴隷の解放を見逃そうとしたことも。


「全て事実か?」

「いいや、事実じゃない」


 問いかけに、風月は口角を微かに上げて、待っていましたと言わんばかりに答えた。


「ロークが言ったような解錠なんて俺はやってない」


 まず一閃。

 横なぎの一撃が風月の首をすり抜ける。


「――、はっ」


 詰まった息を強引に吐き出す風月。だらだらと汗が浮かび上がる。

 たいていは一度着られれば感覚とのギャップでもっと取り乱す。二度目で慣れているのはやはり覚悟の違いか。それでも、身体は死を覚悟して硬直し、助かった安堵から汗が噴き出すという一連の流れは変わらなかった。


――さて、死んでいないのはいったい?


 殺す気はなかった。それでも笑ったから躊躇いなく斬った。斬られても死なないという確かな自信と、いずれ来る死を間近に味わう感覚がブレンドされた表情。ある種切っても死なないという確信があった、けれども、今の言葉が本当ならティアを開放していないことになる。


「重ねてやるよ。あの手の鍵を素手で解錠する方法なんて知らないな」


 振り抜いたままの右手に握られた剣。次はためらいなく心臓へと差し込んだ。ほぼ同時に、ギシッ、風月の手がカウンターを握り、軋音を立てた。


「ま、だ。足りないか?」


 心臓を貫いたままの剣に風月の顔色が悪くなる。それでもポケットの中に手を突っ込み中から首輪を取り出した。片手で、器用にカチリと嵌めなおす。


「どうやら壊れてもいないみたいだ」


 言葉を聞き届けてから内部で剣をひねり、抜き取る。それでも、風月は立っていた。

 ロークやアキルも口を開けて、驚愕に眼を見開いている。


「質問する。鍵を使ったか?」

「つかって……、いや、使った」


 続く一閃。

 風月はまだ生きている。


「決まりだな。奴隷を開放した。お前は後で牢屋だ」


 それでもまだ、風月凪沙は笑ていた。不気味な奴だ。


「次は、お前だ。名前は……アキルだったな」

「―――っ、―――」


 苦虫をかみつぶしたような顔で言い淀む。


「質問に答えてもら――」

「いいえ。私は、アキルじゃない」

「……」


 シン、と静まり返った。

 不気味な返答に訪れる静寂を破ったのはロークだった。


「はああああっ!? 三年も一緒だったんだぞ!? 違う名前なわけ……」

「い、いいからっ。今はっ」

「だって、お前……」


 斬!


 それ以上を言わさない一撃。左からアキルの頭蓋を斜めに分断する剣筋。一歩踏み込み、避ける余地すらなくした。だが、アキルの頭の中身が零れ落ちることはない。

これには笑っていた風月も、その表情から余裕が消えた。


「何者だ?」

「アミル。アキルの姉」

「聞き覚えがある名前だ。確か半年前に処刑された盗賊だったな」


 半年前の事件で、アミルという盗賊が処刑された。担当した事件ではないため概要もよくは知らない。だが、神域の騎士が出張るほどの事件でもなかったはずだ。

 首を撥ねるつもりの一撃に、アキル改めアミルは微動だにしない。


「それは……、後だ。そこの男から盗んだのか?」

「――はい」


 粛々と答え剣が喉を貫いた。だが、アミルは死なない。

 そんな、とロークの声が聞こえる。結婚してから三年ほど。その相手がどこかで入れ替わっていたなんて考えたくもないはずだ。受け入れがたい現実に立っていられずに崩れ落ちる。


「盗んだこと以上に、それで取引が成立していたときのほうがまずいんじゃないのか?」


 革袋を掲げる風月。

 もっともな言葉だ。ふと、脳内に猛烈な違和感が駆け抜けた。


「ときの、ほうが?」


 まるで、この状況を予想していなかったかのような言葉。というより、『知らなかった』ような言葉だ。


――知らなかった、何を?


決まっている。偽物の硬貨であることをだ。厳密にいうのなら取り換えられたという確信がなかったというところか。挙句その疑惑のまま、偽物を取引に使って金を得た。


「お前、何の確信もないまま……っ?」


 肯定するように、いたずらっぽく犬歯を剥いて、その下からべ、と舌が出てくる。

 もしも、何を掏ったのか聞いていたら、それで斬っていたらこの男は死んでいた。そんな綱を渡っていた。ものがあると知り、それが価値があるという話を聞いていた。そういう訳で勝算はあったかもしれない。


「なんで気づいたの?」

「勘、最初はな」

「そんなっ」


 勘なんて本来犯罪を糾弾するには最低の理由だ。


「偽物だと知っていて売りさばいたのか? 随分な罪を重ねたな」

「待て待て、偽物だなんて知っていたら売ってない」

「売ったから得た金じゃないのか?」

「だから偽物は売ってない。例え売っていたとしてもその質問じゃ俺は斬れない」


 その挑発に乗って首を落としてやろうとも思った。だが、風月の首を剣はすり抜ける。


「偽物だと確定したのは今か」

「俺には入れ替えられたかどうか見分ける術がなかった。手元を見ていたのに入れ替えられたかもわからなかった。だから、偽物の確証がなかった」


 本当に鎌をかけただけで犯罪者を暴き出した。駆け引きと度胸が並じゃない。衛兵を呼んだのは間違いなくアミルだ。来たのが神域の騎士だったのは予想外だったはずだ。

 そこから先の行動が全ての明暗を分けた。


「ならどうやって見分けた?」

「さっきも言ったけど勘。そっちのアキル、じゃないんだっけ? ま、何でもいいや。随分念入りに触ったりしていたのにあまりにも冷たすぎた。あえて理由をつけるなら冷たかったからってことになるな。あとは動きとか態度とか」


 ガタリ、カウンターの椅子に腰を落とすアミル。初めから疑われていたことに気づき、がっくりとうなだれていた。フードと前髪に隠れてその表情は見えないが、手だけがゆっくりと腰にあるポーチへと伸びていた。


「変なことをしてみろ。その腕を切り落とすからな」

「――っ」


 完全敗北とはこのことを言うのだろうか。あまりにも惨めな姿だ。


 その時だった。


 意識したわけではなく、音に体が反応した。部屋に入り込む鎧の音。衛兵が来たことを俺は理解する。それは間違いない、この目で確認した。ただ、その時視界に入った風月が問題だった。

 話している最中にカウンターから離し俺よりも遥かに出入り口に近い位置にいた。何なら目があって『あ、見つかった』みたいな顔をしていた。ティアと手をつなぎ、しっかり隠しているあたりがこの男らしいと言えばらしいが。

 わずか一瞬、目を離した隙にすでに逃げ出していた。


「……」

「……」


 が、その後平然と俺の向こう側、ロークのいる位置に視線を送りながら、ゆっくりと動いていく。

 風月の動きに迷いはない。


――意図的に伝えやがったな。


 この瞬間、ロークと風月の意志は一致した。風月は逃げ出す、ロークはアミルを逃がす。そこで邪魔なのはアルトだ。お互いお互いを囮にすることに迷いはなかったはずだ。だからアルトと視線があった瞬間にロークへと目配せを意図的に見せた。

 そして、二本目の剣に手をかける。

 衣擦れ、息遣い、そして殺気。背後で行われていることを理解するのには十分すぎた。


 トン。


 軽い音は地面を足が踏みしめなおした音。翻るマントが肩の動きをおしえる。首は先にすぐに先を見据えてアミルたちの動きを捉える。すでにナイフが抜かれその切っ先が俺を見据えている。ロークは俺の動きを止めるために飛びかかっていた。

 明らかに出遅れた。だが。


「遅い」


 右手に持つ剣は嘘吐きしか切れない。物質に干渉できない特性を持つ関係上、逆手、それも左で抜いたただの細剣は音もなくアミルのナイフと接触し、巻き取った。そのナイフが床に落ちる前にロークの背中に肘を叩き込みカウンターテーブルの上に叩きつけた。

 光がアミルの手元で瞬く。指輪の宝石が青い光を発していた。


「だから、遅い」


 クルリと逆手に持った債権を準手に持ち替えるその一連の動きの中でアミルの首輪を優しく、擦過傷すら残さないほど丁寧に細剣の腹でこすり上げて手から飛ばした。魔力の供給が切れた指輪は光を失い地面に落ちる。


「寝ていろ」


 続いて細剣の腹を顎に沿えると手首のスナップで脳を揺さぶり意識を刈り取る。ここまでで一秒。振り返った瞬間にアミルのナイフが音を立てて地面を転がる。

 同時に鈍く重い、詰まった金属同士がぶつかるような音がした。


「――っ」


 振り返ると革のバックが衛兵の側頭部を暴行した瞬間だった。重さは数キロ。そんなものを一切の躊躇なく人間の頭に振りぬた風月。散らばった金貨と鍵。その後ろに控えていた衛兵も体当たりで着き飛ばしティアの手を引いて駆け出していく。


「そこまで、やるかっ」


 衛兵が入ってきた時点で諦めると思っていた。数も実力も不利ならおとなしくお縄につくだろうと。だが、神域の騎士に噛みつく時点で的な神経をしていなかった。

 このまま駆けだして風月を追うつもりだったが、衛兵のうめき声を聞いて足が止まる。本来なら死んでいてもおかしくな一撃。風月の非力さに救われた衛兵を見捨てられなかった。


「――っ」


 やりきれない思いが胸の内に溜まっていく。この惨状は俺の判断ミスが招いた。それで誰かが死ぬことを許容できない。力任せいヘルムを引き裂くと側頭部がへこんでいた。頭蓋が砕けて目や鼻から血が出ている。

 二枚しかない虎の子の回復用スクロールを貼り付けて魔力を流していく。一枚数エルズの代物だったが、使うことに躊躇いはない。


「おいお前、起き上がったら魔力供給変われ」


 つき飛ばされた衛兵がその言葉に素早く起きてアルトの手の上から魔力供給を始めた。


「ここは頼む。あの二人は牢屋に入れておけ。逃げた奴は神域の騎士の名誉にかけて私がひっとらえる」

「はい」


 その時、外の喧騒の質が変わった。

 小さな悲鳴や怒号が混じる。

 事態に追われて慌てて駆けだすと、鼻先を猛スピードで掠める物体があった。その正体を看破するのに時間はいらない。神域の騎士の特別製の馬車だ。開いた扉を破壊し、車輪が地面を削り、時に壁をこすりながら駆け上がっていく。

 それを操るのはクルス、その後ろには風月がいた。

 一瞬で馬車を奪ったのだと理解する。


「逃がすかっ」


 神域の騎士の追走が始まる。

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