秘匿
意外にも綺麗、というのが俺の素直な感想だった。
「何だ、じろじろして」
「いや、絨毯がな」
奴隷商がカウンターに腰を下ろしながら俺の様子を探った。
街中にあった店は敷物なんて一切なかった。どころか大衆食堂や雑貨売りの露店なみたいな古ぼけたものしか見なかった。こじゃれた店なんてものとは無縁の場所、或いは買いそうだと思っていた。それが、この店だけはふかふかの絨毯が靴底を押し上げてくる。扉一つとっても丁寧な処理が施されて、油のようなものが塗り込んである。もしかしたら精油でも塗り込んでいるのかもしれない、そんな風に連想するほど濃いティーツリーのような清涼感のある香りが部屋の中には漂っていた。
それ以上に目を引くのが清潔感だ。
食堂らしき場所では野菜のヘタが床に落ちていたり、雑貨店では机がザラついていたりというのは普通だった。部屋も暗くじめじめとした空気があった。それがここでは使用人が掃除を行い、昼間からランプをふんだんに灯して、換気まで行っている。
「奴隷商なんて言うのは何処もこんなもんだ」
「そうなのか? 人身売買にいいイメージがないからな。勝手な想像でもっと醜悪な場所だと思ってた」
「しゅ、醜悪ってなあ……。そもそも誰が買いに来ると思ってんだ?」
「変態とか」
「……お前、上層でそんなこと口にするなよ?」
奴隷商の男はげっそりとしていた。どうも貴族への悪口はご法度らしく、しきりに周囲の視線を気にし始めた。
「奴隷を買う客のほとんどは貴族だ。確かにお前が言うような輩も少なからずいる――、というか下層で買う貴族なんてソレ目的が多いが、それでも買うのは貴族なんだよ。奴隷は商品だが、雑に扱うだけじゃだめだ。丁寧に整えて質が良くなればまたウチで買ってくれるからな」
「貴族、ねえ……」
一言貴族と言われてもよくわからない。金を持っている、権力がある、そのくらいのイメージしかない。
「いい奴隷は高く売れ、高く買われたものは大事にされる。教養があれば家庭教師、商才があれば跡継ぎ、技能があれば見習いとして雇われる。他国じゃ奴隷が禁止のところもあるが、此処じゃ奴隷が居なけりゃ国が回らねえ。奴隷制がなけりゃ、生きていけない奴もいる。そう嫌悪感丸出しだと損するぞ」
「……っ」
損をする、そんな言葉一瞬氷川の顔がちらついた。目の前の髭で禿げのおっさんを見て思い出したのがなおのこと癪だった。
「どうかしたか?」
「むさくるしいお前とは違ってかわいい子に似たようなこと言われたな、って」
「その減らず口を直せよ……」
はああぁぁぁ、と深いため息が被った。
「それで、商談だ」
「ほれ」
先ほどの百円玉や小銭を指ではじいて机の上に乗せる。
「ほかにもコインはいくつかあるぞ。一円玉とか十円玉がな。材質はアルミと銅だ」
「銅? 酸化してんのか随分くすんでんな」
「酢かレモンにでもつけておけ。ちょっとは綺麗になるぞ」
「高く売るなら見栄えがいい方が良いからな。研磨剤は大丈夫なのか?」
「さあ? 金鑢とかはさすがにまずいんじゃないか?」
「なるほどな」
そんな会話を続けていると店の奥からティアが猫耳の奴隷に連れられて出てきた。
可愛らしい青よりの白いドレス。泥も落とされ細かくあった傷も亡くなっている。思わず見とれてしまうような姿に口から言葉が出る。
「……なんで?」
思わず出たのはそんな言葉。
「高く売るならボロボロのドレスも汚れた髪もそのままにしておく意味ないだろ」
「仕方ねえだろうが、綺麗にするタイミングで逃げられたんだから」
そういうと奴隷商はカウンターの下からバインダーと紙を取り出した。
「えっと、髪は……長髪で質が六か七か。で年齢が六。肌は子供だから八くらいが妥当か?」
「髪は一〇だ」
「……分かった、一〇だ」
奴隷らしき人の言葉でも奴隷商はしっかり聞き入れている。商品だの物だのとちょくちょく癇に障るような事を言っているが、信頼関係は見て取れた。
「なあ、そのチェックリストはなにに使うんだ?」
「奴隷の値段だ。これの総合点数によって決まる」
「俺の前で値段を釣り上げようとしてんのか?」
「変なこと言うんじゃねえ。後で第三席も来るらしいし変なことはしねえよ。そもそも奴隷商は国から実力ある商人が許可を得てやってんだ。嘘でも混じらせよものなら処刑台に並ぶことになる」
「処刑、処刑か……。昔は娯楽だったんだよな。ちょっと怖いもの見たさがあるな。処刑台に並んだときは呼んでくれ」
「なに物騒なこと言ってんだボケェ! 並ぶなら口が減らねえお前が先に決まってんだろうが」
「冗談が通じない奴だな……」
ぼそっと言った言葉もきっちり聞こえていたようで、奴隷商の顔が引きつった。
「おい、一番高いのに着替えさせて来い」
「服の値段も計上されんの?」
「当り前だ」
本当にティアを連れて奥に引っ込んでいった。
「で、値段的にはいかほど?」
「……そうだな、元貴族っていうのがやっぱりデカい。教養もあったし、逃げるタイミングをうかがう判断力もある」
「貴族だからいくら上乗せってわけじゃないんだ」
「貴族もピンキリだ。大貴族でも教養のないドラ息子なんかは値段がつかないし、小貴族でも武芸に秀でたり、教養が高いと値段は跳ね上がる。此処だけは有機的に管理されていて、ある程度こっちで裁量が任されている」
「変動しやすいわけだ」
「それで値段は……二エルズってところか」
思わず顔をしかめた。
高いと思ったわけじゃない。むしろ逆だ。一エルを一円と換算すると一エルズは数百万円それの二倍だとどう足掻いても二千万に届かない。一人の権利を全て掌握するのに、この国でかかる値段だ。
あっちの世界では生涯収入が二億くらいだったはずだ。それと比べたらあまりにも軽い。
命の重みが違う。
「分かった、それでいい。そっちはいくらで買い取る?」
「……三〇ってところだな?」
「三〇、エルズ?」
「ああ」
肩から力が抜けた。着慣れた服のサイズが急に変わってしまったような妙な気持ち悪さがあった。
「そんな値段で買うのか? 本当に値段がつくかわからないものを?」
「売れるんだよ。売る相手もごまんといる。三〇エルズくらい余裕で回収だ。下層で発掘されたその品をオークションに出した奴を知っている。俺がオーナーに紹介してオークションにかけたんだからな」
「実物を見たのか?」
「ああ。細かい手仕事で刻印された指輪だ。宝石も外れていて傷もある。それでもその技術に三エルズもの値が付いた。今は次の時代に向けてどの国も貴族も必死なのさ」
「次の時代?」
当然のように流れた言葉を聞き返したが、奴隷商はそんな当り前のことに拘泥する気はないようで壁に飾られた魔方陣と言うべき、というかそれにしか見えない絵に手を当てた。すると魔方陣が緑色の光を発しながら立体的に浮かび上がる。
「金持ってこい。二五エルズだ」
『分かりました』
通信のできる魔方陣らしい。電波がないと使いものにならないスマホとは大違いだ。
「おい、三エルズも堂々とぼったくってんじゃねえよ。ティアより高いじゃねえか」
「まずは奴隷の半額の仲介料、さっきの罰金。ついでに口止め料だ」
「口止め料?」
「なんで『出回った』って言われていないと思う? あのロークとかいう宝飾店のトカゲも『出た』とか『発掘』って言葉を使ったはずだ」
「そんな言葉の些細な部分なんて覚えてねえよ」
「覚えておけ」
禿げ上がった頭が光を照り返してまじめさが半減だが、それでも低くなった声で空気は重くなった。
「出回ったは売った奴が割れてる時だ。それ以外は売ったやつが不明、あるいは行方不明だ」
「……」
「貴族共も神域の騎士も次の魔力の時代に向けて動き出している。奴らは権力のない相手に手段なんか選んじゃくれないぞ」
途端に口止め料の意味が重みを増した。
「分かった持っていけ」
「後でロークのところも口止めしていけよ」
「ああ、そっちは問題ない。金を俺に払いながら口を噤んでくれるだろうからな」
「本当に何握ってんだよ……」
肩をすくめて誤魔化すとまたティアと猫耳の奴隷が奥から出てきた。服が一回り大きくなった。フリルやリボンがシルエットを大きく見せている。何よりも猫耳のセンスなのかまた髪の色に合わせたコーデがされている。ドレスは言うだけあって確かに高そうだ。
「生地も最高級品だ。売ればそこそこの路銀にもなる」
「一着しかない服を売るって、お前なぁ……」
「別にお前の所有物だ。そういうやつもいるってだけだ。それで、お前は奴隷なんて買ってどうするんだ? 旅人だって言ってたよな、必要なようには思えないが?」
確かに護衛ならともかく、戦えば確実に俺の方が強いうえに幼い女の子を買う意味がない。これだけ小さいと旅は鈍行になるし、熱を出して調子を崩すこともあるだろう。足手まとい鵜にしならない。
それでも助けたいと思った。
「親元に帰すよ。たぶん、俺ができることはそれだけだ」
「はぁ、お人好しなことで。ま、アンタの奴隷だ。好きにしな」
「ああ、そうするよ。ティア、行こう」
そういって手を伸ばすが、ティアはうつ向いたまま顔をあげない。ドレスのスカート部分に皺を作るようにくしゃりと拳を作る時に握りこんでいた。
「いない」
「誰が?」
「おとうさまも、おかあさまも、いない」
蚊の鳴くような声に、安易に聞き返したことを後悔した。
握りこんだ拳は小さく震えていた。声だって掠れ、うつ向いたままの顔から雫がぽたりと零れ落ちて、差し出した俺の掌にその冷たさを伝えてくる。
「……ティア、『助けて』って言ったな?」
「うん」
「俺は任せろって言った」
ティアが顔をあげた。大きな赤い瞳は悲しみの涙で潤み、同時に期待を内包しているようにも思えた。
「大丈夫だ、俺が手伝う。家族がいないなら頼れる人の場所まで、親戚や友達の場所まで俺が連れていく」
「おねえさま」
「姉がいるのか?」
「うん」
「じゃあ、そこまで一緒に行こう」
「うん」
まだか細くて震える声だった。それでも俺の手を取った。それから目元を拭い、俺を力強く見る。気を抜いてなんかいない、しっかりとした覚悟があった。
――本当に強いなぁ……。
同じ年の時、こんな目は絶対にできなかった。
「なまえ、おしえて」
「風月凪沙だ」
「なぎさ」
名まえを呼んでほんのり微笑んだ。つられてはにかみ混じりの笑みが出た。そして聞き返さなきゃいけないような気がした。憧れた彼女の名前を。
「お嬢さん、お名前を教えていただけますか?」
片膝をついて目線を合わせて、貴族に合わせた気取った言葉に青い髪の幼女は再び名乗る。
「ティア、ティア・ドラクル」
「ティア。少しの旅の間、よろしく」
「うんっ」
そのやり取りの中、奴隷商の男だけが顔色を変えた。
「お前ら、出ていけ」
「おい、金受取ってないぞ。それに変な汗かいてるぞ、頭が眩しいから拭きとってくれないか?」
「うるせえな。金渡したら、すぐに出ていけっ」
奴隷商の男が豹変した。先ほどまではフレンドリーでジョークくらいなら軽口で流したのに、今は声に怒気が籠っている。
そのまま気圧されるがまま俺たちは皮袋に入った金を受取って奴隷商の店から出ていった。
続いて向かったのは当然ロークの店だ。金が手に入ったことでロークの嫁、アキルに対する目的は大きく変わった。
「よう、戻ったぜ」
「おお、いくらだった?」
「まあ、そこそこだ」
――おかしい。
ティアを連れて入ってきた時点で煙たがられるか敵意剥き出しになると思っていた。アキルが全てを話しているならそうなって然るべきだ。なのに、目の前にいる俺たちを微塵も警戒していないのはどういうことだ?
話し損なったか、逃げたか。
「なら口止め料込みで言い値で買ってくれよ」
「そうしたいところなんだが、アキルは居るか?」
「あん? なんで嫁を……。はうあっ、やらん、絶対にやらんぞ!」
「違う違う。なに勘違いしてんだ。ロークのセンスに任せるよりもいいものを見繕ってくれそうだからな」
「そのセンスがよさそうな嫁をものにした俺の目を信用できないってのか?」
――その嫁犯罪者なんだよな。
とはさすがに言えなかった。
「まあ、呼んでくるよ」
「よろしく」
仕方ねえな、と腰を上げたローク。その横で袖をティアに引っ張られた。
「どうした?」
「外して」
ティアは上を向いて首に指二本分ほど隙間のある首輪を見せ付けてくる。首輪にはバックルのようなものがあり、何やら言葉が刻印されていて、さらに鍵穴がついていた。
「しまった鍵を受取ってないな。だが、これなら……外しちまうか」
「ああああ!? お前何言って――」
言葉に反応したロークを無視して髪留めを一本外し、ポケットの中から前の世界で使っていた鍵を取り出す。髪留めを鍵穴に差し込んで奥を押し込む。この細さでは回した時に中で折れるため、鍵を差し込んで回す。かなり固く、或いは経常的に髪留めでは押し込みが足りなかったのか、バキリッ、と子気味のいい音を立てて鍵のほうが途中まで裂けて折れ曲がり、それでも錠は回った。髪留めも無傷でとりあえずホッと息を吐く。
「まさか、外したのか?」
ロークからはあまりにも切羽詰まった様子が伺える。
――なんか、やらかしたか?
ちょうど俺の陰でティアの首も鍵もロークにはみられていない。ストンと手首に家の鍵を落として唇に人差し指を当てるとティアは意図を酌みとってこくりとうなずいた。それから髪をかきあげるふりで髪留めをつける。
「外したらだめだったのか?」
「ダメだったな。その首輪は奴隷の証だ。それがない奴は奴隷と判別できない。だから鍵を形式的に受け渡したら壊すもんだ。そして、所定の手順を踏まないと奴隷にできないように、奴隷を元に戻すのにも所定の手順が必要だ。恨みのある奴隷を集めて国家転覆なんて事を考えた奴もいたからな」
つまるところ、そういう馬鹿がいたせいで重罪になったというわけだ。早速住んだはずの神域の騎士が出張ってきそうな案件に冷や汗が噴き出す。
「ローク、口止め料だ」
「その服装なら奴隷なんて思われることもないだろうな。だが、そのまま受け取ったら帳簿に乗せられねえ。なんか買っていけ」
「賄賂の受け渡し方にもいろいろあるんだな」
「賄賂言うな」
この人の目の前で首輪を外したのは迂闊だった。ロークが秘匿することを知っていて本当に良かった。そうじゃなければ今頃衛兵に囲まれていたかもしれない。
そういう訳で、口止め料のためにロークの店を物色する。
何か思い出になりそうなものがいい、前の旅では物を買うのは備品のためだったが、それはボロボロになってすり切れて使えなくなるまで使った。ナイフは刃毀れしても研いで使い続け刃渡りが半分以下になっていたし、靴は靴底が剥がれて足の甲の部分が裂けるまで履きつぶした。ただ成長が追いつかなくて靴は中に布や中敷きを詰められるくらい大きいものを履いていた。服の傷も見ればいつついたものかよく思い出せる。
そんな思い出になれるような、もっと言えば長く使っていられるようなものがいい。とはいえ宝飾店では実用性のあるものは買えなさそうだ。
そんな条件で探して見つけたのはブレスレットだ。チェーンと一体化していて邪魔にはならない。そして小さな宝石が一つ埋まっていた。
「これを二つ」
「革のブレスレットとかのほうがいいんじゃないのか? あとネックレスとか。傷つかないぞ?」
「傷はな、ついてもいいんだ」
「どううことだ?」
「俺が欲しいのは愛でるための宝飾品じゃなくって、思い出なんだよ。ついた傷の一つ一つを思い出せればそれでいいんだ。だからって大事にしないわけじゃないけどな」
ロークは瞼を半分閉じる。どういう感情表現なのかわからないが嫌悪しているふうでもない。むしろどういう感情を表に出せばいいのか迷っているような雰囲気すらあった。
「まあ、大事にしてくれるならそれでいい。宝石の色はどうする?」
「このまま青でいい。見たらティアの髪を思い出せそうだからな」
「ああ、分かった。諸々込みで三エルズだ」
「……」
「何だ、高いってのか?」
「いや、逆だ。もっと取られると思ってたからな」
カラカラかけた革袋を開くと、そこそこの重みのある金貨が何枚も。そしてその上には鍵があった。おそらく、ティアの首輪を解錠するためのものと思われる形状をしていた。
「……」
「どうしたんだ?」
「何でもない」
もう使うことはないとはいえ家の鍵を無駄に壊したことに胸に妙な靄が籠る。とりあえず金貨を三枚つかみロークのいるカウンターに並べる。
「随分高く買ってくれたんだな?」
「どうも指輪買った奴を知っているらしくてな。高値で売る自信があるんだと」
「なるほどなぁ……」
ロークは俺の皮袋の大きさを見てから視線を逸らして顎を爪でカリカリと鳴らしながらうつ向いた。こうした仕草は人間と変わらず、いかにも考えているということを主張していてわかりやすい。
「なあ、もう二エルズで一つとっておきを買わないか?」
「とっておき?」
「うちはこんな下層で商売している。下層は貧民街だからこうした金品は買うやつもすくないんだ。たまに来る貴族も、下層まで足を運ぶ貴族の質なんて知れているから、売れないものは並べてないんだ。だが、死蔵しておくにはあまりにも惜しい品がたまたま手に入ってな」
そういって一枚の紙を出す。魔方陣のような幾何学模様がいくつもかかれ、重なり合った複雑な模様だった。
「なんだそれ?」
「スクロールだ。お前あの時間に下から来たなら競りを見なかったか?」
「競り? 見たけど……それがどうした?」
競りとスクロールが結びつかない。
「なら商品と一緒にスクロールを見なかったか?」
「見てないな」
その言葉を聞くとロークは指輪を外してスクロールの上に置いた」
「商品は鍵だ。朝の競りで買われるのはスクロールと鍵。このスクロールの鍵は俺の指輪だ。そこに魔力を込めれば」
緑色の光が新たなる明かりとなって当たりを照らし、魔方陣を空中へとアシンメトリーに展開させた。光が届かない場所にさらに深い影を墜とす。その光は物の数秒で収まるが、思わず目を覆うには十分だった。手を庇に指の隙間から見ると、紙から髪飾りが浮かび上がった。
「ほらこの通り」
「魔術?」
「ああそうだ。朝の競りなら大量の商品が詰まったスクロールと鍵はセット売りだぞ」
「貴族しか使えないみたいな印象があったんだが、そうじゃないみたいだな」
「当り前だろ、誰でも使える。それで、どうだ? 魔術も付与されていて頭から落ちないおまけつきだ」
「買うよ」
なるべく口止めはしておきたいというのもあったが、何よりもティアが目を大きく見開いて欲しそうにしていた。
――さすがに断れねえな。
金貨をもう二枚抓んでカウンターに乗せる。ティアラを受取って片膝をついてティアと目線を合わせた。それから前髪を寄せて髪飾りをつける。
俺の黒い安物のヘアピンのように髪をはさむ形状のものが三つついていて、その上に花に倣った金属の枠があり、向こうが透けるような宝石が嵌め込まれている。腕輪にはサファイアのような濃い色の宝石だったがこっちはアクアマリンのような淡く、好き遠田海を思わせるような色をしていた。しかし、花弁の中心に行くにつれてその色は濃くなり不思議なグラデーションを作り出していた。
その花の根本には色を際立たせるように小さな同じつくりの花が色を買えて四つ並んでいた。だからなのか、ティアの水色の髪にもとけこまずに、青い花が主張していた。
「ぎゃく」
「ぎゃく?」
ティアが俺のヘアピンに触れる。
「おなじがいい」
「ああ、向きの事か。俺は右で止めてるもんな。そうしよう」
髪飾りを刺しなおすと、さっきまで泣いていたせいか少し腫れぼったいティアの目が初めて細くなった。口角が上がり、ようやく微笑んだ。
「行こうか」
「うん!」
立ち上がるとティアは袖をつかんで歩調を合わせて付いてくる。
「ローク、世話になったな」
「うまく立ち回れよ」
本当ならアキルの件で小一時間問い詰めたいが犯罪の隠蔽、もといティアを家族の元まで送り届けなければならない。
そのためにやるべきことがたくさんある。別れもそこそこにロークの店を出ようとすると、唐突に人影が現れて、避けきれずにぶつかってしまう。
「っと、すま――ぁ」
ぶつかった相手を見て血の気が引いた。
赤いマントに青い髪。そしてイケメン。もう見間違えるはずがない。この男の前で一度は死を覚悟したのだから。
役職を神域の騎士。名をアルト・ウルベルク・ベイルサード。この世界で上から数えたほうが早いであろう実力者が目の前にいた。
「要件は、分かっているな」
答えるよりも早く扉のつっかえ棒をつま先で蹴り飛ばすと、自重でドアが勝って閉まる。
あの口ぶりからすると犯罪まですべて伝わったらしい。最悪過ぎて思わずその場にしゃがみ込み頭を抱える。すると、何か感じ取ったのかティアが俺の玉の上にポンと手を置いた。
――もう、なんかいろいろと、心が折れそうだ。
思わずロークを振り返ると、首を横に振っていた。
通報したのは間違いなくアキルだ。
「やるしかねえか……」
扉を圧し開けると、やっぱりアルトがいた。
「さすがに見逃せない」
嘘を見破る剣。あれのせいで変なことを口走れない。
「ティアを届けるまで待つことはできないか?」
「できない」
「よほどのことがない限りお目こぼしはない、か」
「よほどのこと?」
ロークの言葉を忘れてなんかいない。
「価値数十エルズにものぼる物品の窃盗」
ガタッ、椅子からロークが飛び上がる。ようやく俺が秘匿してきた情報の意味が分かったらしい。肩越しに視線を送った時にはすでに階段を駆け上がっていた。
――やってやる。全部巻き込んで引っ掻き回してやる!




