表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永いひとりの旅  作者: 糸月名
第1章 『窓』
4/37

アルト・ウルベルク・ベイルサード


 城塞王都クラリシア。そう呼ばれるのはかつて英雄たちが作り上げた国家であり、尋常ならざる戦場だった。今は街のいたるところに残る不自然な地形にのみ、その残り香を漂わせるのみとなった。


 それは住むにはあまりにも険しすぎる要害に囲まれた土地。その全てが過去の名残となり、この数百年、国家を脅かすほどの事件は起きていなかった。それでもこの地は愛されていて、廃れることはない。クラリシアは頂上に向かって八つに分割されており、上に進むにつれ位の高い者が住んでいる。というのも物の輸送費がそれだけかかるため、単純に住むには金がかかるのだ。


 そして第八層、つまり最も外側の貧民街と第七層の境にある広場に身なりの似合わない男が二人。一人は異世界からの転移者、風月凪沙。

 そしてもう一人は神域の騎士と呼ばれる役職に就く青い髪の男、アルト・ウルベルク・ベイルサード。

城塞王都と呼ばれる『クラリシア』を頂上の城から下ってきていた。本来、下りでも徒歩なら一日近くかかる。駆竜と呼ばれる荷車を牽引するトカゲを使ったとしても、3時間はかかるだろう。日の出から一層を下りだしたアルトの移動速度は超人的と言うほかない。しかし、その超人さは鳴りを潜めていて、いまでは完全に風月と変わらぬ速度で歩いていだ。


 とこの場違いな男、アルトは通報を聞いてやってきた。異様な光。住民からは冷たいとすら表現された青い光。最下層にはすでに衛兵が押しかけて、情報収集も進んでいる頃合いのはずだ。

 つまり、通報からあまりにも時間がかかりすぎた。尤も、アルトもそんなに急いでいたわけではない。衛兵だけでなんとかできる程度の異常だ。大方、魔術で遊んだ子供や、喧嘩の延長だったりするのだ。


 今回、アルトが出向いたのは別件の調査で下層と呼ばれる六層まで降りる用事があったついでだった。

 その時、風月凪沙とアルト・ウルベルク・ベイルサードの視線は交差した。互いに記憶の片隅へとやる程度の存在。しかし、浮いた存在として確かに記憶した。

 風月凪沙にとってはそれだけだった。だがアルトはまた異なる視点を持つ。


 奇麗な服装や湿って艶やかに光を反射する髪はどこか下層にしては高貴な雰囲気を纏う。堂々と相手の目を見る様子は貴族らしさもあった。平民、特に貧民街は目上の者に対する劣等感と恐怖で目を合わせようとしない。

 貴族が護衛も釣れず下賤に愛人を囲ったり、或いは貴族の隠し子でひそかに援助を受けていることも珍しくない。風月はその類だと判断したアルト。


 そして二人は声をかけることもなくすれ違うという言葉を当てはめることすら場違いなほど距離はあったが、二人は交差した。

 その日、アルトは声をかけなかったことを後悔することになる。




 その後しばらくしたところで広場の喧騒が変わった。

 帯剣した柄に手をかけて、広場までの距離を飛ぶようにたった二歩で詰める。


「俺の財布がない」

「こっちも掏られた!」


 そんな声が上がり、アルトが駆け付けたときには下手人は衛兵とその場に居合わせた人々に取り押さえられていた。


――声は、掛けられないな……。


 すでに下手人が捕まった以上、騎士が首を突っ込み衛兵の顔を潰すのはよくない。だが、聞こえた。


「少し気分が晴れた」


 確かに聞こえた。

 目線だけを動かし、その姿を捉える。前髪を留めた男。というよりは幼さを感じさせる少年というほうが正しいのかもしれない。やけに大人びて見えた。


――あの男だ。さっき目についたあの男だ。


 いつもの職務、その一環として声をかけようとした。


「アルト様」


 それよりも早く意識の外から声をかけられて、振り向くと衛兵の一人が走ってきていた。


「広場で何かあったか?」

「窃盗です」

「……大丈夫そうだな。私はもう行く」


 衛兵がほっと息をつくのが見えた。騎士団の内部で衛兵の手柄を権力任せに横取りする事件があったばかりだ。態度に少しばかりのいら立ちを覚えたものの、警戒するのも無理はない。


「何かあれば声をかけろ。しばらくはこのあたりにいる」

「……今朝の光の件ですね」

「ああ、別件のついでだがそうだ。聴取が取ってあるなら資料を見せてくれ」

「おそらく今聞き込みしている最中かと、後でお届けしますか?」

「頼む」


 こちらに関して衛兵は素直だった。というのも衛兵は街の者たちの中から組まれている治安維持のための機関であり、その範疇から出る物の中でポピュラーなのは貴族案件や魔術などの使用だ。

 危険度の高いことはすぐに騎士にまで回される。


――貴族、魔術……。あの男。


「そちらに何か?」


 目線の動きに気づいた衛兵が七層へ視線を向けた。


「あの黒い服の男、どう思う?」

「護衛がいるふうでもありませんから、貴族の隠し子だと思います。それがどうかしましたか?」

「最近は違法な奴隷が出回っている。少しだけ目をかけてやってくれないか?」


 ピシッ、石になったかのようにこわばる衛兵。もしも貴族の庇護下にある者で違法な奴隷狩りに会ったり、略奪目的で殺されたりすれば、街の人間だけでなく衛兵や防げなかった騎士にまで累が及び、処刑者が出てしまうような案件だ。


「貴族らしくて、金を持っていそうで、護衛なしだ。もめ事になりそうなら魔術で火でも打ち上げろ。すぐに駆け付ける」

「は、はいっ」


 それだけ言うとすぐに下へとむかう。一先ずの事件が終わっているのならこれ以上首を突っ込むまい。


「全く、疲れるな……」




 八層、貧民街。

 謎の光の目撃があった場所はすぐに見つかった。衛兵と騎士が数人詰めていて、その周りを野次馬が覗きに来ていた。


「やけに物々しいな」

「アルト様」

「何かわかったか?」


 衛兵は表情を曇らせた。


「分かっていることだけでいい」

「それが……なにも」


 思わず魔術師の一人を見ると、視線に気づき、そしてそれの意味するところにも感づいたようで力なく首を横に振る。


「魔力残渣もか? まだ霧散するほど時間は経っていないぞ」

「はい。何も出ませんでした。魔術の光ではなかった可能性があります。ランタンとか松明とか、何か別の光源でしょう」


 そんなはずはない。あれだけ深い霧の中、松明やランタンの光で通報に発展するほど強い光が見えるはずがない。そ冷たいという証言も相まって違うと断定するアルト。

 魔術残渣は発動された魔術が強ければ強いほど空気中にとどまる魔力そのものだ。それが霧散するには時間がかかる。早朝の魔術が消えるにはあまりにも早すぎる。


「目撃証言の方はどうだ?」

「むしろそっちの方が問題でして……」


 来た時に感じた物々しい雰囲気。衛兵と民の距離は非常に近い。出身者のほとんどが平民の出だからだ。

 逆に騎士団は貴族の次男、三男がその多くを占める。特に騎士になったばかりの貴族は態度が悪いことも多い。結果として民と騎士団の間には大きな隔たりがあった。


「騎士団がいると警戒して出てこないか」

「はい。何よりもここで起こるのは殺人や強盗が多いので、上の階層よりも民間人との距離があるのです」

「そう、か」


――あの男、下層から上がってきたのか?


 ふと思い出す黒い服の少年に気を取られて生返事になった。王都は広い。次に会うことがあるかもわからない、そう言い聞かせて頭の中から引っかかりを意識的に払拭する。

 意識を切り替えているその隙間に衛兵が耳打ちをしてきた。


「(それと、アルト様が来てから騎士たちが露骨に態度を変えました。手荒な手に出ないとも限らないので、早めにお戻りください。調書は届けさせます)」

「大丈夫だ」


――実に腹立たしい話だ。


 見られていないから少し痛い目を見せてやろうなどという話ならむしろありがたかった。この国に一〇人しかなれない神域の騎士。騎士系貴族や騎士団から出る事が多い。慣例などはなく実力さえあれば貧民街の出だろうが、他国から来た人間であろうが、種族が違おうとも関係なく選出される。国中の人間が覇を競い合ってその果てに手に入る座だ。そんな相手に手を出そうというのなら正々堂々と叩きのめせる。


「何かでそうか?」


 そう言って近づくと、騎士たちは露骨に身体を強張らせた。後ろ暗いことがあると言っているようなものだ。


「いえ、なにも……」


 この場にいる三人の騎士たちは誰一人として目を合わせようとしない。言葉の端々に取り繕いつつも隠せなかった棘がある。


「あとの聞き取りは衛兵に任せて今日中に報告書をあげろ」

「はい」


 指示としては真っ当。事実、この案件は真っ先に女王の耳に入り、統括として指名されたのはアルトだ。だが、弱小領地の貴族の出。

 腹立たしいが、この差は非常に大きい。

 騎士団の中には代々騎士団に腕の立つ武人を輩出してきた騎士系と呼ばれる貴族が多くいる。その中でも大貴族の出の人間はアルトのような魔術師系小貴族に指図されることをよく思わない者が確かに存在する。目の前の一人、魔術残渣を調べていた騎士の男に指示を出していた男がそれだ。


 見る限り、明らかに上に立ってきた者の装いではないからだ。鎧は磨かれて青い髪や輪郭がうっすらとだが分かるほどだ。汚泥にまみれ戦場で戦ってきたものの装備ではない。その男のヘルムの隙間から白い歯が見えていた。ギシギシと歯を食いしばる音が聞こえるほど、露骨に苛立っていた。


――危険、だな。


 うつ向いていた首が上がり、敵意のある視線に射抜かれた。神域の騎士によってはすでに首を落とされても文句をつけられない。

 こういった跳ねっかえりを叩きのめして、立場をわからせるのも私の役目ではあった。明言されずとも騎士団長や女王の意図を酌み取ることはできた。かつての小貴族や平民の出の神域の騎士はこうした教育を行ってきた伝統も存在していた。


「お前みたいな奴が、命令をするな」


 何かがきっかけになったわけではない。自問自答の中、従うべきではないと結論を出して、件を抜いた一人。立場からか、或いは同じような思考に触発されたのか、ほかの二人も武器を抜き杖を構える。


「一度までは許してやる」


 その一言で振り切った騎士の一人が剣を振るう。

 騎士としての矜持もなく、実力もない。到底負けるはずはなかった。むしろやりすぎない方が重要で、非常に気を揉む状況だ。


「ここはお前を立ててやる」


 刹那、矢のようなスピードで割り込んできたのは白髪の多く混じった騎士だった。フルプレートの鎧をものともせず、鎧の大きさゆえに理解できる屈強な肉体。それがクレイモアを一刀に振り下ろし、跳ねっかえりの武器を叩き落す。それだけではなく、完全に根元から砕かれて使い物にならなくなっていた。


「だ、団長……」


 突如として現れた老人に目を剥いて、絞り出すように漏れる言葉。だが、この男はよく分かっている。


「第三席様、申し訳ありませんでした」


 振り返りながら膝をついて頭を垂れる。


「教育しておけ。神域の騎士にあの態度をとらせるな、第二騎士団団長レイギル・レイト」

「はっ」


 王都に存在する四つの騎士団のうち、貴族預かりである第二騎士団。


「お前が出張ってきたということは、そっちも第二騎士団か。ここで何している?」


 第二騎士団の出動が貴族からの要望が多く、こうして下層まで出向くことはほとんどない。その裏を疑うのは当然だ。


「この者は本日からの勤めでして、最低限の職務をさせている最中でして……」

「それは武器を抜く理由にはならんな」


 神域の騎士は騎士団の騎士とは異なる。独立した権力を持ち、その領分の中でなら独自の裁量で裁判を省いて裁くことすら可能だ。

 そのことをいかに貴族のボンボンに分からせるかが重要だった。騎士団長もそれが分かっているから、おそらくはこの仕事をねじ込んだ。


――少し厳しくいくぞ。


 その視線の意図が伝わりレイギルが小さく頷く。

 同時に私は腰の二本の剣のうち一本に手をかけた。それは自らの剣ではなく女王より下賜される代々神域の騎士が受け継いできた剣だ。


「その騎士の腕を差し出させろ」

「お手を煩わせるわけにはいきません。何よりも私の部下です。部下の不手際の責は私にあり、沙汰は私が下します。この場は何卒、怒りをお納めください」

「レイギル、武器を出せ」


 騎士に最も効くのはこのやり方だ。目上の者が頭を下げ謝罪し、罰を粛々と受け入れる。そして、自らの誇りたる武器を砕かれる。その事態が自分に降りかかることを想像し、ようやく己の部を弁える。

騎士団長も本当に自分の武器が砕かれるのなら了承はしないだろう。しかし、先ほどの武器は訓練用に刃を潰したただの鋼だ。二束三文の価値もない。

 ゆえに両手でその武器を差し出した。


「団長! おやめくださいっ」


 武器の価値も見抜けない騎士の連弩不足を嘆いてため息をつかなかった自分をほめてほしいとすら思うアルト。

 結局、一番態度の大きかった跳ねっかえりはすぐに横の二人に黙らされた。騎士団の中で命令は絶対であり、上に対する異を唱えることも許されはしない。


「よく見ておけ。これが神域の騎士だ」


 神域の騎士は右手にそれぞれ役割に応じた籠手やガントレット、などをつける。それが役職を現す。そして左手には戦闘時以外何も装備しないのが習わしだ。その左手で訓練用の剣らしき鋼を握りつぶし、砕いた。

 衛兵も騎士も目を丸くして驚き、対して騎士団長は眉一つ動かさずにそれを見ていた。


「レイギル・レイト騎士団長、この捌きをもって今の不敬を不問とする」

「ありがとうございます。以後、このようなことが無いように善処いたします」


 過去に四度同じ人間から同じ言葉を聞いたとは口には出さない。


――騎士団長も大変だな。


 守れない約束を口にしているその顔が申し訳なさそうで、むしろアルトの方が申し訳なくなってくる。すでに何度もやった茶番で、こうすることも過去に何度か話し合って決めたことだ。


 その時、ボン、と。小さな音が耳に届いた。


 騎士団長は老齢のためなのか、今の音が聞こえず、ほかの者は単純に能力が足りずに聞き取れなかった。だが、衛兵の一人が上層を指し示し、そちらを振り向けば火の玉が二つほど上がり、直後破裂した。

魔術で火でも打ち上げろ。

 そういったのはアルト自身だ。


「レイギル・レイト騎士団長、ここは任せる」

「はっ」


 火の玉が打ちあがった地点を目指し、道を駆けだすアルト。


――なにか、胸騒ぎがする。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ