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永いひとりの旅  作者: 糸月名
第1章 『窓』
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第九席

 閉じた瞼の向こう側から赤く、優しい光が意識の覚醒を促した。

 額を撫でる春風。僅かに汗ばんだ額の熱をうっすらと拭っていき、心地よかった。そこへ触れる誰かの指。触り方に優しさを滲ませるそれに、風月は瞼を上げる。


「起きたかの?」


 声に聞き覚えはない。

 視界を覆うように風月の前髪を弄んでいたその手を方へ眼をやると、明らかに異質なそれが目に入った。

 和服。風月は種類には詳しくない、妙に『和』のテイストがある服に、なぜだかかかわってはいけないような、後ろめたさを刺激された。


「おーい、聞こえておるかの?」

「……」


 だが、声の主へと目を向けた瞬間、その後ろめたさは一瞬にして吹っ飛んだ。長く艶のある黒髪と、そのうえでぴょこぴょこと跳ねる耳。

 ちょっとコスプレっぽいなと思ったのもつかの間、明らかに人間のものではない瞳が風月の顔を覗き込む。眉をハの字に傾けながら髪を弄っていた手をそのまま鼻へとスライドしきつく抓り上げた。


「ふぐっ」

「聞いているかと聞いておるんじゃが?」

「聞ひてるっ聞ひてる」


 細く、掴めば折れてしまいそうな指だったが、そこからは想像もできないほどの力で、思わず瞳の端に涙が浮かぶ。思わず飛び起きて、鼻をさすりながら改めて黒髪の女性を見る。


「えっと、どちら様? というかここど――痛っ」


 右腕が腫れあがり、熱を持っていることに今気づいた。


「動くでない。魔術で癒したとはいえ、儂は得意じゃないからの。痛みまで取るところまで期待はするなよ。完全にくっついてないとはいえ骨とスジはある程度繋げておいてやった、感謝してもよいぞ。アルトの奴は止めるために蹴り砕いたと言っておったし、儂のところに運ばれたときは骨が飛び出ておったからな」

「蹴り……」

 復唱した瞬間、皮と肉を貫き、骨をゴリリと押し広げる感触がフラッシュバックし、夜のことを思い出す。


「――ヴェイシャズッ!」


 風月は殺しきれなかった。腕でナイフを受け止められた。その跡引きずり倒して、引き抜いてナイフを首へと突き立てようとした。

 だが、弾丸のようにすっ飛んできたアルトがに蹴り飛ばされたことは何となく覚えている。

 痛みすら忘れて、頭が沸騰しかかったその時、頭を撫でていた方と反対の手にあった細長い煙管を軽く振って、襟首に引っかけるとそのまま、驚くほどの膂力でふかふかのベットへと風月の身体を押し倒した。


「落ち着け。ヴェイシャズはもう王都への移送準備が整いつつある。お前さんはもう部外者じゃ。この一件をは終わった」

「終わってなんか……」


 風月の脳裏には泣き出しそうなティアの表情がこびりついている。


「そんな顔をするでない。聞く限りお前さんは頑張っておるぞ。儂としても大助かりなくらいじゃからの」

「大助かり?」

「自己紹介が済んでおらんかったの。儂はキュウビ。『商業』担当の神域の騎士じゃ」

「アルトと同じ、神域の……騎士、きしぃ?」

「なんじゃその微妙な顔は。喧嘩なら喜んで買ってやるぞ?」


 うっすらと朱の混じる目じりや、黒髪、何より服装。大きく露出した腕から目に入る粗野な印象と、所作から滲み出る気品に持っている煙管もあいまって、騎士とは結び付かない。

 正直、アルトですらあまりにも軽装すぎて騎士というより戦士やシーフ野方が似合っている。目の前の茜に至ってはいいところの若奥様とかミステリアスな未亡人と言われた方が納得できる。


「ごめん、喧嘩とかそんなつもりはなかった。色々と……、思うところがあっただけで」

「騎士っぽくない事かの。そもそも儂らは、定義としては騎士道なんぞ掲げておらん」

「そうなの? アルトはなんかそういうモノに重きを置いてそうなイメージだったけど」

「あれは立場が特殊なだけじゃな。経緯のせいでが騎士としての立場を持っていただけで、大抵は権力も武力も持ってる奴らと思っておけばよい」


 さて、と有無を言わさずに話を区切る茜。

雰囲気が変わり、風月の口が自然と塞がった。


「儂の代わりに事件を解決してくれたことに礼を言いたい。助かった、ありがとう」


 代わり。

 風月の中でその言葉が引っかかった。そんな心中を察した茜は口を開いた。


「儂は『商業』の神域の騎士じゃからな。国の金がしっかり回るようにしておかなければならん。そのうえで最大の要所はこの地じゃ」

「……造幣局」

「何じゃ、知っておったのか。詰まらん。アルトからはモノを知らんと聞いておったが……」

「王都にいたときに小耳に挟んだ程度だよ」

「その造幣局に黒い噂があることは知っておるか?」


 首を横に振る風月。


「じゃろ? まあ、年単位で草の根運動を続けたヴェイシャズの策略じゃな。信用はしないが、切り捨てるには大きすぎる声。儂はその調査に入った。結果として数年分の帳簿やら、供述やらを見返しながら作業中だったわけじゃな。情報統制もうまくて―――、いや、言い訳が過ぎるかの。まあ見事にしてやられたわけじゃな」


 結局足止めだけを目的に下ヴェイシャズの策謀に見事に嵌り、参戦ができなかった。そんな茜の代わりに解決したからこその言葉だった。


「お前さんも、随分と頑張ったそうじゃな」

「……」


 素直に褒められた風月は表情に陰を落とす。それはアカネの和服を見たときとは異なる後ろめたさからくるものだった。


「本当に頑張ったって思うのか? 森神をもっと早く呼んでいたら、何か違ったのかなって。そう思っても自分のやりたいことを突き通したんだ」


 一晩立って頭が冷えた。

 瓦礫の山、崩れた台地、見かけなかったがそれでも一人も死んでいないなんて思えない。それが今になって重くのしかかってきていた。

熱に浮かされて必死にやりたいことをやった。自分のやったことが正しかったのわからない。


「頑張ったとも」


 どうして目の前の女性は自分に優しいのか。柔らかく微笑みながら、自分のことを肯定してくる。

 初対面で自身の内面を思わず吐露していた。

 風月自身、その原因が分からなかったが、人当たりの良さと、欠片ほども似ていないのに、あの男と別れて以降、育ててくれた人に似ていると感じたことが所以なのかもしれない。


「そもそも、儂ら神域の騎士が未然に防いで然るべき案件じゃ。お前さんがやったのはその後始末。そもそも責められる立場ではないからの」


 ただ、風月としてはなんだかんだ叱られることが多く、怒られたいわけではないのだが、ここで注意されないことが何か気持ち悪さを覚えて仕方がない。


「お前さんは、命懸けで何かを成した。その一つが魔の山の道じゃな」

「それは成り行きというか、保身のためというか……」

「だから?」


 茜は強めに言葉を放って会話を区切る。


「お前さんが成した成果じゃ。異なる目的の副産物であっても、それが悪ではあるまい? 世の中には想定外が山ほど結果を生むこともあるからの。風月凪沙よ。お前さんが、命を懸けたことが無駄になるわけでもない。むしろ、採算無視の信念を押し通して誰もが認める結果を出したんじゃ。そんなお前さんを儂は高く買っておる」

「……俺は間違ってなかったのかな」

「それは知らん」

「えっ、ええ!?」


 急に梯子を外された気分になる風月。目を丸くしたその表情を悪戯成分多めの表情で眺めた後に口を開く。


「間違ってたかどうかなんぞ、吹っ切れてからお前さんが決めればよい。今は胸を張っておけ。お前さんに助けられた娘も、それが間違っていたなんて言われたら居たたまれないじゃろ?」


 風月は言葉を失う。

 『よく見ろ』なんてぬかしたくせに、風月は自身に自分の為だと言い聞かせ、救おうとしたティアの気持ちから目を逸らしていた事に気づく。また、自分の言葉が自分に刺さった。

 自分の未熟さに表情を曇らせる風月。


「だからそんな顔をするな。悩むことがあるのは悪いとは言わんが、お前さんの悩みはすべて終わってからでも遅くはあるまい? 儂なんて原本燃やしたわけだし、お前がやったことなんて割と小さいぞ」


 その言葉に風月は楊伯、話が噛み合っていないことに気づく。

 この場所は『命の価値』が途轍もなく安い。

 いつだって個人の価値は何を成したかで比較され、価値さえ認められれば権力を持つ神域の騎士でさえ意見を引っ込める。

 ふと、疑問が湧く。


「燃えた?」

「一昨日な」

「一昨日、二日前……」


 火に関することに敏感に反応しすぎたと思いもした風月。だが、二日前とくればさすがに見過ごせない。


「宿にでもいた? 特に二階とか」

「よく気づいたの? 景気良く燃えたし、大分人も集まってお祭り騒ぎみたいになっておったからの。いやぁ、火の回りが速くて焦ったものじゃ」

「……」


 火の回りが早い。その言葉に風月は視線を伏せる。心当たりがありすぎて目を合わせて会話ができない。

 そうやって目を背けた先で、いつからそこにいたのか、音もなくアルトが立っていた。

 怪我もなく、どころかマントや鎧の煤、革の部分まで新調したのか初めて会った時をいやでも連想させる。


――お前そんな表情もできたんだ。


 口を開けてアルトが固まっていた。


「アルトか。何用じゃ? 飯の時間にはまだ早いと思うが」

「原本焼いたっていったか?」

「おん?」

「アレ借りてくるのどれだけ大変だったと思っている」

「代わりに魔晶石も届けてやったじゃろ。前はアリアスライトも庇ってやって、今回も魔晶石輸入のために口利きをした。そんな語気で詰められる謂れはないのう。おかげでこっちは煙に驚いて、くすねた魔晶石に魔力通し過ぎて大変じゃったぞ。夜中まで作業することを考えたら隣の暖炉つきを借りておくべきじゃった」


 金はケチるもんじゃないの、と。

 握った手を素早く開いて何が起きたのかを軽く表現する。


 暖炉つきの部屋、夜中、爆発を表現していると思われるジェスチャー。

 これだけで何処で何が起きたのか風月とアルトは察した。


「アレお前かああああああ!!」

「なんじゃなんじゃなんじゃ!? デカい声出すんじゃないわいきなり」

「その暖炉つきの部屋にいたんだよ! おかげで死にかけたわ!」


 宿では危うく火と煙に巻かれて死にかけた風月。思わず怒りが漏れるが、()()()()に文句をつけたかったのは風月だけではない。


「夜中に五月蠅くした挙句に廊下に燃えさし放り込んだのはお前さんらか」


 好戦的な笑みを浮かべると、口許から明らかに風月とは違うトゲトゲの歯が覗く。

 後始末の事を考えれば恨み言の一つも言いたくなる状況であることを知っているアルトは何も言わずに目を逸らした。


 ぎゃあぎゃあとわめく風月と茜にアルトは無言のまま半歩引いた。



 茜と風月の話をまとめると、隣の部屋で風月がゴロツキ二人と戦っている音に文句を言いに行こうと思ったらしい。扉をあけ放つとすぐに静かになって一度は苛立ちを呑み込んだらしい。そのまま廊下のランプの灯りと手元の魔晶石を臨界状態にして光源を確保している途中に煙を上げる炭が巻き散らかされて、驚きのあまり魔力の扱いを誤ったとのこと。


――注釈、茜は異質ではあるがそれでも神域の騎士である。


 さすがに目に余る行為、それでも風月にしては大分敬意を持って接しているように見えるのがアルトには少々癪ではあったが、口に出したい衝動を堪えてわざとらしく咳を一つ。


「風月凪沙。この『後』の件に関して、貴様を擁護することはない。口を慎め。第九席もだ。人の魔晶石をくすねておいて声を荒げるな」


ベッドを立てて火の周りを意図的に速くした風月はちょっと反論する言葉が見つからなかった。だが、アカネの方は図々しく口を開く。


「そうけちけちするでない。お友達価格で安くしてやったじゃろ」

「友達ではない」

「お? 今から価格を吊りあげてるぞ?」

「領収書切ってから言うな」


 喧嘩腰の口調に対して強めの語気で会話を切り上げるアルトは風月へと向き直る。


「最後のしごとだ。立て」


 しごと? と言葉の指し示すところがわからずに眉を潜める風月。同時に、庇うように茜が手を伸ばし、アルトと風月の間を区切る。


「行かせはせんよ。まだ痛みも取れてなければ熱も出ている。傷の状態を考えたら無理はさせん。何よりも、ここまでの戦功を積み上げた者に何をさせるつもりじゃ?」

「見届け人としてのしごとが残っている」

「何のじゃ? ヴェイシャズの移送のこと、などとは言うまいのう」

「……」


 そのやり取りを見て、やはり風月は違和感を覚える。

 なぜ、この女性は優しく慰めるような言葉をかけるのか、自分を庇うような所作をするのか。漸く自分の中で言葉にできて、でもそれを口にすることができない。無償のやさしさに胸がざわついくのを感じる。

 それは、そういう性質の人をもう一人知っているからだ。

 似ても似つかないのに、茜を見ているとその人の面影を見てしまう。


「言えんのか?」

「約束だ」


 第三者がいる前で明言をしなかったのはある隣の気遣いか。やけに言葉足らずではあったが、それでも風月には通じた。

 約束の見届け人。

 それが風月に残された最後のしごと。

 風月は痛む腕を我慢し身体を起こす。


「行く。行かせてくれ」

「決まりだな。準備をしろ」

「おい、待たんか」


 アカネの言葉にアルトが泊まる。その隙に風月はベットから降りようとして、ぐらりと視界が揺れた。すぐに茜に抱き寄せられ、地面に伏すのを防いでくれる。

 頭が砂嵐に覆われたように暗くなり、言葉も出ない。感覚が消えて立てているのかもわからなくなる。最後に視た光景からまだ立っているという予測はたてられても、身体の感覚が消えていて不安が沸き上がった。

 そんな状況にも拘わらず甘い香りと、頬に当たる柔らかい感触は妙にはっきりとしている。

 

 立ち眩みを起こした視界は数秒で戻り、末端に力が戻った。


「待てと言っておろうが」

「あ、れ?」

「お前さんじゃお前さん。風月凪沙。お前さんに言っておる。意志は尊重してやるが、お前さんの腕は派手にやられていたんじゃ。おかげで血が足りておらん。肩くらいなら貸してやるから無理をするでない」


 それからアルトの方を向いて一言。


「文句はないな?」

「勝手にしろ」


 左手を肩に回して、身体を抱き寄せるように支える茜。茜は女性的で華奢な体つきだったが、身長は風月より高く、完全に体重を預けている風月の体重などものともしない。ふらつくどころか、風月を気遣う余裕すらあった


(疲れ切っておったのに、いきなり笑顔の似合う男らしい顔つきになったのう)


 密着している茜なら背中などの痛みを我慢しながら、庇って歩こうとしている事もわかってしまう。にもかかわらず、前向きな何かを成そうとしてる笑顔を浮かべているのだ。

 風月凪沙という人間にそこまでさせる原動力に好奇心が隠せなくなった。

 興味深そうに眼を細め、成長しようとしている風月を見て、誰にも聞こえない声でこう言った。


「楽しみじゃな」


と。

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