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永いひとりの旅  作者: 糸月名
第1章 『窓』
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拒絶

 ヴェイシャズが崩れ落ち、風月が勢いを殺そうとバランスをとるが、唐突に引っ張られたミクハが対応できずに風月に絡まって二人して地面に転がった。

 それを皮切りに数秒ほどの沈黙が訪れる。

 凪いだこの場所で静寂を破ったの風月だ。詰まった息が漏れて、荒い呼吸を繰り返す。


「肩、いってぇ……」


 固めた手首も軋んでいるが、想像以上の衝撃が肩を抜けて、関節が外れ掛かっていた。


「ど、どいてっ。肩に体重かけんなっ。重」

「ならまず足離してって……」

「あでででっ、肩圧すんじゃねぇよっ」

「おい」


 仰向けに転がる風月の顔を覗き込むようにアルトが立っていた。うっすらと光を放つ剣気が、夜の闇の中でさえ顔を照らし出していた。


「乳繰り合ってるところ悪いが、盾にしただろ今」

「……スっ」


 答えに窮する風月。痛みとは違う冷や汗が浮かびアルトの顔を直視できなかった。

 重要人物であり攻撃できないだろうとかいう理由ではない。手を向けられた瞬間に迸った光などから嫌な予感がして、手じかにあったという理由で盾にしたのだ。言い訳をするのなら、途中でテーブルにぶつかった時点で把握していた位置関係などは失われ、盾にしたのは偶然だったのだ。


「今までの全てが全部だめになるところだったんだが」


――何か申し開きは?


 無言のままに威圧され、気圧された風月は何か言おうと鯉のように口をぱくつかせる。


「つい、反射的に」


 そうやって口をついて出た言葉は本音だった。

 無表情のまま、手に握った剣の鍔が神域の騎士にのみ着用を赦されたガントレットに細かくぶつかりチャキチャキと音を立てる。アルトどころか今上に乗っかっているミクハまでジト目で風月を見ていた。

 これはまずい、馬鹿でもわかる墓穴を掘った状況に風月は頭をフル回転させて、言い訳を考える。


「そっ、そう! あれだ。お互い様? 相殺? とかそんな感じの」


 刺されたことの、とまでは言わなかった。

 だが何のことかよくわかっているミクハは、言葉の棘にやられて視線を下げて風月の胸に顔をうずめる。


「――」


 付き合いたての恋人同士みたいな暗黙の了解で解り合っている空気が純粋にムカついたアルトは、無言のまま蹴りを叩き込む。

 無論本気ではないが風月の外れかけた肩を強引に嵌めなおすくらいの威力があった訳なので、当然の如く呻き声を上げて悶絶する風月。

 その横で静かに見下ろすアルトの姿はあまりにも隙だらけだ。首を落ととそうと思えばいくらでも隙はあったはずなのだが、ミラタリオは作為的なものを感じ取って、剣を納めた。

 しかし、それは攻撃しないための建前であって、ミラタリオが矛を収めた本音の部分ではない。


「風月凪沙といったか?」

「……アンタが、えっと、確か。そうっ。ミラタリオだな」


 聞きなれない名前を脳の片隅から引っ張り出して見据える。だが、どうも情報と合致しない部分があった。

 老爺と聞き及んでいたが、豊富に蓄えた髭に対して、目元や額が若すぎるのだそのせいでつけ髭でもしているかのように見える。何よりも異様なのは背後に控える上半身だけの人影。深紅の血液で形作られたそれは、紫がかった赤い剣気と青い月光に照らされて、剥き出しの筋線維や、そぎ落とされた頬から覗く歯がしっかりと見えた。

 腐りかけの死体。それが風月の正直な感想だった。

 細い血液の糸で編み込まれた大袖は浮いているようにも見え、胸元の衣装は胴着に違いない。ミラタリオ本人の装いや武器とは裏腹に和のテイストが取り入れられているようにも見えた。そのせいか落ち武者をいやでも連想してしまう。


「森神と契約したと聞いた」


 なぜ声を掛けられてのか、風月はようやく気付く。

 一〇年前に森神と魔の山をかけて殺し合ったのは目の前の男だ。そして敗北したのもこの男だった。部下も戦友もたくさんの死者を出した。 その中でたった三人の生き残り。 

 不死のミラタリオ。


「なぜ……。なぜ一〇年前にそうならなかった。どうやって、お前はやり遂げた」


 万感の思いを込めた問い。その思いを推し量ることは、風月にはできなかった。そして、問いに答えることも。


「直接聞いたらいいよ」


 肩の調子を確かめながら上体を起こす風月は軽くそういった。


「……っ」


 背後。威圧感はなくとも、そこにある怪物の存在をミラタリオはようやく感じ取った。


「気づいてなかったのか?」

「……」


 アルトの言葉にミラタリオは答えない。

 一〇〇〇年にわたり、誰一人として成し遂げなかった偉業を達成してしまった男を前に、気を取られていた。そのことにすら、アルトの問いでようやく気づいた己を恥じたミラタリオ。


「森神よ、答えてくれ」


 振り返れば白い体毛の猩猩が、その巨体を聳やかしながら佇んでいた。


「ミラタリオといったか。覚えているぞその姿。一〇年前、貴様は儂の前に立ちはだかった。奪うためではなく、共に戦った者たちを守るために」


 その悉くが死んだことは、生還した人数から想像に難くない。


「同じだ。貴様も儂も」

「何が同じものかっ」

「同じだよ」


 風月は何となく森神の言いたいことを察して口を挟む。


「あそこにいる魔獣達を守ろうとしたんだ。先に仕掛けたんだ、契約だなんて話になるわけがない。一緒にあの森で生き続けてきた仲間だもん。殺されるなら戦うさ」


 そんな言葉で納得できるほど、一〇年前の光景は軽くはない。


「なら、そこの男とはなぜ契約を結んだ?」

「風月凪沙が儂に契約を呑ませたからだ」


 その言葉にアルトとミラタリオが息を呑んだ。

 アルトは契約の当事者だ。経緯も知っている。だが、『呑ませた』などというほど風月を買っているとは思っていなかったのだ。


「第三席、あれはまだ有効か?」

「無理だな。刺し違える覚悟で持ってきたものはそこの男に見破られている。奇襲ならともかく、二人でこれは荷が重い」


 ミラタリオは両の瞳をきつく閉じて、眉間に皺を寄せる。瞼の裏では一〇年前に思いを馳せていた。


「人生とは、ままならないものだのう」


 その言葉を最後に、ミラタリオの背後に控えていた血液でできた落ち武者のような姿は、身体の内側に消え、ゆっくりと、皺や染みが浮き上がりだす。あと数分もすれば年相応の見た目に戻るだろう。


「じゃあ、お前たちの話は一先ず終わりだな。次はお前の番だ、ミクハ」


 風月の後ろで未だに尻もちをついたまま立ち上がれていないミクハは悲痛な面持ちで、不安を押さえつけるように自分の胸の前で両方の手を包む。風月の声は軽いのに、ミクハは死刑宣告をされたかのように重く受け止めている。

 今回の一連の出来事の発端。元凶とまでは言い切れないまでも、責任の一端があることは間違いない。


「ごめん、なさい」


 絞り出された震える声が溜まっていた者の堰を切った。


「あなたに忠告されていたのに、逃げるために刺して、ヴェイシャズのところに行って、決断したのに状況を悪くしただけ」

「刺した?」


 怪訝な表情でアルトが言葉に反応するが、風月は反応すらしない。ミクハの方も手びにこびりついた感触が恐ろしく、思い出したくないことを連想させるアルトのセリフを拾うようなことはしない。


「だからっ、ごめんなさい」

「んー。あぁ……」


 引き出したい言葉と違う言葉が出てきて面喰う風月。どうしたものかと少しだけ悩み、口を開く。


「まあその辺はどうでもいいや」


 傷は治り、現時点で王手と言っていい状況にまでなった。だから過程には目を瞑ることにした。


「俺が言いたいのはさ、その言葉を言うべき相手が違うんじゃないのってことなんだよ」

「うっ」

「ティアと話せ」


 ミクハは視線を下げるが、頷くことはなかった。

 あとはティアの仕事だった。


「おねえちゃん」


 その声に肩を震わせて、それまで以上に怯えの色を瞳に滲ませる。錆びたように固い身体をゆっくりと動かし、振り向くと、ティアがそこに立っていた。吸血鬼の方のティアもさすがに自重して今は幼い姿だった。その横にはティアを連れてきた魔獣が地べたで伏せってあくびをしていた。

 そこから先はティアとミクハの世界。

 風月もあまり深入りしないように離れようとしたが、釘をさすことを思い出した。ミクハの耳元で、ティアに聞こえないように小さくささやく。


「刺したことは絶対に言うな。そうしたら、謝罪で述べたことについては許すよ。あとはがんばれ」


 ほんの少し肩の荷が下りたのか、詰まっていた呼吸が解放されるミクハの様子を見て、風月は立ちあがって二歩下がった。

 あとは二人がつけるべき決着だ、そう思ったから風月は()()()


「おねえちゃん」


 もう一度声を掛けられて、ミクハはとうとう視線を伏せた。


「やめてよ、本当に。そんなふうに私を呼ばないで」


 もう長いこと、どうすればいいのかわからなくなっていたミクハ。だから、この瞬間を何よりも恐れていた。

 風月からは、肩越しにうっすらと覗く祈るように包まれた手が震えているのが分かった。凪いでいるからこそ、カチカチと震える歯がぶつかり合う音も微かに聞こえている。

 でも、ティアには聞こえていなかった。何があったのか知っているはずなのに、理解しているはずなのに、それでも小さな手を伸ばしてミクハに近づく。


「来ないでっ」


 ぴしゃりと、落雷のように鋭い声が、越えられない壁でもあるかのようにティアの歩みを止めた。

 気丈にふるまっているように見えていた。少なくとも風月は年齢以上に芯の強い娘だと思っていた。心の内側で吸血鬼に励まされ、それで気を大きく持てていたとしても、出会うまでの一連の事件を考えれば、強いと言ってもいいのかもしれない。

 しかし、風月がティアに持っていた印象は間違いだった。

 ずっと折れそうな心を、この瞬間、たった一人の家族に会うためだけにギリギリのところで支え続けていた。だから、ティアが待ち望んだ時が悪夢に変わった瞬間、一度も泣かなかったティアが瞳一杯に涙をためたときに、二人を引き合わせたことを酷く後悔した。

 これは、吸血鬼のティアが最も恐れていたことだった、と。


(こんなのでいいのか? 最初の約束の結末がこんなので本当にっ、いいのか?)


 胸糞の悪い結末。それ自体珍しいものではない。過去の旅でもそういうことはすくなからず存在した。それは、一定のラインを踏み越えず約束だけを果たすようなスタンスが『あの男との旅』だったからだ。

 それを『自分の旅』として一つのターニングポイントを迎えようとしている。

 ほんの少し前、あとは二人がつけるべき決着だとして()()()()()()()()()()()()()()、風月は介入でいない。強く握りしめた拳に血が滲み、奥歯が砕けそうなほど噛み締めても、自分の在り方すら分からないでいた。


「そうだァ、貴様にはそれしかないよなミクハァ」


 噴き出す血の泡は歯で頬を切ったからか、あるいは歯が折れたからだろう。口から滝のように血を流しながらヴェイシャズは体を起こす。

 その足は脳震盪を起こしているのか覚束ず、立っているだけなのに、ナナフシのように頼りなく体を揺らしていた。それでもギラつく視線がしっかりとミクハを射抜く。


「妹が恐ろしくてェ、助けを求めたんだからなァ!」

「……っ」

「この場で勝者を決められるのは貴様だけだァ、ミクハァ。こっちに来るんだァ」


 白い歯を赤く染めるヴェイシャズの言葉を聞いて風月はミクハにを一瞥する。その時点でミクハの呼吸が小刻みに速くなり、危ない雰囲気を感じ取った。

 確かに、風月の存在は今後を有利に進めるために重要だ。だが、東の地で起きたゴタゴタに風月は関係なく、ティアは動ける状態ではない。アルトはミラタリオに抑えられ、最高戦力の森神はティアと風月に身の危険が訪れなくては動けない。


「ただ一言いえばァ、妹の顔も見なくて済むようになるぞォ」


 有利否状況ではあるのに、なりふり構わ無くなったヴェイシャズは強引に勝利をつかみに来た。


「自分の意志ですべてやったとォ、口にすればいィ」


 その後、東の地が荒れようとも、王都との間に大きな亀裂が入ろうとも、ただ勝利のみをつかみにきた。

 そして、ミクハは揺れている。

 幽鬼のように立ち上がったかと思えば、火に誘われる蛾のようにゆっくりとした歩みでヴェイシャズの方へと引き寄せられる。

 風月はすでに重心を前へと傾け、ヴェイシャズとさらに一波乱構える覚悟があった。だが、それよりも早く、魔力を感知したアルトが動き出す。

 刹那、風月が幻視したのは爆発だ。

 氷塊の槍が魔方陣を食い破るように出現すると同時に、アルトが超反応で叩き潰し、当然の如くその背後をめがけてミラタリオが強襲を仕掛ける。

 それすら呼んでいたアルトは強襲の速度よりもはるかに速く斬り抜け、ミラタリオの一撃が大地を粉砕した。

 それが爆発となって風月の目に捕らえられたのだ。

 風圧でミクハの身体が浮き、風月は戦いの余波で誤って命を落とすことを危惧し、ミクハに飛びついて押し倒す。


「森神!」


 風月は思わず森神を見た。視線はぶつかり合うが、首は横に振った。


「本当に契約以外動かないつもりかっ」


 刹那、空が一気に明るみを帯、雲を白く照らし突きをその輝きで覆い隠していく。


「朝?」


 勘違いしたのも無理はないほどの光量。夜空の星は消え失せ、その代わりとなったのは天の川にも負けないほどの美しさを纏った無数の光。それが描き出すものが魔方陣だと遅れて気づいた。

 ヴェイシャズの纏う宝石が大量の光を放ち、そして大瀑布を思わせるような水量の水の柱が生み出された。地鳴りとともに水が地面にたたきつけられ、っその飛沫が風月の頬を打つ。


「おい、うっそだろ」


 たった一つの魔術。それが大した準備時間もなしに生み出した水は容易く風月たちを呑み込だ。

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