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永いひとりの旅  作者: 糸月名
第1章 『窓』
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不死のミラタリオ

 神域の騎士はその力ゆえに法律によって四重の制限が課される。四重の封印が解除される条件は三つ。


 一つ目は『王』『四大貴族当主』『長老院』『神域の騎士』の当人を除いた計二七名が許可を出すこと。人数に応じて解除される。アルトはいま四人から承認を受けて一段階の封印が解除された状態にある。全員の承認でもって四重の封印が解除が解除される。

 二つ目は自力で解除すること。国家が蓄えた膨大な魔力などを全て凌駕するほどの実力があれば可能となる。大概不可能。

 三つ目は一定以上のダメージを受けること。死亡を避けるための処置ではあるが、即死を免れないこともしばしばある。同時に、即死さえしなければ神域の騎士は尻上がりに強くなっていく。

 特に三つ目の性質上、神域の騎士との戦いは速攻こそが鍵となる。


 時は少し遡り、風月が塔でミクハと合流していた時、アルトとミラタリオが激突したその瞬間。

 轟音、閃光、それから衝撃。

 剣と剣がぶつかり合ったその衝撃で間近で雷鳴が轟いたかのような、身体の芯へと恐怖をねじ込んでくる音が広がる。

 テーブルは砕け、ガラスは砕け散り、燭台から落ちた蝋燭が引き裂かれたテーブルクロスに火をつけ、燃え上がる。地面すらめくり返されていた。その捲れ方も異常で、アルトの背後に控えていたティアやクルスの方にはただ一つの亀裂すらない。

 すさまじさは破壊の跡が語っていた。


「何なのよこれ……」


 神域の騎士とそれと比肩する実力の持ち主のぶつかり合い。クルスにも僅かに見えたのは弾かれたピンボールのように何かが飛び出し、座ったまま微動だにしないヴェイシャズの真横を抜けて壁に衝突した誰か。次の瞬間、弾かれた誰かがミラタリオであると認識できたのは赤いマントを靡かせた後姿を認識したからだ。


「貴様を狙ったつもりだったが」


 余韻すら消えた後にアルトが放った一言に呼応するように瓦礫を崩しながらミラタリオが遥か遠くで起き上がる。

実力の二割ていどしか発揮できていないアルトにミラタリオは遅れを取った。ヴェイシャズからすれば状況は絶望的なはずなのに、薄ら寒い笑みを浮かべている。


「外されたことにも気づかないのかァ?」

「まさかダメージを覚悟で貴様を庇うとは思わなかっただけだ」


 ヴェイシャズが振り返ると、袈裟懸けに一閃を受け血を流すミラタリオ。


「カカカ。まさか封印を一つ解いただけでこれほどとはのう」


 ボタボタと水の入ったコップを引くり返したかのように滴る血液。それに一切の表情を変えないミラタリオを見てアルトは左手を後ろに回せして合図をする。


――行け。


 それを受取ったクルスは素早くティアを抱えて走り出し、その足音だけを聞いてアルトは鼻を鳴らす。


「邪魔は居なくなったかの?」

「ハンディキャップが欲しかったのならそう言え」

「減らず口を」


 二人の持つ剣は細剣と行っても差し支えないほど頼りないが、都合三度。ヴェイシャズにはとらえられない速度で打ち合わされ、鉄骨同士が拉げるような力でぶつけたような轟音が響く。

 アルトの青の剣気と、ミラタリオの赤の剣気がその軌道だけをなぞり、色を残す。


(化け物どもが)


 その初動すら捉えられなかったヴェイシャズ。ここにいればいずれ余波で死ぬことは誰の目にも明らかだった。


「奴らを追う、その男を足止めしておけェ」


 椅子から立ち上がろうとしたその瞬間、目の真横で光が瞬いた。同時に轟音が鼓膜を叩き耳鳴りを誘発した。


「……届かせはせん」


 ヴェイシャズの頭を両断する刃の軌道を寸でのところで防ぐミラタリオ。その一瞬が明滅光によって知覚させられる。

 動きやすさを重視した皮と鋼を縫い合わせた鎧が力み合わせて軋みを上げる度に血液が滴り落ちる。

 リミッターのないミラタリオの方が今のアルトよりも早い。だが、膂力はアルトが勝っていた。重い地鳴りのような音と共に地面を亀裂が走り抜けた。剣気がありもしない重さを作り出し、刃を受け止めるミラタリオの足が喰いのように地面へと打ち込まれた。


「――っ」


 七七年もの間、神域の騎士を勤め上げた歴戦の戦士のミラタリオは目の前の怪物に舌を巻く。第三席とは『最も技巧に優れた者』が座す場所。しかし、その曖昧さ故にあくまでも求められる技量とは形だけで、強さで選ばれるのが常だった。

 しかし、どういう訳か目の前の化け物は強さ以上に技量が際立っている。一度打ち合わせ、今、刃を突き合わせているだけでその技量の高さが伺い知れる。同じ場所にいた先人としてわかることは、技量だけならミラタリオは絶対に勝てないということだ。

 戦士として打ち合わせて初めてわかる力量を前にミラタリオは黄色い歯を見せて笑って見せる。

 戦いは一芸だけでは決まらない。


「華がないのう」


 あまりにも実直で、痛いところを平然と突いてくる。ゆえにやりにくくはあるが、読みやすい。

 ミラタリオは素手でアルトの剣をつかみ取る。

 一瞬、驚愕で固まった隙を逃さず、握った剣を支えに体を回転させヴェイシャズを蹴り飛ばす。だが、アルトはその隙を見逃さない。ただでさえ叩き潰すつもりでに掛けていた圧力に、身体が叩きつけられる。本来なら足で着地するはずが、アルトの重圧を支えきれずに体制を崩し、膝を地面に叩きつけ、刃を握った掌を半分に切断し、さらには肩まで刀身がめり込んでいた。されど、自らの刃を持ち手と肘とで支え耐え忍んだ。

 そこまで来てようやく蹴りだされたヴェイシャズが空中で体勢を立て直して着地した。太ましい体型には不釣り合いなほど軽やかで、ヴェイシャズが魔力で身体を強化したことに思い至るアルト。


「ミラタリオ……」

「言いたいことは分かりますが、お先に。このまま勝てる相手ではないようで」


 ヴェイシャズが舌打ちをして踵を返した刹那。

 何の前触れもなく重力が変化したかのようにミラタリオの体躯が浮く。刃を掴んだ指は剣気で守っていたにもかかわらず指が千切れ跳びそうなほどボロボロ。その手が何も感じなかった。引っ張られて傷口が開く痛みも、肩から抜けている刃の感触もわからなかった。それもそのはず、濡らしたように薄く張っていた剣気が刃から消えていた。煙のように立ち昇るミラタリオの剣気がアルトの刃から守ったと言えばそれまで。しかし、浮かされるまで気づかなかったのは、技のキレが良すぎたからなのか、気づかれないほど緩やかに剣気を消していたからなのか、ミラタリオには判断がつかない。


 そんな考察が脳裏を過った次の瞬間、指は切断され宙を舞い、すっぽ抜けるようにしてミラタリオは『投げ』られた。

 重力を受けているにもかかわらず、地面よりも先に壁が肉薄する。体を翻し着地するが、煉瓦の壁面が波打ち、地面や天井にまで亀裂が走る。アルトの膂力を間接的に受けても砕け散らなかった壁は、職人の技術力の高さと建材の質の良さが浮き彫りになる。こんな見せ方は木こりも石工も職人も大工も心外だろう。

 しかし、宙に舞った指の高さがさほど変わらないうちに、職人技と質の良い建材は見る影もなくなった。ミラタリオの渾身の跳躍を受け、壁が爆ぜるように粉砕されたからだ。

 すでに細剣を構え走り出していたアルトに強襲を仕掛ける。


 投げられたとき以上の速度で飛来するミラタリオの一撃を風船でも受け止めるかのように音もなく鍔を当てて勢いを殺す。

戦場で今まで感じたこともない感触がミラタリオを困惑させていた。そのせいで、目を見張るほどの技量に隠されていた狡猾さに気づけなかった。

 アルトは左腕の力だけで押し返し、右手を左腰に差したもう一振りへと手を伸ばす。


「――っ」


 第三席に渡される嘘を断つ剣。

 嘘裁ちとも呼ばれたそれは過去にミラタリオも手にしており、その性質は熟知している。刃だけでは見分けられず、柄の装飾で見分けるしかない。だが、ぶつけ合っているほうは左手で、腰に差しているほうは柄との間にアルトの籠手に覆われた右腕があるため目視できず、ミラタリオは内心で舌打ちをする。


 投げられた時に一瞬だけ視界が外れていた。その間に入れ替えた可能性が捨てきれなかった

 鍔で受けたのも、全てはこの二者択一を迫るため。未だ指が宙を舞ったまま。高速戦闘では読み切る時間すらなかった。

 右か左か。ミラタリオの決断は跳ね退き、地面と垂直に剣を構えることで両方の刃に対応できるように備える事だった。

 だが、その対応が間違いだったと気づいたのは、アルトが右手で抜いた刃を出した時だった。籠手の端から見えた僅かな装飾が『嘘裁ち』ではなかった。つまり右手に握られているのはただの剣。視界が外れた瞬間に武器を入れ替えていた。


 そして追撃の一撃。

 武器を打ち合わせる音はなかった。ただ、ミラタリオが防御に使った剣はあまりにも滑らかな断面を晒していた。それこそ通り抜けたのではないかと錯覚するほどに感触がなく、そのままミラタリオの身体を袈裟懸けに切断した。

 弧を描く斬撃は、砕けた地面の砂粒が風圧で舞い上げその軌道を露わにする。

 胴体が上下に別たれ、投げられた時に切断された指が床に落下したのと同時に、比較的軽かった上半身が地面へと転がった。

 僅かな静寂、ヴェイシャズはそれを一瞥しながら走って部屋を出ていき、しかしアルトは追わない。

 まだ、終わっていない、そういうようにミラタリオを凝視し続けた。

 断面からも、口から血液があふれ出し、心臓がまだ動いているからか、その出血は瞬く間に広がっていく。

 本来は白いはずの強膜も、押し寄せる年波には勝てず黄色い斑点をいくつも残し、その瞳から光が失われるのを見届けてからアルトが口を開く。


「今の一撃を受けた動作、それが『試金石』だったことは分かっている。いくら衰えたとはいえ、その程度なら八回じゃ済まないはずだ」


 言葉は返ってこないはずだった。だが、ミラタリオの口から覗く黄ばんだ歯を見せるように笑みが浮かぶ。


「か、カカカ。その話は誰にもしておらんはずじゃが……」


 広がったはずの血液が、その跡も残さず全てミラタリオの元へと帰っていく。指も、別たれた胴体も元に戻り、活力が戻る。


「随分と小賢しい真似をするのう」

「先代の偉業を知っておきたかっただけで、ただの偶然だ」


 八回。それは森神に殺された回数。


「聞いていた話通りか。殺される度に若返り行うと」


 未だ老人という枠を抜け出ていない。しかし、目元の皺が減り、強膜の斑点が減ったようにも見える。

 赤熱した金属を思わせる剣気が立ち昇る。同時に剣が赤く染まった。剣気のような光ではなく、向こうを見通せない鮮血の色。切断された剣同士をつなぎ合わせ、元の剣を作り出す。血液の分だけ刃は厚みを増した。

 死を繰り返すごとに全盛期の強さへと近づいていく。


「随分とおしゃべりなことだ」


 それは森神とアルトの両方に向けての言葉だった。かつては口も利かずに殺し合った森神と、寡黙で最低限しか口を聞かないという噂も耳にするほど口を開かない男。

 コミュニケーションを交わす印象のない両者。

 特にアルトは涼しい顔をしたまま戦闘中に武器を入れ替える、一歩間違えば死ぬような仕掛けを平然と行う胆力と、何を仕掛けてくるか読めない部分があった。

 この会話すら何かの仕掛けではないかと疑いたくはなる。

 しかし、今に限ってはありがたくも感じるミラタリオ。


(骨が繋がらん。あと少しだけ時間を稼がなくては……)


 歴戦のミラタリオをもってしても、アルトの一撃は想像以上に重かった。

 肩甲骨と背骨をまとめて切断しながら肋骨まで斬られた。臓器も心臓や両の肺まで切断されていたが、ミラタリオは血液を自在に操ることでその代替えを可能にしている。その副産物として傷は早く塞がり、剣気によって効果を加速させており、不死とも呼べるほどの生存力を獲得していた。

 しかし、骨は違う、剣気で回復し、血液で補強しているがその衝撃まで消えるわけではない。アルトの攻撃を受けるにしろ、正面から勝負するにしろ、万全の状態でなければ勝機を見出せなかった。


「名乗りを、挙げるまでもなかったなどと、報告させるな」


 ギチッ。

 束ねた革紐をねじるような音がした。乾いた皮膚が収縮する音。怒りによって若返っても消えることがなかった眉間の皺がさらに深く刻まれる。


「若造が。覚悟はできておるのか?」

「ティア嬢を助けるために魔の山へ行った。その時に覚悟はできている」


 時と状況は違えど森神に挑んだ者たち。そして同じ場所に座しておきながら接点がなかった者たちでもある。


「騎士の鏡などと、戦もない一〇年届き続けた聞くに堪えぬ噂にも飽きていたところじゃ」

「先代の耳に入る偉業が目障りだったところだ」


(あと少し)


 舌戦に乗りつつも時間を稼ぐことを考えている。同時に、共通点と共に目の前の人間に対する憎しみが浮き彫りになるのを感じる。それがかつての栄光をその身に浴び続けたのだ。だが、七七年勤め上げ、それでも騎士の鏡などと呼ばれたことは一度もなかった。入れ替わり続ける神域の騎士の面々を見ても、そのような名で呼ばれた者は皆無。まして、騎士系貴族でもなく、疎まれながらもそう呼ばれるのは異常そのものなのだ。

 そうした噂自体も、神域の騎士にしては貴族ではない者たちとの距離が近いことも関係している。

 粗野だったり、高慢な騎士団に対して、誰に対しても一定の距離で接するアルトの評判は高くなりやすい。

 それがアルトと同じく騎士系ではないミラタリオからするとまた面白くない。


「勤め上げた者が再び神域の騎士になってはいかんというルールがあるわけでもなし。貴様の席をもらうとしようかのう」

「やってみろ」


その言葉を皮切りに戦いは激化する。

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