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永いひとりの旅  作者: 糸月名
第1章 『窓』
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侵入者

『本当に何するつもりだ? 待て、それ以上言うな、嫌な予感しかなしない』

『誘拐』

『だから言わなくていいと――、っ!?』


 その後の、蒼白となったアルトには悪いことをしたと思う風月。


『おいふざけるな。クルス女史の時とは状況が違う。あれは間違えた俺が巻き込んだから、その累を被っただけで、四大貴族はそれじゃあ済まない。神域の騎士でもただじゃすまないぞ』


 思わずアルトの一人称が『私』から『俺』に変わるくらいのインパクトはあったらしい。成功しても失敗しても、運が悪ければ極刑を免れない手段であることはアルトからさんざん説明を受けた。


 その後の返答から紛糾した一連の応酬は散々だったが、アルトの首を縦にふらせることができた。


 そんなやり取りを経て、風月は煉瓦と木で組み上げられた館の塔を昇っていた。元は衛兵に金を握らせて牢屋にもぐりこみ、アルトの来訪でゴタついた警備の隙を縫って堂々抜け出てきたのだ。


「にしても、高いな」


 四角い塔の中の円形の螺旋階段と、部屋のある踊場をすでに三つは抜けた。窓の外から見える館は遥か下。というのも、この塔は館の二階から渡り廊下を経由した場所が一階になっており、基礎が館よりも高いところにある。

 暗く、足元もおぼつかない。この窓から差し込む月明りだけが頼りだ。

 その時、風月の耳にまで届くほどの音が響き、塔の窓をビリビリと震わせた。


「始まったか……。それまでに辿り着きたかったんだが、連絡が取れなきゃこんなもんかぁ。スマホの便利さが身に染みてよくわかる」


 魔術での通信自体はあるのだが、それができなかったのは風月が魔力の使い方を全く知らないがためだった。完全に自業自得だが、戦いが長引けばティアが危機にさらされる時間が長くなることが気がかりで、ぼやかずにはいられなかった。

 本日幾度目かになる足音が耳に届き。


「まだ上にいたのか――、あ? 下からも?」


 塔に入るまでは容易く裂けられた見張り。ここは一本道で隠れることも避けることも難しい。少なくとも目に見える範囲でわかりやすく隠れられる場所はない。しかも、ここに来るまでに見た兵士はすべて二人組で行動していた。

 最悪だ、心の中で毒づく風月。

 見つかればまず殺されるという予想くらいつく。

 反響する足音に困惑しながらも近くの踊場へ駆けのぼり、柱の陰に身を押し込む。ほどなくして上下階からこのフロアに駆けてきた兵士たちが合流する。

 腰のランプは一組に一つだけ。それを頼りに二人組み、合計四人が合流した。


(二人までなら突き落としたり奇襲すれば行けたかもしれないけど、こりゃ待つしかないか。時間がないってのに……)


 内心毒づきながらも暗がりに身を押し込む風月。

 兵士たちは二つのランプの灯り照らされない暗がりにいる風月に気づかずに話し始める。


「交代の時間だ」

「助かる。その前に、さっきの音は何だ? 何が起きたんだ?」

「神域の騎士がホンモノだったんだ。見たことある奴がいてその話題で持ちきりだぞ。さっきのはたぶん、騎士団長と神域の騎士がぶつかったんだ」

「ホンモノ? じゃあ、それについている子供ってまさかっ」

「どうする? お嬢様――、当主様にはそんなこと伝えられないぞ」

「伝える伝えないはあとでいい。そのご当主様の様子は?」


 大分嫌味を含んだ口調に顔を顰めながら答える。


「ダメだ。何も答えない。早くつれてこいとは言われているが、鍵もかかっているし連れ出せそうにない」

「鍵なんか壊しちまえよ」

「馬鹿言え。そもそもこの塔にだって入ることは許されない立場なんだぞ。例外だと言っても、お嬢様が不機嫌になれば、留飲を下げさせるために俺たちの処刑ぐらい、アイツはやるぞ。見たはずだろ」


 兵士に刷り込まれているのは恐怖だ。

 それは風月の目から見てもわかる。同時に引っかかったのは騎士団長という言葉。


(アルトの奴はミラタリオとかいう元神域の騎士が騎士団長やってるとか言ってたはずだ。仕える相手を処刑した奴を騎士団長呼びなんてするか? こいつらの口調からはなんか敬意みたいなものを感じるなぁ。いい警官と悪い警官みたいなものかな?)


 風月の予想は概ね当たっていた。過去の偉業と、暴走するヴェイシャズを諫める役として兵士たちからの人望を短期間で集め、統制していた。


「じゃあ、――逃げるか?」


 一人が揺らぐランプの灯りに照らされるほか三人の顔色を伺いながら切り出す。

 それはお化け屋敷に一人で踏み込む勇気がないような奴が、怖いもの見たさで話を持ち掛けるようにも見えた。


「後で逃げたことがバレたら殺されるぞ」

「このままここにいても同じだろ。神域の騎士が来ているんだぞ。騎士団長が勝てると思うのかよ。現役を退いて一〇年だぞ」

「当主様の警護はどうする?」

「あんな奴は当主じゃねえ!」


 唐突に声を荒げ壁へと一人をたたきつけた。それは風月の真横で、ちょうどランプが叩きつけられた奴を挟んで反対側で揺れていた。一瞬衣服が壁擦れて音が成ったが、兵士たちの注目はそこになく、風月は難を逃れる。


(びっくりしたぁ。心臓に悪いよ……。というか早くどっか行け)


「アイツさえいなけりゃこんなことにはならなかった! 家族も領地も売った奴だぞ!」


 その一言に眉を潜める風月。知る限り、王都でも、このファルリスでも、そんな明確な噂は聞かなかったからだ。耳にしたことといえば四大貴族がゴタゴタしているという程度で、処刑はおろか当主が変わったことすら外に漏れていないのだ。にもかかわらず一介の兵士達は事態を理解していた。


(いい警官と悪い警官か? それとも恐怖か? とにかく情報が統制され過ぎてる気がする。ヴェイシャズとかいう奴は、こういうことをやりなれている?)


「俺は逃げる。あんな奴のお守りも、ヴェイシャズなんかの下にいるのも嫌だ。」


 そういって一人が階段を駆け下りていく。壁に叩きつけられた方の兵士はせき込んでへたり込む。ランプがなくなり、窓から差し込む月明りだけを頼りに暗がりから男の表情を覗きこむ。

 この場に残る意志はなさそうだった。

 ほかの二人も旗色が悪くなったのか、お互いに顔を見合わせていた。


「ほら、立て。神域の騎士が戦っているならこの場も危ない。早く」

「すこし、ほうっておいてくれ……」

 

 その判断に何の意味があるのか、風月には分からない。だが月明りに照らされた顔は苦しんでいるように見えた。


「なんでこうなったんだろうな……」


 誰も答えない。ほかの二人も口を開かずに階段を降りていった。それでもこの男は残った。何となくだが、嫌いにはなれなかった。

 ただし、肩入れするかどうかは全く別の話。

 足音が聞こえなくなってから風月は一歩踏み出す。


「お前も降りていくと思ったんだけどなぁ」

「誰だ!?」


 真横の暗がりから出てきた人影に驚きながらもへたり込んでいた兵士は立ち上がろうとするが、その肩をつかむ風月。そして思いっきり引っ張り、そのまま階段の暗がりへ突き落すつもりだった。しかし、体重と普段から鍛えていたおかげて身体をふらつかせながら、明かりもない階段の縁で踏みとどまった。

 

 「落ちろ」

 

 その体勢を崩した状態に躊躇なく蹴りを叩き込む風月。堅木に身体を打ち付ける生々しい音。ひときわ大きな音がし動きを止めたのだと気づく。


「悪いな、帰りに邪魔なんだ」


 兵士の呻き声を聞きながら風月は最上階を目指した。

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