66話
メルフィーがメイドと共にその場を後にし、薄暗い地下には、ニタニタと笑うアンジュと。対して動揺などもせず、無表情のアンジュが見つめ合う。
「何も思わないの?」
「何が?」
「彼女が、貴女を好き……狂気的な愛情を向けていることに」
アンジュの言葉に、セレーネの表情は変わらなかった。
何も思わないのか。その問いに対してセレーネが答えるとしたら。何も思わない。
メルフィーが自分に好意を持っている。それが、男女のような美しいものではないことは、セレーネ自身もわかっていた。
だから、メルフィーのように取り乱すことはない。
だって、セレーネが注ぐ愛情も、受け入れる愛情もたった一人だけ。彼以外の人間に愛情を注ぐつもりも、受け取るつもりもない。
だから彼女の感情は動くことない。彼女の感情が激しく揺れ動くのは、愛しい人間にだけ。
「ねぇ、魔女アンジュ」
「何かしら」
「貴女はどうしてこんなことをしているの?」
アンジュはメルフィーを気に入っていた。それは、自分と同じ狂愛を持っていたから。だから彼女は、メルフィーの行動に協力した。手を貸した。だけど、セレーネはアンジュには別の理由があると思った。メルフィーに協力することで得られるメリットのようなもの。
「どうして……どうして………そうね……単純なことよ」
彼女の履いているヒールの踵が空間に響く。
牢屋の扉が開き、地面に座るセレーネよりも少しだけ視線の高い位置から彼女を見下ろす。そして、そのまま勢いよく彼女の顎を掴んだ。
「幸せそうなあんたがムカつくのよ!!」
アンジュもまた、セレーネに執着していた。
彼女の魔法は、今までここまで完璧に解かれたことはなかった。
よくて一時的。悪くて、自我もなくなり、完全な獣と化してしまい、愛するものを殺すという結果になった。
なのに、見た目も心も白蛇になったユリウスを、セレーネは心から愛した。
アンジュは信じられなかった。
アンジュは許せなかった。
アンジュは妬ましかった。
アンジュは、純粋に人を愛するセレーネが憎たらしくて仕方なかった。
だからメルフィーに協力した。
メルフィーは自分と同じ愛情を持っていた。
彼女は自分の幸せのためなら、愛する人間の幸せなんてどうでもいい。
平気でセレーネの四肢をバラバラにし、平気で醜い男を連れてきてセレーネを犯させる。
アンジュはそれがみたかった。
幸せそうな、純粋な愛を持つ彼女が、穢され、壊され、絶望していく姿を。
「貴女が……」
彼女から伝わる感情は、あの時と同じ。
ユリウスの中にある魔女の魔力を体内に入れた時に感じた、愛とは言えない悍ましい感情。
だけど、セレーネは動じなかった。変わらずただ、アンジュを見つめるだけだった。
「貴女がどんな魔女かは知らない。でも、同じ魔法を使うものとしてわかる。貴女はもうそう長く生きれない」
「っ!!」
「貴女、もうほとんど魔法も使えないでしょ。だって貴女の魔法の源は、もうどうやっても得られないのだから」
魔女の力の源は感情。そして、魔女によって、その感情の種類は違う。
ある魔女の力の源は笑顔。
ある魔女の力の源は悲しみ。
ある魔女の力の源は承認欲求。
そうやって、多くの感情の中のたった一つが、魔法を使うための源となっている。
その感情を得られ続ければ、魔法は無人道に扱うことができる。
逆に、得ることができなくなれば、魔法を使うこともできなくなる。
しかし、セレーネは感じ取っていた。今の彼女と初めて出会った時の彼女では、まとっている雰囲気も魔力も全く違う。明らかに弱っている。
原因はおそらく、源である感情が衰えているか、またはないからではないか。
セレーネはそう考えながら、顔を怒りで歪ませるアンジュを見つめた。




