62話
「は?」
セレーネの言葉に、しばしの沈黙の後、メルフィーの口からこぼれたのはたった一文字だった。
視線は「何を言ってるんだ」と言っていた。だけどその衝撃的な内容に、たった一文字しか言葉を形にできなかった。
「な、何を言ってるの?そんなはずない、ないでしょ」
否定的な言葉を口にしながらも、メルフィーの体は震えていた。
彼女自身、思い当たることがないわけではなかった。たかが伯爵令嬢で自分よりも醜い女。魔法がちょっと優秀なだけで、それ以外に価値はない。なのに自分はこんなにも彼女に執着しているのか。
それは、一種の一目惚れだった。
「貴女がセレーネ・ルーンナイト伯爵令嬢?」
興味本位で声をかけた。
周りがみんな口々にしていた女性生徒。魔法の才に恵まれた、オッドアイの女の子。家でも末っ子として可愛がられ、甘やかされたメルフィー。公爵家の娘ということで多くの人にチヤホヤされていた。そんな彼女が、自分よりも身分も容姿も劣るのに同じぐらいチヤホヤされている彼女に興味を示さないはずがなかった。
しっかりと真正面から彼女の顔を見たことはない。廊下を歩く後ろ姿に声をかけて、彼女が振り返るのを待った。
「……何かようでしょうか」
振り返ったセレーネを見た瞬間に、メルフィーは今までに感じたことがない感覚に襲われた。
学院に通っている間、学院内では身分は関係なく皆平等。それでも自然と自分より身分が上の相手に対しての礼儀などは存在した。だけどセレーナは、相手が公爵令嬢だと普段通りに対応した。
周りからどんなに嫌悪されても、彼女はじっとメルフィーを見つめた。
感情の読めない表情で、二色の美しい瞳が自分を見つめる。
込み上がる感情は、純粋な恋心ではなかった。黒くドロドロしたそれは、愛と呼ぶにはあまりにも異常な代物だった。
すでに彼女は多くの生徒から嫌悪されていた。友人と呼べる存在は1人もいない。
「ねぇ、私と友達になりましょう」
それは心からの言葉ではなかった。メルフィーは彼女と友達になる気など最初からなかった。孤立させ、絶望させ、泣いて縋って、どんな形でも、セレーネの中に自分だけがいて欲しいと無意識に思った。
「違う……違う……わ、私はセレーネのことなんて……好きじゃ……」
動揺するメルフィー。そんな彼女を介護するメイド。時々恨みの目を向けるが、予想以上にメルフィーが動揺しているせいで、セレーネに構ってもいられなかった。
学院でセレーネを孤立させたこと。セレーネを落としめる噂。婚約者を奪ったこと、ソルネチア公爵という身分の高い家から引きづり下ろそうとしたこと。エトワール
公爵がセレーネたちの婚約パーティーに参加したことに対しての怒り。兄夫婦に蜂蜜を贈ったこと。今までもどれも、全部、歪んだセレーネの愛による無意識の行動だった。どれもこれもただ……セレーネに自分を見てもらうための、狂気。
「あぁ……やっと気づいたの?」
コツコツと甲高いヒールの音が反響する。
動揺し、その場で膝をつくメルフィーを見ながら、アンジュはクスリと笑う。




