55話
早朝。薄汚れた馬車が森の中を走っている。
中には、馬車にお似合いの薄汚れた服を身につけた、かつての令嬢。ルーア=クラッセンが乗っていた。
彼女はこれから、もっとも過酷と言われる修道院に届けられる。
今まで令嬢として生活していた彼女にとっては三日。いや、その日のうちに逃げ出すかもしれないほどの環境。
しかし、そんな場所に贈られていると言うのに、彼女は悲鳴ひとつあげず、ただ茫然と馬車に乗り、自分の右手首を見つめる。
愛しい人に握られた。嬉しいはずなのに、彼が自分に向ける視線は怖いほどの怒りと拒絶。今でも身震いしてしまうほどのそれの原因は、自分が彼の婚約者を気づつけたから。
深い深い愛情。本当なら自分に向けられるはずだったそれは……結局は自分の夢物語だった……
「ユリ………っ!」
その時、馬車が大きく揺れた。
同時に、悲鳴も聞こえる。何事だと不安に感じている時、馬車の扉が開いた。
「あ、よかった。みつかったみつかった」
ローブを身に纏った人物は、ルーアの姿を見つけると、明るい声をあけげる。
誰だろうと不安を感じていたが、その声には聞き覚えがった。
自分の記憶を辿り、必死に答えを出そうとしたが、それよりも前に本人が自分で答えを教えてくれた。
「ひどいなぁ。貴族令嬢にこんな服着せるなんて」
「……メルフィー……様?」
「助けに来たよ、ルーア=クラッセン令嬢」
「助け?」
状況がよくわからないルーア。その時、彼のそばにやってきた男が、知らない男の首を持っていた。
はなしによれば、この馬車を引いていた男だそうだ。
メルフィーは適当に指示を出し、再びルーアに視線を向ける。
「ねぇルーア様。このままでいいの?」
「な、なにがですか?」
「……取り返しましょう。貴方の居場所を」
「私の……居場所?」
「えぇ……ソルネチア家の公爵夫人……ユリウス様の隣」
その時、諦めていたルーアの心が、徐々に熱を持ち始める。
本当に彼の隣に戻れるのか。彼の愛情を彼女から奪うことができるのか。
期待していいのだろうか。
期待したい。
彼女から。あの女から。欠陥品から。
彼の愛情を全て私のものに……
セレーネへの怒りや嫉妬。ユリウスへの強欲がルーアの中に込み上がっていく。
その姿にメルフィーはひどく満足げで、馬車に入って彼女の手を取る。
「その代わり、貴女にお願いしたいことがあるの」
「私に……ですか?」
「えぇ……貴女にしかできないことよ」
ふいに、ルーアは視界の端に赤い髪が揺れたような気がした。
だけど、すぐにメルフィーに視線を向け、彼女のお願いについて話を聞いた。




