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52話

部屋を出た2人は、そのままクレッセン家の温室へと足を運んだ。

たくさんの植物やわずかな生き物が住んでいるそこは、管理も整備も行き届いており、非常に素敵な空間だった。


「あら、珍しいものが植えられていますね」

「セレーネ様はご存知ですか!」

「えぇ。薬学の勉強もしているので、植物を調べることも触れることも多いので」

「そうなんですね。ここにある植物は、どれも薬になるものなんです。そして虫たちも、それに力を貸してくれるものばかりなんです」

「……フェネル様は、植物がお好きなのですね」


セレーネの質問に、フェネルは初めて心の底から笑みを浮かべた。それは今の彼らしい無邪気な笑顔。さきほどまでの大人びた表情とは違うものだった。


「……本当は、跡を継ぎたくないのでは?」


フェネルの体がぴたりと止まる。そして、わずかに目が泳いでいた。

ひどく動揺しているようだった。

セレーネは目線を彼に合わせ、大丈夫だと肩に触れる。

わずかに震えながらも、フェネルは自身の気持ちを吐露した。


「跡を継ぎたくないわけではありません」


彼も、長男である自分が跡を継ぐことは物心ついた頃からしっていた。

そのために、勉強をしており、植物や生物もその中で興味を持って両親に頼んでこの温室を作ってもらった。


「だけど、チェンジリング被害にあってからは、どこか昔とは違うというか……両親は、僕じゃない僕を見ているように感じるんですね」


彼にとっては一瞬。両親にとっては12年。本来であれば、成人をして婚約者もでき、後継に対する不安などもなかっただろう。

だけど、フェネルがいなくなり、妹のルーアは性格に難あり。家のことを考えれば不安を感じてもおかしくない。

そんな時に、12年ぶりに息子が戻ってきた。当然心配もしていただろう。だけどやっぱり、両親にとって彼はこの家の長男で後継。今の幼い彼ではなく、成長した立派な息子の姿。


「そのこと、ご両親にはいわないのですか?」

「いえません。悲しませたくないので」


やっぱり、できた子供だとセレーネは思った。

子供らしさは当然あるが、同時に後継としての責務についてもちゃんと理解されている。

よっぽどのことがない限り、この家は大丈夫だと思った。

そう……よっぽどのこと。


「あらセレーネ様。もう未来の婚約者と仲良くしているのですか?」


温室内は2人だけ。急ぎの用事がない限りはここに誰かが来ることはない。

ましてや、部屋に閉じ込められているはずのルーアがここにいるはずもなかった。


「ユリやルキだけではなく、そんなのにまで色目を使うなんて。さすが欠陥令嬢。見境がないわね」

「ルーア!セレーネ様になんてことを」

「っ!気安く私の名前を呼ばないで、この化け物!!」


心からの拒絶。

怒りを露わにしたルーアは、手にしていた扇をそのままフェネルに投げつけた。

顔はひどく歪み、彼女が彼を見るその表情は、まるで悍ましいものでも見るような表情で、実の兄に向けるようなものじゃなかった。


「本当に嫌になるわ……お父様もお母様も、使用人たちまでこんなのに騙されるなんて……我が家を乗っ取りにきた化け物をお兄様だなんて」

「ルーア、どうしたんだ。昔の君はそんなんじゃ」

「気安く呼ぶなと言ったのよ!昔の私なんて、貴方が知ってるわけないでしょ。貴方お兄様じゃない。私のお兄様は24歳の成人をしたお方よ。幼い姿なら取り入ることができるなんて、浅はかでしかないわ!」


それからも怒涛の暴言は続いた。それは明らかな敵意だった。

両親も使用人も彼を優しく向れたのは反対に、髪色や目の色は違えど、昔と変わらない姿の兄に対し、それを人ならざるものだと判定して拒絶した。

遠ざけるために、自分が上だと思うために、ルーアフェネルを攻撃した。


「……気はすみましたか?」


息を荒げる彼女に対し、表情一つ変えないセレーネはそう尋ねる。

怒りをぶつけられたフェネルはそのままセレーネの後ろに隠れる。

感情任せに言葉を吐いたせいで、肩で息をするルーアだが、涼しい顔をする彼女の表情を見た瞬間に、再び怒りの炎が燃え上がる。


「何よその顔……あんたこそ生意気よ。ソルネチア家に取り入って媚び諂って……元々生贄のために売られた欠陥令嬢のくせに、なんであんたがユリやルキ、侯爵夫妻から愛されてるのよ!そこは私の居場所なのよ!」

「……それは貴方が勝手に言ってることでしょ。それに、自業自得ではないですか」

「なんですって……」

「婚約者でもないのに、好き勝手に振る舞って」

「幼馴染なのだから別にいいじゃない。それに、次期公爵夫人になるのよ?今のうちに使用人の教育をして何が悪いのよ!!」


セレーネは深いため息をこぼす。ここまで見た目と中身が違う人もそう多くない。

メルフィーに似てはいるが、彼女ほど知的ではないし、度胸もないだろう。

それに、何より彼女は、セレーネにとって数少ない「嫌い」な人間だった。


「ねぇセレーネ様。前向きに考えてくださらない。貴女とそれ。私とユリの結婚。元々私とユリの結婚は運命なの。イレギュラーなことがあったせいで変わったけど、きっとまたもとに戻せるはずよ」


彼女はいまだに、この中で自分が1番上だと思っている。

萎縮する兄。身分が自分より低い女。

その上に君臨する快感に、彼女はひどく陶酔している。

似たりと笑みをこぼし、怯える兄と真顔のセレーネを一度に視界に入れる。


「人に化けた化け物と、人間として不完全の欠陥品。ひどくお似合いじゃない」

「……そうですね。よくお似合いですよ。ルーア様」

「………え?」


いつの間にか、ルーアの全身は水浸しになっていた。


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