32話
セドリックとメルフィーは見た。セレーネが怒っている顔を。今まで一度として彼女の表情が変わることはなかった。どんなに罵声を浴びせても、どんなに周りに悪口を言われても、彼女は表情を露にしなかった。だけど今、彼女は確かに二人に対し怒り、敵意をむき出しにしていた。
「どんなに周りの環境が良くても、どんなに周りに貶められても、その人間の有能さ、無能さは変わらない。メルフィー……」
セレーネは彼女の耳元に口を寄せて、彼女に伝えてあげた。
どんなに周りに妖精姫と持ち上げられても、貴女という人間が変わることはないと。
「権力と顔以外に、貴女に価値ってあるの?」
メルフィーの血の気が引いた。
そう、それは彼女がどうしてセレーネを嫌うのか。その答えの一つだった。
自分よりも身分が低く、自分よりも醜い彼女が、自分よりも評価されることが許せなかった。
公爵令嬢である自分は特別。だから、自分よりも身分が低く目立つ彼女が憎たらしくて仕方がなかった。
「それともう一つ、勉強のために言っておくわね。出産祝いで蜂蜜を贈るのはやめておいたほうがいい」
「なんだと……伯爵如きでは買えない高級なものだぞ!」
「価値の問題ではありません。蜂蜜は確かに需要いいとされています。しかし、赤子にとっては毒になる。つまり、死んでしまう可能性があります」
このことは、事前にエフィニアも知っていたことだった。
魔法の研究で薬草も使っていたセレーネが、そういうものにも精通していた。そのため、赤子に与えてはいけないものを一覧にして渡していた。医官にも不備がないか確認してもらい、問題ない。むしろ感心するほどに細かく記載されていたらしい。
だから、メルフィーが蜂蜜を出した時、エフィニアには悪意を感じていた。
「なので今後、出産祝いで贈る品々には注意をしてください」
「……教えてくれてありがとう、セレーネ。蜂蜜は、皆さんで召し上がってください」
「ありがとうございます。それと、私のことはご安心なく」
無表情だった顔から一変、セレーネの表情は甘く柔らかく、それは恋する乙女のような表情だった。流石のセドリックも、その表情に目を奪われた。
「公爵家ではよくしてもらっていますし、ユリウス様との関係もとてもいいのです。だから、私のことを思ってくださるのであれば、二度と私に関わらないでください。これ以上、家族に嫌われたくはないでしょ」
最後のセレーネの言葉に、メルフィーの喉がわずかになる。
体を震わせ、唇を噛み、殺意に満ちた目でメルフィーはセレーネを見つめる。
本当にその表情は、妖精姫らしくなく、ひどく醜いものだった。
「では、要件もすみましたし、そろそろお帰りください」
あの時と同じように、セレーネはメイドを呼び、強制的に2人を帰らせた。
あの時と違うとすれば、彼らが大人しく帰ったということだった。
「……そこの貴女」
「あ、はい。お嬢様」
呼んだメイドで一人だけ残った女性に、セレーネはテーブルに置かれた蜂蜜を手にする。
魔法を使って、毒物が含まれていないかを確認すると、それをメイドに渡す。
「これを使ってお菓子と紅茶の用意をして。私とお兄様とエフィニア姉様の分」
「かしこまりました」
蜂蜜を受け取ったメイドは、お辞儀をしてそのまま部屋を後にした。
フッと一つ息をこぼしたセレーネは、そのまま椅子に腰を下ろし、二人にも座るように進める。
「セレーネ、大丈夫か」
「えぇ。むしろ少しスッキリしました。ある程度言いたいことは言えましたから」
「それにしても、あの二人がセレーネちゃんの婚約者にハーヴィスト男爵を勧めようとしたというのは本当なの」
「はい。勧めようとした、ではなく。おそらくその場で婚約……結婚させる気だったのでしょう」
「なんて奴らだ」
しかし、あくまでそれは予想であり、証拠は何もない。
本人からそのようなことを聞いたわけではないが、セドリックはかなり動揺しており、メルフィーはそんなつもりはない。純粋に親友のためを思ってと。きっと、当時の同級生たちであれば、メルフィーの発言を肯定し、セレーネを悪者……いや、むしろセレーネだからこそ男爵と結婚するべきだと、同調していただろう。
「まぁでも、問題ありません。私はユリウス様以外と結婚するつもりはありませんし」
「まさかお前が、魔法以外に夢中になるものができるとはな」
「あら、私に猛アタックしていた時のレオンにそっくりよ」
「なっ!エフィニア……」
しばらくすれば、高級蜂蜜で作られたお菓子と紅茶が用意された。
まだ蜂蜜が残っているようであれば、メイドたちで好きに使っていいとエフィニアいい、彼女たちは嬉しそうにお礼を言っていた。




