30話
数日前。その日、セドリックの家にはメルフィーがいた。
正式に婚約も決まり、セドリックは本格的に家を継ぐために父親の仕事の手伝いを。メルフィーも侯爵家に馴染むために、使用人たちに笑顔を振り撒き、令嬢らしい振る舞いをした。
しかし彼女は、笑顔の奥で何度も顔を歪ませていた。脳内にこびりつく、婚約パーティーの日。
本来ならばあの場にセレーネがいて、ユリウスとの婚約を取り消して、彼女が準備した相手と無理やり結婚させるつもりだった。だけどそれは叶わず、しかもリュシュリシュに恥ずかし目を受けさせられた。これほどの屈辱はなかった。
父親であるニルヴァルドにも抗議をしたが、取り継ぐことはできず、むしろ振る舞いに気をつけろと叱られてしまったのだ。
「本当に……気に入らない……伯爵家の娘のくせに……」
ガリガリと爪を噛みながら、自分の中の苛立ちを発散していた。
その時ふと、メルフィーの耳に使用人たちの噂話が耳に入った。
「ルーンナイト家、先日男の子が生まれたそうよ」
「まぁ。無事に後継が生まれたのね」
「そう。それに、その連絡を聞いて、セレーネ様が実家にお帰りになってるそうよ」
「え、そうなの?噂では、ソルネチア家に監禁されてるって……」
「そもそも噂が間違っているのかもよ。セレーネ様は魔法に長けている方だから、いくら三大侯爵家とはいえ、抜け出せないわけがないんだもの」
「それもそうね」
その話を聞いて、ニヤリと笑みをこぼしたメルフィーは、そのまま軽い足取りでセドリックのいる執務室へと訪れた。
「セドリック」
「ん?どうした、メルフィー」
「忙しいところごめんなさい。実はある話を耳にして」
「話し?」
「えぇ……今、セレーネが実家に帰ってるそうなの」
「セレーネが?」
ぴたりと彼の手の動きが止まったのを確認すると、バレないように笑みを浮かべ、ゆっくりと近づき、涙を浮かべながら縋りつく。
「私、セレーネに会いたい。あの子とお話がしたいの」
「しかし……」
「お願いセドリック。あの子が嫁いでから会うことができなくて、せめて元気な子だけでも見たいの」
「……メルフィー……君はなんて友達思いな子なんだ。わかった。明日にでもルーンナイト家に行こう」
「ありがととうセドリック様。あ、そうだわ。ご長男のレオン様に第一子が生まれたそうなの。お祝いの品をお持ちしようと思うのですが、私が準備してもよろしいですか?」
「もちろんだ。君はなんて優しい子なんだ」
セドリックは明日自由に動き回れるようにと、すぐに仕事を再開した。
バタリと扉が閉まると、メルフィーは軽い足取りできた道を戻っていき、部屋に戻るとすぐに使用人を連れて街に向かった。
「セレーネ、楽しみにしててね」




