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2話

その日のルーンナイト家の夕食の席は静かだった。

早朝の騒ぎはすぐに屋敷中に広まり、セレーネの婚約破棄は家族の、使用人の知るところとなった。

セドリックが屋敷を出るのと入れ替わるように、彼女の父であるリュカード宛に、ハーストン侯爵から書状が来た。

内容は謝罪だった。

侯爵は元々セドリックとメルフィーの婚約には乗り気ではなかった。

彼女は確かに容姿はいいが優秀ではない。次期侯爵であるセドリックを支えるには不安要素でしかなかったが、相手は三大公爵家の娘。エトワールという後ろ盾ができるのは家門のためにもいいと判断した結果、優秀な人材ではなく、大きな後ろ盾を得ることを侯爵は選んだ。

それについても、彼はリュカードに謝罪をしていた。


「仕方ない。元々、婚約自体も家のためだったのだ。あいつを責める気はない」


セレーネも、侯爵を攻めるつもりはなかった。

そもそも、セドリック以外の侯爵家の人間はいい人ばかりだった。

みな将来。セレーネが夫人として腰を下ろすことを楽しみにしていたが、結果的にそれは叶わない形となってしまった。

婚約破棄に関する手続きは、リュカードが今日中に全て行ってくれ、セレーネに残ったのは婚約破棄されたと言う事実だけだった。


「セレーネ、大丈夫か」


沈黙の続く食卓で、リュカードがセレーネに声をかける。

それに対して、彼女はふわりと優しい笑みを浮かべて「大丈夫」と答える。

婚約破棄がショックというよりは、セレーネにとってはその後の会話の方が疲れにつながっていた。

その時の会話は、外にいた兵士の耳にも入っていたため、父であるリュカード、そして2人の兄の耳にも入っていた。


「父上!やっぱり俺は納得できません。セドリックの野郎を一発殴らないと気が済まない!」

「落ち着けサイラス。そもそも、この婚約破棄は近い将来起こりうることだったんだ。セドリックは、最初から最後までセレーネを毛嫌いしていたからな」

「あの野郎、うちの可愛いセレーネを……」


怒りをあらわにする次男サイラスに反し、冷静な振る舞いをする長男レオン。

レオンはすでに父であるリュカードから爵位を譲り受けており、領主としての仕事を行なっている。

サイラスも武術の才能に恵まれ、この国の王太子の護衛騎士の1人として役目を果たしていた。


「まぁでも、もしセレーネがあいつに全てを曝け出していたら、いやでも侯爵は婚約破棄しなかったでしょうね」

「不幸中の幸いだ。あのような性格だ、きっとセレーネは幸せになれなかっただろう」

「ごめんなさい、エフィニア姉様。大事な時期にこんなことになってしまって」

「気にしないで、セレーネちゃんが悪いわけじゃないから」


セレーネは向かいの席。レオンの隣に座っている女性に謝罪をした。

レオンの妻であるエフィニアは、元はシルクハート伯爵家の娘。2人の結婚は、レオンの一目惚れと猛アタックによるものだった。

結婚から数年が経ち、彼女のお腹にはレオンとの子が宿っており、今が一番大事な時期だった。そんな時に、自分が騒動を起こしてしまい、セレーネは罪悪感を抱いていた。


「お前の婚約については、当分の間は進めないでおくつもりだが、問題ないか?」

「お気遣いありがとうございます」

「あ、そのことでひとつお話があるんですが」


食事の手を止めたサイラスはリュカードにとある話を切り出した。

それは、まるでタイミングを見計らったかのような話だった。

この国の三大公爵家の一つであるソルネチア家。そこの長男の婚約者を現在探している。というものだった。一見すると多くの令嬢が食いつきそうな話ではあったが、相手はソルネチア家の長男。彼についてこの国の人間で知らないものはいない。


《白蛇公爵》


魔女の呪いによって、その身を白い蛇の姿に変えられたと言われており、噂では使用人を、嫁いだ令嬢を餌と思って食べ、その悍ましい容姿を見たもの全員が悲鳴をあげて逃げ出し、誰も彼のそばに近づかないとも言われている。


「呪いが発動してからは、ずっとそれを解くための研究が進んでいたのですが、難航していて」

「確か、その方とサイラスお兄様は友人同士でしたよね」

「あぁ。殿下の護衛騎士になってからの付き合いでな。いいやつなんだ」


どこか寂しそうな表情を浮かべるサイラス。

今の話を聞いたセレーネは、すぐにその婚約者として自分をと考えていると察した。しかし、そんな噂のある相手に妹を推薦するなんて。とセレーネは思わなかった。


「私が、その呪いを解くことができるかもしれないと思ったのですよね」

「……あぁ。俺が知る限り、お前以上に魔法の才能に恵まれた奴はいないと思っている」

「そう言っていただいて光栄です」

「ふむ……婚約破棄してすぐに婚約……しかも相手は三大公爵家……セレーネに悪い噂が広まらないだろうか」

「構いませんよ。元々、この目で同世代からは嫌悪されていましたし、1つや2つ悪い噂が増えたぐらいで気にしません」


セレーネの言葉に、リュカードも提案したサイラスも申し訳なさそうな表情を浮かべた。

婚約の件は、リュカードが明日にでも対応してくれるとのことで食事を終えた彼女はそのまま部屋で休むことになった。

薄暗い部屋の中、今日あった全てのことを思い出す。気分は晴れないが、一つだけ気になることはあった。


「白蛇公爵かぁ」


次の自分の婚約者。いい噂を聞かないその人がどんな人物なのか。

そして、彼同様にいい噂のない自分のことをどう思っているのか。

これもまた前と同じ政略結婚。愛のない婚約。

でもなぜだろうか。彼女の胸は少し踊っていた。

顔も見たことがない。サイラスの友人ということは20歳を超えている。呪いによって蛇になっている相手。

セレーネは察した。あぁこれはきっと好奇心だ。まだ見ぬ呪われた次期婚約者への好奇心。


「どんな方だろうか」


閉じていた瞳は高鳴る好奇心を表すように輝き。

月明かりを浴びた髪は燃え上がる気持ちを表すように赤く輝いていた。


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